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三章 * 彼女の過去 4

「なに?」

「え?」

「突っ立ってないで氷くれる?」

「へ? あ、はい」

 フィオラはノックして扉をあけた。

 リオンを起こさないように気をつけて、でも確かに、ノックして扉をあけた。

 だから、間違っても急に開けたわけではない。

 いくらよく知る間柄のリオンとセリード相手でも、扉をノックして入る礼儀くらいはフィオラだって持ち合わせている。

 しつこいかもしれないが、フィオラはそこにはいない誰でもいいから


『あたしノックしましたからね、ちゃんと聞こえるようにノックしましたから!!』


 と、言いたかったにちがいない。


「便利だなぁ、氷作れるの」

「治癒は全くできないですけど」

 セリードは普通だ。普通すぎる。

 いや、動揺されても困るのだがと思いながら、フィオラがその分動揺している。

 改めてもう一度言う。フィオラは確かにノックしてから部屋に入った。


 で、目撃したもの。

 セリードはリオンが横たわるベッドに腰かけて、自分の腕で傾く体を支えてもう一方の手でコップを持っている。リオンの上に覆い被さるようにして、彼はリオンの顔を覗き込んでいる。

「えっと、一応、聞きますが」

「ん?」

「なに、してるんですか」

「薬飲ませた」

「どうやって」

「?」

 少し体を起こしたセリードが不思議そうにフィオラを見つめる。

「どうって、今見てただろ。さっき目を覚ましたんだけどすぐまた、落ちて。飲めって言ったんだけど、ダメだったから」

 ぽかーんとするフィオラが持つ大きな器から一口大の氷を摘まんでセリードが口に放り込むとガリガリと噛み砕く。指を口に入れると小さくなった氷を摘まみ出した。

 リオンの唇下に親指をあてがい、口を開かせると噛み砕いた氷を頬と歯の間に差し込む。

「フィオラ、氷大きい。これじゃリオンの口に入れらんない。かなり小さめでいいよ」

「ああ、はい、砕きます」

「うん。あと、桶に氷入れてくれる? 水温くなってきたからタオル冷やせない」

「わかりました」

 フィオラは考える。

 ものすごく考える。

 《あれ》はわざわざやる必要性があったのか?

 疲労で倒れ発熱した彼女には確かに休息と薬と水分が必要だ。王都では考えられないこの常夏の空気は北西部出身のリオンの体には確かにまだ馴染まないし、遠征による長距離移動と馴染みのない人との行動は他人にはわからない緊張を強いていただろう。そしてこの数日で目まぐるしい変化を見せた彼女自身のことは、周りが思っている以上にリオンから気力も体力も奪っていたはずだ。


 彼女を休ませることは大切だ。

 栄養あるものを食べさせて、たくさん水分を取らせてあげることも。

 もちろん、薬も重要だ。魔導師としても薬草のエキスパートである薬師としても有能なティナの薬は重宝してきっとリオンにも効くだろう。

 セリードも同じ思いであることは十分理解している。

(うっわぁ)

 そしてフィオラはまた目撃する。

(だから、それ必要?)

 平静を装い、氷をピックでガシガシ砕きながらフィオラは真顔で心の声でセリードにツッこんでみる。

 意識はないが、熱で体の水分が奪われているせいだろう、口に流し込まれる水をリオンはコクリと喉を動かして無意識に飲み込んでいる。

「この薬……不味い。なにこれ、本当に不味い」

 ものすごく眉間にシワを寄せてセリードが呟いてた。

「起きてたら絶対こんなのリオンは飲まないだろうな」

 コップの水セリードは飲み干して、新しい水を注ぎ、口内を洗い流すために再び飲み干した。


「フィオラ、後で起きたらでいいから寝間着に着替えさせてやって。けっこう汗かいてるみたいだから」

「それはしないんですね」

「は?」

「口移しで水と薬飲ませてるから着替えもオレがするって言うのかと」

「……あのさ?」

 セリードがそれはもう呆れた顔をして頭を抱える。

「そこまでオレがするわけないだろう? オレをなんだと思ってるんだ」

「じゃあ、今この状況が私や他の女性騎士だったら何回も口移しでします?」

 その問いに呆れた顔をしていたセリードはパッと顔を上げて真顔で答えた。

「しないな」

「で、しょうね」

 こんな会話をしたにも関わらず、セリードはこの後薬を一回、そして水を三回口移しでリオンに飲ませた。小さな氷は何回も口を開けさせて指で入れた。

「純粋に元気になって欲しいだけだ」

「説得力ないですよ、何回も見せられたら」

「だったら見るな、オレは冗談でもリオンに言うつもりはないし」

「だって、セリード様リオンのこと好きですよね?」

 その問いにセリードは動揺することもなく、微笑みもせず、即答した。

「好きだよ。触れたいと思うし、誰よりも近い存在でありたい。とりあえずオレより劣る男はオレが排除するつもりではいる」

 あまりに簡単に答えられて、一瞬フィオラは固まってしまう。『こいつ何いってんの?』とでも言いたげだ。それを見て急にセリードは笑う。

「なんだよ? そのびっくり顔」

「下心あるじゃないですか」

「あるよ? 好きなのに下心ないのは不自然だろ男として。だからってそれと一緒にしないでくれるか。リオンを救いたい、今はその気持ちが大きい」

「でも私相手ならしないんですよね?」

「しないよ、他にさせる。オレがする必要ないだろう。オレしかいないなら話は別だが」

「それが下心とどう違うんです?」

「他の誰にもリオンに触れてほしくない。だからオレがする、それだけだ。リオンの為ならなんでもね」

「それは結局は下心に繋がってませんかね?」

「下心って性的欲求に繋がるものだろ。今のオレはそういう感情はないからな? この件、お前とは話が噛み合わないだろうからこれ以上話したくないな」

「ホントに。納得できませんね。男なんて性的欲求が絡まない接触なんてあり得ないと思います。だから一生噛み合わないですよ私達」

「噛み合わない。そこは気が合う」

「合いますね」


 奇妙なやり取りの後、彼は穏やかにとてもやさしい目でリオンを見つめる。

「とにかく、なんでもするよ。リオンのためになるなら、なんでもね。……あまりにもつらくて、苦しくて、もし、生きているのが苦痛と言うなら、それ以上苦しまないよう殺すことも出来るくらいに」

「……ずいぶん過激ですね」

「そんなことはないだろ? 前向きだからこそ、周りには分からないからこそ、呪縛が強いと思う」

「え?」

「朦朧としてるときに、自分が特別ということを否定していた。本心だし、力が出たときからのリオンの苦しみなんだろう。スピルと話していたのもそのことなのかもしれない。特別、唯一無二、誰も変わってやれないんだよ、全部一人で一生抱えるんだ、苦しくならない訳がない。だったらせめて望みを叶えてやりたいじゃないか、望むこと全てを」






 気だるさが抜けず、体を起こすことも辛いけれど、セリードが差し出してくれた冷たいタオルを口元に当てるだけで少し気持ちが浮上する。

「ほんとに、御迷惑おかけしました」

「誰も迷惑なんて思ってないよ」

「でも」

「とにかく、熱は下がったけど明日までおとなしくしてること。マリオ団長の命令だからちゃんと言うことは聞くように」

「はい」

 苦笑いを浮かべながらもすなおに頷いたリオンの頭をセリードは撫でた。

「よろしい」

 セリードは立ち上がり開け放たれている窓の側に立ち、外を見つめる。

「もう、丸一日経ってしまったんですね。町は、どうなってますか?」

「大分落ち着いたよ、市長が魔物討伐への懸賞金制度を止める宣言をして、復興に尽力する宣言をしたんだ。魔物の対応についても早急に変更して市民の生活第一の政策にして、オレたちがいる間に新しい対策を徹底して自ら勉強会し直して市民に伝えていきたい、それについてきてくれってね」

「そう、ですか。よかった」

 笑顔が戻って、ホッと息をつくリオン。

「少しずつ変わるよ」

「え?」

「時間はかかる、それはどうしようもない。でも、変わるよ。少しずつ必ずいい方に」

「セリード様……」

「過去に起こったことは変えられないけど、今起こってることなら少しずつ変えられるから、それでいいと思うよ」

「はい」


 ―――過去は変えられないけど今起こってることなら少しずつ変えられる―――


 この言葉は、リオンを支えてゆく言葉になる。


「変えられる、か」

 ぼんやりとベッドの中でリオンは天井を見つめながら呟いた。

「シン、スピル、エール……【闇色】を消すために、やってみる。頑張るから、ね」

 自分の心が不安定で、とても誰かの為になることをなし得るなんて考えられない今出来ることなんて殆どないだろう。

 それでも。

 変えられるのなら。

 少しでも出来ることがあるのなら。


 するしかない。

 挑戦してみるしかない。

 たとえ些細なことでも。


 そう自分に言い聞かせ、リオンは目を閉じた。

うーん、セリードとフィオラをもう少しギスギスさせたかったんですが (笑)。

この二人の相容れない感じを上手く表現できず、作者はいつも手が止まります。

更新が遅れたのもこの二人のせいだったりします。


敵対する気はないんだけど、仲良くなることはないなぁって互いに思ってるのを表現するのは難しいですね、これからもこの二人のことで遅筆になること間違いないです。

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