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三章 * 彼女の過去 2

 《過去の記憶》は鮮明だ。

 その目で実際に見ているように。

 初めてリオンが拒絶する 《過去の記憶》。

 幸せな日々を壊した、自分では理解出来なかった自分の力。

 リオンの人生を激変させてしまった事実。


 《過去の記憶》として、もっとも見たくないあの出来事。






 この時、ライドはリオンの言葉で何かを察したようだった。

 すぐさま懸命に治癒の魔法を施行すセーラとそれを補助するミーシャの元へ行き、男の頭部側に膝をつく。

「お父さん? えっ? ちょっとどうしてリオン連れてくるの? ダメよ、見せるものじゃないんだから」

 嗜めるようなセーラの言葉を無視して、ライドは床に横たわり呻き苦しむ男を見つめる。

「ミーシャ、セーラ、みえるか?」

「え? なに? ライド」

「……リオンが、腕に黒いものが見える、それが、恐いと言ってる」

「は? なに? それ」

 困惑したセーラの側で、ミーシャも訳がわからないと言いたげに困った顔をした。互いに目配せしてから、わざとらしく首を傾げたのはこんな時に何を言い出すんだと少し非難の気持ちもあったからかもしれない。

「私もよくわからないんだ、ただリオンが」

「おい!! ライド!! リオンちゃんが!!」


 リオンの不思議な発言について話そうとしたがライドは知人の声にばっと勢いよく振り向いて立ち上がり、人だかりを掻き分けてリオンの元に戻ると、リオンが知人の足にしがみついて震えていて、ライドを見るなり飛び付くようにしてやはりしがみついてきた。

「リオン、どうしたんだ!!」

「魔物になっちゃう!」

「えっ?」

「あのお兄ちゃん魔物になっちゃうよ!!」

 わずか八歳の子供の叫びに、周囲はただ、一瞬呆けて言葉を失っていた。


 それからわずか、数分の出来事だった。

 腕を失い悶え苦しんで息も絶え絶えになっていた男が急に息が荒々しくなり、セーラの治癒魔法も何の効果もないまま、出血の止まらない腕が鮮血の赤に染まっていたが、その腕が食いちぎられたという場所からみるみるうちに黒ずんでいった。全然に広がった黒ずみは瞬く間に真っ黒になり、男は体を激しく痙攣させながらのたうち回り始め、体の至るところが歪に変形し異常な隆起を繰り返してゆく。悲鳴と怒号が飛び交う中、人々が建物から逃げ出し、セーラとミーシャも治癒を断念し避難するしかなかった。それらと交代するように守護隊が突入してすぐ、大声で叫ぶような恐ろしい断末魔の悲鳴が聞こえてから一瞬で静寂が辺りを包んだ。


「大丈夫、大丈夫よリオン怖かったね、びっくりしたね」

 泣きじゃくるリオンを抱き締めて、ミーシャは優しく頭を撫でた。

「でもすごいよリオン!! 魔物になることを見抜いたんだから!」

 セーラがすこし興奮気味にリオンの背中をさする。リオンはそんな姉の袖を掴んで泣きなかがら見上げる。

「あなたの魔力がもしかすると開花したのかも!! 他の力がないかもしれないけど、魔物を見極められるのはすごいことよ!」

「……ホント、に?」

「うん、ホント!!」

「私も、お姉ちゃん見たいに役にたつ?」

「立つわよ!!」

 それは、母親にとってとても嬉しいことだった。人の役に立つ魔力を持つと言うことは、職業として成立し、将来自立した生活が可能だということだ。姉のセーラはすでに治癒師として将来は約束されていたがリオンにはそれがなかった。北方の田舎町、何かしらの特技がなければ年頃になったら結婚するしか将来はない。田舎といっても不安のない恵まれた生活をしてきたミーシャとセーラにしたら、リオンの魔力が開花することは自分たち家族の更なる安定を意味していたのだから、手放しで喜ぶのは当然のことだった。


 ただ、ライドは違った。

 ミーシャと結婚を意識したそんな若い頃、魔力と魔物について少し勉強したことがある。そのころ劇的に増え始めた魔物対策について考えることが多くなったのと、魔導師を妻にする心構えのためにと何気なくした勉強。


 《残念ながら、現段階では魔物に襲われた後に魔物化してしまうかどうかの判断が出来る方法は存在しない》


 その本を読んで他の仲間もがっかりしたのを覚えていた。

 もしも、たくさんの人が魔物に襲われた時に、その人たちが町に流れてきたら?

 その対策を話し合っていた時に最新の本だとみんなで期待して読んだのに結局は解決に繋がるものは一つもなく、頭を抱えた。

 そう、判断できないのだ。

 強力な魔導師であったとしても。

 なのに。


 幼い娘は、それを判断した。

 しかも、知るはずのないことが見えていて他にも誰にも見えなかったものが見えていた。


 この子は、一体。


 その噂は瞬く間に広がった。


 たった四日で一家の生活ががらりと変わった。

 リオンたちの家の前には失せ物探しは当然のこと、不治の病に犯された人やありとあらゆる解決し難い問題を抱えた人たちが勝手に家にやって来るようになっていた。

 初めはミーシャとセーラでなんとか対応していたが、人々の要求はたった一日で二人では解決できない無理難題になった。それから一週間もすると要求が通らないことを不満に思った一部の人間が町で暴れ、他の人々の生活にまで影響を及ぼし、心配した町の人々が四人を匿うことになって、町は異様な様相を呈していた。

 それでもミーシャとセーラはなんとか出来ることは対応し続け、難を逃れている状況を保っていた。

 ただ、ミーシャとセーラは次第に家でリオンの力について話すことが減って、褒め言葉一つ口にしなくなっていた。それをライドが僅かな異変としてとらえ始めた時、保たれていた『家族の関係』を乱すことが起こった。


「え? リオンを、ですか?」

「そうだ! 凄いぞ、魔物になる人間を判別できるのなら! 彼女は稀にみる魔導師になる!! こんな小さな町でくすぶるなんてもったいないじゃないか!!」

「待ってください、まだ八歳です。そんなことを言われても」

「ちゃんとした魔導師の弟子に入れるんだよ、力を磨いてこの町から大陸で通用する魔導師にさせてあげるんだよ!!魔物の問題を解決できる特別な魔導師だ!!町を上げて支援するのはどうだ?!」

 町長と他の町人の一部が彼らの気持ちなど聞きもせずいつの間にか盛り上がっていたのである。そして困惑するミーシャが怪訝そうに言い返したことで、燻っていた何かが表面化した瞬間を迎えた。


「ちょっと待ってください、娘はまだどんな魔力があるのかわたしにも見えていません、それを勝手に他所様が決めるようなことを言わないでもらえますか」

「君の意見は聞いてないよ、たかが田舎町で失せ物探しをしている君にリオンの力など見えるわけがないだろう。全部我々がやるから何も心配ないよ、君らはいつも通りやってればいいんだから」

「なっ、なんてことを。お母さんを侮辱するのやめてください!」

「は? ほんとのことだろう? 君だって同じだ、結局は魔物に襲われたあの男の怪我を治すどころか血を止めることすら出来なかったじゃないか」

 不安そうにそのやり取りを見ていたリオンが心細い弱々しい声で言った。

「お母さん、お姉ちゃん、どうして、そんなに怒ってるの?」


 人の本心を顔から読み取る能力がはっきりと出たのはその時だった。

 八歳の少女に場の空気を読めなんて無理な話だ。良かれと思って心配して口にしたリオンの言葉に、町長は言い放つ。

「怒ってるのか? ほう? そういうことも分かるのか、やっぱり凄いじゃないかこの子は。君たちとは違うんだよ、特別な子だ」

 母親と姉の歪んだ表情がリオンから笑顔を消し去ってしまう。

 状況の悪化の始まりだった。


 リオンの魔物に関係する能力への期待はどんどん膨らみ、一番近い大きな市の市長まで彼女に会いに来た。

 幼いリオンには何が起こっているのか分からなかった。

 母親と姉の存在は 《リオンのおまけ》のような扱いへと変わり、次第に二人はリオンを避けるようになって、ライドがそんな二人と喧嘩をするようになっていた。

 毎日繰り返される父と母の喧嘩、母と姉からの理由がわからない無視、見知らぬ大人たちからの理解出来ない過剰で不安を煽る期待。一ヶ月が経つとリオンは一歩も家から出なくなり、人との接触を恐れるようになっていた。

 それを周りがミーシャとセーラのせいだと責任を擦り付ける。幼いリオンを巻き込んだ大人の勝手な都合を棚に上げ、周りから見向きもされなくなった嫉妬でリオンを苦しめていると口々にするようになり、ミーシャとセーラさえ、外を歩くのが難しくなっていた。


「もううんざり!! なんでこんなことになってるよの!! リオン!! あんたのせい!!」

「お母さん……」

 味方であるはずの親戚、周りの都合のいい言い訳をする大人たちの言葉と態度がミーシャとセーラに募らせた怒りと嫉妬と憎しみの矛先は直接リオンに向けられた。

「あんたのご飯はないから。外で食べてきなさいよ、誰か食べさせてくれるでしょ。あんたが動くと人が押し寄せてごはんも食べられないんだからね」

 優しかった姉も、人が変わってしまった。それでもリオンは二人に笑って欲しくて、優しくして欲しくて、微笑んだ。

「気味悪いったら!! 近寄らないで!!」

 ミーシャから手加減なしで、平手を食らって体ごとぶっ飛んだリオンはテーブルにぶつかって口のなかを切って、その場にうずくまる。

「リオン! 大丈夫か?! お前はなんてことをしたんだミーシャ! 娘を殴るなんてどうかしてるぞ!!」


 幸せだった家族が崩壊した瞬間だった。


 激昂した母親と父親の、互いの譲れない主張がぶつかり激しい口論が数時間。

 口を切ったリオンはそのすぐそば、放置され、痛みを訴えることも出来ずただ、床の上でうつむいて座るだけだった。

 姉も、そんなリオンをそのまま無視するだけだった。


 なにが、いけなかったの?


 幼い彼女の、素朴で素直な問いに、誰も答えは出さなかった。

 だれも、聞いていなかった。


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