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三章 * 彼女の過去 1

リオンの幼い頃のお話が入ります。

今回の幕は4話構成ですが、後半は通常の時系列に戻っています。

 スピルの言葉が信じられなかった。

 ずっと、なぜ? と思って来たけれどリオンは

  《普通だからこそ》理由があるのだと思い込んできたからだ。ビートも、クロードも、そしてティルバ最高の魔導師である聖女ミオでさえ 《魔力のようなもの》と言っていた。

 魔力とは違う何かだからこそ、特殊な蘇生や再生の力だし、魔物を察知出来るし、《過去の記憶》を与えられているのだと。聖獣から与えられた力なのだと。


『お前が選ばれた理由?

 簡単だ、お前はこの時代で最も強大な魔力を持っているからだ。

 そして、その魔力を忌み嫌うからこそ、聖域の扉となる。

 なるというよりはなってしまうと言ってもいい』


 過去を抉る、真実だった。

 やっと心の整理が出来たのに、《特別》ということを受け止められるようになってきたのに、リオンは信じたくなかった。


『その全魔力を聖域の扉として使う。

 だから質が違うように見えるのだ。

 異空間を繋ぐ道を作ってしまう、普通の魔導師ならば不可能な蘇生や再生も出来てしまう、それは聖獣と人間の繋がりを望んだ 《フォルサ》が魔力を変質させ可能にしたことだ。

 お前達の魔力は普通に使うにはあまりにも危険な威力でな、体への負荷も大きいらしい。

 ところが、その魔力を変質させると、変質させることにも膨大な魔力を要する。それによって体を蝕む魔力が消費され安定するらしい。お前達は力が安定する前からそうやって魔力を変質させることで自己防衛するのだそうだ。

 だからこちらの世界で攻撃魔法と言われるものがお前は使えないし、通常の簡単な治癒が不安定で精度が悪い。

 それが聖域の扉の特徴の一つと言っても過言ではないのだよ。

 ほぼすべての魔力を、聖域の扉として使い、それを時を越えて次世代の聖域の扉に引き継ぐ、そんなことを出来る魔導師など奇跡に近い。

 それだけお前の魔力は本来強大なもの。

 どんな魔導師がおまえを見ても、その力がどんなものか判断出来ないのも魔力で本質を守っているからだ。

 強き者の本質を見抜くには、それよりも強力でなくてはならない。

 今の時代、それが出来るの魔導師は存在しない。

 なぜなら、お前がそれらの頂点だからだ。

 《フォルサ》の影響を受けているにせよ、聖域の扉を引き継ぐのはお前達の意思だと言われている。強大な魔力を有する人間としてこの世に生まれてくると決定した時点で、責任を背負うという意思を魔力に込められる。

 そんなお前を特別な存在といわず何という?』





 ―――なんであんたが特別なのよ!! あんたさえいなければ、私が!!―――


 耳の奥に残ってこびりついていたあの罵声が再び響いたような気がして、リオンは耳を塞ぐ。

(やっと、受け入れられたと思ったのに)


 ―――近寄らないで! 気味が悪いったら!! あなたのそれは魔力じゃないわよね? なんなの? 本当になんなのよ―――


 私は普通の子。

 魔力はない。

 この力は与えられたもの。

 私のものじゃない。

 特別なのは私じゃない。

 与えられたこの力が特別。

 いつか、必要なくなる時が来て、消えるはず。

 必ず、消えてなくなって、普通に戻るはず。





『我々と魂を共有しているとは、どういうこか。

 意思の疎通が出来るというだけではない。聖域の扉として我々と共に聖域へ行くことすら可能なのだ。

 それは全て強大な魔力と、それを支えられる強固な魂と特別な肉体のお前だからこそ、《フォルサ》の願いを自ら引き寄せるほどの魔力と肉体だからこそ。

 己の力を嫌ってもいいのだ、こんな力を望んだことなどないと。こんな力はいらないと。

 嫌ったとしても抗えないのだから。

 いつか知るのだ、その忌み嫌う力からは生をまっとうするその瞬間まで逃れられないのだと。

 リオンよ、すぐにとは言わない。だが、お前はお前自身を受け入れよ。

 それが、お前を救うことにもなるし、助けることにもなるのだから』






「リオン、ねえ、大丈夫?」

 フィオラが突然そういって、リオンの肩に手を乗せ顔を覗き込んだ。

「ごめん、ね。ちょっと……気分が」

 きつく目を閉じ、唇を噛んで、眉間にシワを寄せた彼女の顔が血の気がひいて真っ青で、フィオラは慌ててリオンの体を抱き寄せるようにした。

「どうした?」

「急に気分が悪くなったみたいで」

 セリードが顔を覗き込む。フィオラは珍しく動揺したらしく、セリードに助けを求めるような目を向ける。

 フィオラの隣に座っているリオンは肩を抱かれたまま体を任せ、ぐったりとしてしまった。セリードは直ぐ様リオンの前に行き、膝をついて再び顔を覗き込んだ。

「森から戻って来るときからちょっと様子がおかしかったけど、関係があると思うか? 思い詰めてるような感じがしたんだが、気のせいじゃなかったか」

「森から戻って……? 確かに思い詰めた顔はしてましたけど。あの時といったら、聖獣と話してましたよね? それですか? ……リオン、大丈夫?」

「ちがう、私は」

「リオン? ねえ?」

「特別なんて」

「リオン!!」

 フィオラがグラリと体が前屈みに倒れ込みそうになったリオンを支えようと手に力を込めた。その正面からセリードが手を伸ばし両手で支えると体勢を変えて直ぐ様彼女を抱き抱えて立ち上がる。

「部屋に戻ろう」

「は、はい!! リオン、大丈夫? 宿で休もうね?」

 その場にいた全員が異変に気づいて心配事そうに駆け寄った。

 リオンは、それをぼんやりと、ゆっくりとした視線の動きで眺めたけれど、どうにも体が重くなって意識が遠退いて、セリードの腕の中リオンはそのまま気を失ってしまった。







 過去とは、良い思い出ばかりではない。

 人によっては、消したい、忘れたい、そんな辛いことばかりの人もいるだろう。


 幼い頃から魔力らしい魔力はなかった。

 ただ、人の顔を見て感情を読み取るのだけはなぜか得意で、母親がとても誉めてくれていた。

 リオンの母親はティルバ国の北西にあるイエントの町周辺では有名な魔導師で、失せ物、人探しを得意として信頼も厚く、相談役のような立場も務めていた。父親も町役所の重役の一人として真面目で交友関係も広く、何かあれば誰しもが頼るような頼もしい存在だった。

 そしてリオンには少し年の離れた姉がいた。十歳上で、リオンが六歳の時には既に母親のように魔力が安定し、治癒を得意として町はもちろん、噂を聞き付けて隣町からも人が尋ねてくることもある、そんな存在だった。

 リオンに魔力がほとんどないことを母親も姉も仕方ないからと優しく受け止めて、父親も出来ることを将来すればいいと言ってくれていた。

 まさに絵に描いたような幸せな一家だった。父は当然こと、母親も収入が人並みよりは恵まれていたため、町の中では裕福な家庭でもあった。

 それが、リオンが八歳になって突然、前触れもなく崩壊した。


「セーラ、来てちょうだい」

「なに? お母さん」

「魔物に教われて逃げてきた人が駆け込んできたそうなの」

「えっ?」

 その日は雨だった。季節の変わり目で冷たい雨が夜から降り続き、雪に変わる予感を感じさせる寒い日で、リオンは姉に字を教わりながら本を読んでいた。

 母親のミーシャが、父親のライドが操る馬車でいつもよりずっと早い午後のおやつの時間頃に帰宅した次点で、魔導師としての勘だろうか、椅子から立ち上がって中に入ってくるのを構えていた。そしてもたらされた話に難しい顔をしてみせる。

「奇跡的に逃げ出せたそうよ。でも、腕を食いちぎられていて、出血がひどい。あなたの噂を聞き付けて運びこまれたの」

「わかった、直ぐ出るね。リオンもおいで」

 一人にしておけないからと、いつもリオンは何かあれば一緒に行動していた。足早に馬車に乗り込んだリオンは目を輝かせた。

「お姉ちゃん、またお姉ちゃんが誰かを助けるのね?」

 無垢なリオンの問いにセーラはにっこり微笑んで頭を撫でた。

「わかんない。でも、出来ることはするわよ。それが、私の役目だからね」


 役所は騒然としていて、ライドはリオンと手を繋ぎ、馬車を飛び出すように降りてから建物に駆け込むミーシャとセーラをあえてゆっくりと追いかける。幼いリオンになるべく見せないよう、近づけないよう、ライドはさてどこにリオンを預けておこうかと思案した時だった。

「お父さん」

 リオンが急に父親の足にしがみついた。

「リオン?」

「恐い」

「え?」

「あの中、恐い」

「どうした? よく来てるだろ?」

「だって、真っ黒だよ?」

「……え?」

 怯えるリオンの言うこととは正反対の明るさだった。雨で暗い日中を、照らすランプが煌々と役所の入り口を照らしている。

「えっと、リオン、どこが真っ黒なんだい?」

「お父さんがいつも入ってくとこ。恐い。黒いのが動いてる。お母さんとお姉ちゃん大丈夫なの?」

「ごめんな、リオン。お父さんにはさっぱり分からないよ」

 ライドが困った顔をしてリオンの頭を撫でたそのときだった。

「床に寝てる知らないお兄ちゃん、腕が真っ黒、いっぱい、いっぱい黒いのがついてるよあれ、怖い。」

「リオン、お前……見えるのか?」


 建物の、外にいる。

 幼いリオンに聞かせるものではないからと、詳しい話は一つもしなかった。

 ライドが役所を慌てて出るとき確かに 《若い男は床に敷かれた敷物の上に》いた。魔物に襲われた人間をベッドに寝せてあげるなんて優しさや勇気は残念ながら誰にもないのだ。

 しかし、その事実をリオンは知らないはずである。

「あの黒いの、なに?」

 不安げにそう言ったリオンをライドは見つめた。






 これもまた、《過去の記憶》である。

 ただ、初めて見るものだ。

 リオンの、自分自身の過去。

 彼女がビートとジェナに引き取られることになったその原因。

 それは彼女が自ら引き起こしたこと、と言ってもいいのかもしれない。




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