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三章 * 黒い境界線 2

 魔物が局部的に増幅したことで、それが闇夜でも確認出来るほど膨れ上がりじりじりと騎士が防衛するラインに迫り来る光景をみた市民はビスを魔物が囲んでいることを知り、逃げることが出来なくなっていることを知る。

 恐怖と混乱を押さえることは不可能になっていた。市民は中心地と海側の二ヶ所に分かれるように逃げて底に行くまでの全ての道で多数の怪我人が出ていた。問題の場所はセリードとリオン、そしてフィオラを中心として数名が交代して、騎士が各地に散らばり境界線に立ち人が近づくのを徹底して押さえ込む体勢になっていた。守護隊と魔導師はティナの指揮で怪我人や迷子の救出と治療に専念し、一部の市民の協力を得て増え続ける怪我人を役職や大広場に移動させ休ませる場所の確保に奔走もしている。


 バノンとマリオ、そして副長たちは馬を走らせ騎士と魔物の距離確認や時々突進してくる黒い虫や小動物の進入を防ぐ騎士に遭遇すれば排除を手伝い、逃げ遅れた人がいないか何度も何度も確認していく。途方もない回数の確認作業に気力が削がれる。


「リオン」

 セリードの問いかけに、リオンはなにも答えない。ただじっと不気味に重なりあいひしめき合う魔物の膨れ上がった黒い巨大なうねりをみつめているだけだ。

「リオン? 大丈夫か?」

「え?」

 我に返った顔だった。ただ、表情はなく何を考えているのかわからない。

「魔物が迫ってる。さすがにまずいんじゃないのか?」

「あ、大丈夫です。これは挑発してるだけで手を出さなければ落ち着いてくると思います。時間はかかります、多分夜明までかかるでしょう。でもこの状態を保てれば問題はないはず、スピルの怒りを感じません、エールの怒りも。彼らは静観しています。やっぱり、試してるんです。私たちが彼らの領域を侵さないかどうかを」

(じゃぁ、その顔は?)

 セリードはリオンをしばらく見つめてから魔物に目を向け直した。

 リオンの様子がおかしい。

 スピルと何を話したのか。

 いや。


 何を聞かされたのか?


(リオンの、《過去の記憶》かそれとも、聖獣との関係か、未知の力のことか……。)

 心から代わってやれたらとセリードは思う。どうして彼女が聖域の扉なのだろう? 魔力も騎士の力もない彼女には余りにも荷が重すぎる気がしてならない。そしてなにかを知るたびに彼女はその真実に正面から向き合って目を反らさずに受け止める。

(必ず、守るからな)

 リオンの隣、同じ立ち姿でセリードは魔物を見つめた。


(似てるよね、最近)

 フィオラはリオンの落ち着きから、人間がこの膠着した状態を悪化させなければ終息する自信があるせいかひどく落ち着いている。

 ちらりとふたりを見比べる。

 セリードは普段立ち話や何かを見学するときは腕を組んでいる。その態度が気に入らないとよくバノンがふざけて彼の腕を叩くのを見ているから皆が知っている。

 でも今はリオンと同じ立ち姿をしている。

 意識しておらず完全に無意識だろう。共に、背筋を伸ばしてまっすぐ前を見ている。両手を下ろしたまま、わずかに脚を開いて。

(こんな時に不謹慎だけど……くっついちゃえばいいよねぇ。いや、二人の気を見ればお互いに惹かれ合ってるのは確実)

 きっと、気持ちが通いあったら 《なにか》が変わる。この二人はよく言う


 運命の人


 として互いに出会ったのかもしれないと、フィオラはこの頃よく思う。

 女なんて飾りで、性欲処理出来て、後腐れのない関係を守らなければそばに置かなかったセリードを知っている。

 兄サイラスと同じような顔をして兄弟そろって美形だと、フィオラが王都に来たときから既に周りの女たちは黄色い声を上げていた。

 なかなかの癖のある性格を笑顔で隠している姿に腹が立ちぶっ飛ばしてやろうかと何度も思いながらミオに止められ、笑われて、納得できなかった。


 セリードは女で変わるわよ。

 大丈夫、騎士が嫌いなあなたでも受け入れられる位変わるから。とりあえずぶっ飛ばすのはやめておいてね?

 今はその時ではないのよ、自分で見つける時がくるわ。

 自分の命より大切だと思える女性に出会い、そしてその人と共に生きる。

 アルファロスの男たちは皆、とても情熱的なのよ?打算や合理性での結婚は仕方ないっていいながら、将来を誓った相手と皆添い遂げてきたの。結局情熱を捨てられない家系なのかもしれないわね。

 彼も間違いなくその血を引いている。


 そして今ぶっ飛ばすの止められてよかったなぁ、としみじみ思ってみたりする。

 この男はフィオラにすら嫉妬したのだ。

 自分のことを置き去りにフィオラと二人で聖獣に会いに行ったことを、リオンが自分を選ばずフィオラを連れていったことをセリードが許せなかったのは誰が見たって明確だっただろう。

 それよりも少し前からフィオラはちょっとセリードのことを見直している。

 リオンに好意を抱いていることに気がついたころから彼は必要ない女性との接触をしなくなったのだ。肌に触れるとかそういうことではなく、会話が減ったのである。以前ならもっと人懐っこく誰とでも笑顔で会話をしていた男がリオンに近い女性以外とは最近は会話をしない。それどころかさりげなく距離を保ちそっと離れてゆく。

 どこにいてもリオンを探す。

 どこにいてもリオンを思っている。

 彼女のそばにいたい。

 それが隠しきれなくなっている。

(まあ、恐いけどね。元々があの厄介な性格だからリオンのことになると平気で人を傷つけるような気がするし)

 なんて思いながら、やはりフィオラは二人を見比べる。

 顔つきも似てきたな。

 魔物がひしめく緊迫した状況の中で、彼女のは落ち着いてそんなのんきなことを心のなかで呟いた。


 そして冷静にこの状況を、二人を見ているフィオラは他にも色々考えている。

(ホントに、襲ってこない)

 闇色の姿に目が慣れて、なんとなく奥の魔物が見える。スピルよりはずいぶん小さいがそれでも今ここにいる一番背の高いセリードの二倍以上も丈があり、大きな形の魔物が数体確認できるがそれらは身動き一つしていない。

 ただこちらをじっとみているだけで、なにもしない。

 時折飛び出してくる黒い虫や小動物は理性がない。重なり合いひしめき合いじりじりと距離を詰めてくる魔物にも理性はないとされている。

 なのに、距離は近くなってきているが、襲ってこない。まるで後ろでこっちを見ている大きな魔物が理性のない魔物達を制御しているかのように。

(もしかして、ホントに制御してる?)

 スピルを見たときに思ったことだ。

 彼の周りで魔物は静かだった。何でも食らいついて離さない魔物がおとなしくじっとしていた理由がスピルにあると直感が思わせる。

(聖獣の意志が直結してるの? しかも……大きな体に成ればなるほど、理性は聖獣に近くて、周りを観察する知能がある?)

 そう思って、ゾクリと背筋が震える。

(待ってよ、じゃあ今大陸全体で魔物が増えてて強くなってるのって)


 大陸全土が魔物に対し、聖獣に対し、間違った知識を持っていて信じている証。


 だからこの数十年で緩やかながらも魔物による被害が増えてきた。そしてこの数年で爆発的になり、この大陸には国費を圧迫するほどの被害が出ているところもあると噂が流れている。

 そしていま、どれほど正しい知識で魔物を討伐している、魔物との距離を保てている人間がいるのか?

(ここにしか、いないじゃない)

 冷静な心で、フィオラはこの世界に立ち込めた暗雲を憂いるしかできなかった。



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