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三章 * 黒い境界線 1

バタバタした幕が続きます。

落ち着いた話はもう少し先になるかもしれません。

 時間にしておよそ二分。

 リオンの出した決断は。


 ―――やっぱり何もしない―――


「こちらから魔物を絶対に刺激しない、それを守ってくれるなら、全部任せます。だそうです」

 フィオラがマリオにそう伝えに行った時に、驚いたことがある。

 町と熱帯雨林の境界線。

 騎士と守護隊員が二、三人の組で等間隔に並び夜の熱帯雨林の暗闇を監視している。木々が魔物の移動で絶えずざわざわと蠢き不気味に揺れるのを緊迫した状態で構えながらもじっと見ているだけだ。そして魔物もひしめき合いながらも、暗闇から出てくる様子はない。

 時々、黒い小動物や虫が暗闇から吹き出すように突進してくるのを自分達がいるところから居住地へ進入させないように剣や斧で凪ぎ払い潰していくが、魔物が前進することはない。それをただひたすら騎士たちがその場その場で退治するだけ。中型の動物や人間程の魔物はこちらの様子を伺っているだけなのだ。

「本当に襲ってこねぇ」

「こんなに、違うんですね」

「ああ」

 マリオは険しい顔をした。

「もっと早く知ってれば、ダインはあんな怪我なんてしなかったな」

「……ダイン団長、早く良くなるといいですね。」


 四十世世代第四騎士団ダイン・ヨーマ。

 リオンが王都にやってくる少し前、魔物討伐に赴いた遠征先で、彼の隊は壊滅的被害を受けた。隊員十六名のうち六名は無傷で生還したが、副長は団員を庇い片手を食いちぎられた。団長のダインも大きく強い魔物と対峙して何とか生き延びたが彼も左足の足首から食いちぎられて失っている。

 魔物に食われ生き延びても、魔物化してしまう。それを防ぐために団長と副長に逃がされ無傷だった団員たちは団長の左足の膝から下を、副長の左腕の肘から下を、それぞれその場で断腸の思いで切り落としている。そうすることで魔物化するのを防げることがあるからだ。

 魔物の不気味に垂らす真っ黒な唾液のようなものや絶えずボロボロ落ちる真っ黒な皮膚のようなものが負傷したところから入り込みそれによって汚染され魔物化をすると考えられているのだ。

 ただ、襲われて体の一部を食いちぎられて、その場でその部分を冷静に切り落とすなんてことが出来る人間なんてほとんどいないだろうし、そもそも切り落とせない箇所を食いちぎられることもあるため現実的な対策ではない。

 しかしこのダイン隊の団員たちの咄嗟の判断は見事に二人の男の魔物化を阻止したのである。


 しかし、その代償は大きく彼らは位の返上だけでなく、その責任の重さから騎士も廃業した。残る八名は死亡、その場であっという間に食い尽くされて、副団長の腕と、ダインの足と同様、骨すら残らなかった。遺族には身に付けていた武具や宝飾品だけが帰って来た。

 そしてダイン隊は最近、解散した。


「もう、団長じゃねえがな」

 ダインはマリオが親しくしている数少ない騎士の一人だった。彼の敵をとろうと、マリオが議会や王家に直談判したことは有名だ。

 この遠征に意気込んでいたのは、手柄や出世だけではなかったのだとフィオラは気がついて、切ない気分になる。

(ホントに、そうだわ……。無理な遠征に何の意味もないって、思い知らされる)


「フィオラ、この遠征はあなたにとってとてつもなく大きな分岐になる。

 リオンの言葉をどう受け止めるのかで、あなたの魔導師としての生き方が変わるでしょう。

 いずれあなたはこの国を担う一人になる、その時あなたはこの経験をどう活かしていくか、そしてどう人々に伝えていくか、よく考えなさい。そして進む道は平坦ではなく必ず目の前には大きな分岐が出てくるわ、あらゆる可能性を秘めた道か、限られた狭い道か。その先にある扉はたくさんあるけれど限られた狭い道だけは、選ばないようにいつでも、五感を冴え渡らせておくのよ」


(はい、ミオ様)

 フィオラが改めて気持ちを引き締めることになった光景は、魔物討伐ではなく、魔物と人間が互いに静かに向き合うという、どの本にも載ってうない、知らない、見たとこもない光景だった。


「おい、襲ってこねえぞ?」

「たいしたことねえのか? おれらでも今なら殺れんじゃねえのか?」

 腕に自信がある男三人が斧や松明を手にして、騎士団と守護隊の隙を狙っている。

 少し前から市長が魔物を一体倒すたびに賞金を出すと決定し、それでずいぶん稼いだ奴等は家具を買い換えたとか、馬を一頭買ったとか、酒場でずいぶん自慢していた。

 大半の市民はそんなことはするべきではないと怪訝(けげん)そうにしているが、貧しい家庭や、有名になりたいとか、何かしらの理由で魔物を倒してみたいと思う男はビスには結構いるのだとリオン達もここに来るまでにビス出身の旅人から聞かされていた。

 騎士のように経験も知識もなく、そもそも守護隊にすらなっていない人が倒せる魔物なんて限られていると、リオンが顔を曇らせたのを騎士たちは皆見ている。

 そして今、目の前には騎士すら討伐に躊躇(ためら)う異常な数の魔物とその魔物の種類の多さと、そして遭遇したことのない大きな魔物が何体も見えている。

 経験と勘で、今ここにリオンの忠告を破ろうと思う騎士と守護隊員は一人もいない。なぜなら、魔物は一定の距離を保ちながら、その距離を縮めることはなく襲ってくる様子がないからだ。

 それなのに、恐れていたことがいとも簡単に起こってしまう。


 経験も、知識も皆無。

 目先の欲のために男たちはじっと魔物と睨み合うだけの騎士たちが守る境界線を突破しようと建物や物陰に隠れながらジリジリと近づいて、わずかな隙を見て男三人が雄叫びを上げながら飛び出した。

 騎士達の立つ位置から歩幅で数歩、前に出ただけだった。

「おい!!」

「なにをしてる!」

「やめなさい! きゃあああ!!」

「うわぁぁ!」

「なんだぁぁ!」

「ひっ!! ひぁぁぁぁ!」

 引き留めようと手を伸ばした女騎士と守護隊の男二人が悲鳴を上げてとっさに後ずさりをした。風が起きる程木々が激しく揺れ、その隙間から溢れるように無数に伸びて来た黒い奇異な手や顔、動物。突進してきた男たちが怯んで立ち止まったところを腕や足を掴み、噛みつき、引きずり倒すと馬に引きずられるよりも速いスピードで男達を暗闇に引きずりこんだ。

 悲鳴と体は暗闇と魔物の黒に飲み込まれあっという間に消え、見えなくなり、数秒後に異物を吐き出すように斧と火が消えた松明が三人の前に投げ飛ばされた。

 足がすくんで動けなくなった三人を駆けつけた他の団員と守護隊が抱えて下がらせる。

「う、うわ、なんだよ」

「膨れ上がってる」

 黒い無数の魔物が重なり、上へ膨れ、そして前へ押し出されるようにジリジリと、人間と魔物の境界線を縮めていく。

「騒ぐなよ!」

「ああ、さがれ、さがるんだ! ゆっくり」

「慌てるな、静かに」

 コワイモノ見たさで離れたところにいた市民たちが団員たちの声を合図に堰を切ったように悲鳴をあげ、中には泣きながら、転んで足を引きずりながら、意味不明な言葉を(わめ)きながら一目散に逃げていく。

 恐怖の伝染は速い。


「なんだ!」

「どうした?! 何があった!!」

 一番近くにいたバノンたちが駆けつけるまでに一帯の住人たちは市の中心へ逃げるのに道になだれ込んでいる状態だった。互いに押し合い、転んでも助けることもなく踏みつけ、蹴飛ばされ、うずくまり動けなくなった者もいる。親とはぐれ立ち尽くし震える子供、顔を擦りむき、鼻血を出して痛みと恐怖に耐えきれず大声で泣く女。


 戦場のほうがマシだ。


 バノンの率直な思い。

 戦場ではこんな光景はない。国土や主権を守る戦いの場に弱者はいない。殺るか、殺られるかそれだけでいい。重責の反面、余計なことなんて考えなくて済むのだから。

 ただの魔物討伐では、もう限界が来ている。そしてそれに巻き込まれはじめた戦うすべを持たない人々は、こうして惨めに逃げ惑い傷つき傷つつけられて、そして死ぬこともある。

 骨も残らず食われるか、不運にも魔物に変化して理性を失い討伐されて消される。

(間違うなよ、俺)

 自分に言い聞かせた。

 どうやって戦うべきか。

 どうやって力無き者を守るべきか。

 魔物への対峙のあり方を、すべての騎士が考える時が来たと、そしてその考えた全ての可能性から正しい選択をしなければいけないと、バノンは強く心に刻むのである。


「人間なんて限界の塊だよ」

騎士団団長になったばかりの頃、バノンにそう語ったのは、問題ごとばかり起こすのに何故か今でも騎士団団長の座に居続けている三十九世世代交代騎士団団長イワン・ビスタだ。

「すぐになんでも限界を迎える。そういう不出来な欠陥だらけの生き物だとちゃんと理解してるかい? 騎士団団長になったからって、おれは強い、なんて思わないことだ。すぐに死ぬ羽目になる」


なんてことを後輩にいうジジイだとあの時は思ったが、バノンは今、まさにそれを実感している。

目の前の出来事に、対応できていないのだから。

人間なんて、魔物、聖獣には敵わない弱い生き物だから。


「あのジジイ、だから騎士団団長なんだよな。腹立つけど」





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