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三章 * 黒い恐怖 4

 そこには腰を抜かし座り込んでいる男が二人、立って剣を構えているが、ガクガク震えて一歩も動けない男が四人いた。

 その正面に闇色の巨大な異質な形をした聖獣。いや、男たちはそれが聖獣だなんて微塵も思うことはないだろう。そして、闇と同化する無数の魔物がひしめき合いながらザワザワ、ザワザワと音を立てながら少しずつ距離を詰めて男たちに近づいている。


 この六人は魔物討伐をする集団だ。

 そういった集団は大陸中にいる。大陸を渡り歩き、魔物が出没したと聞けばそこに向かい討伐し、金を得る。人間の命が、生活が懸かっていることだ、それなりに収入は良くて、問題を起こしてマトモな職に付けなくなった者や犯罪者が刑に服して刑期が明けた者が自分の生活のためになる事が多い。

 ただ、この男たちは以前はマトモな職業に就いていたし前科もない。問題があるとすれば現状に満足せず欲を出した、ということだろう。

 地道に働くよりも収入はいいし、収益の多い爵位者の領地や活気のある市や町なら謝礼を上乗せした報酬が見込める。貧しい村でも金をかき集め支払いをしてくれるため、やればやる分だけ金が入ってくる。それがエスカレートして、本来人が寄り付かない、そんな場所まで赴き魔物に手を出すようになっていった。

 魔物を追い立て、大勢の人目につく場所で、トドメを刺す。それが常習化していた。

 魔物を見慣れた男たちのはずだった。


 そんな男たちが、恐怖に震え、混乱し、手も足もまともに動かせなくなっている。


 そして男たちはある一点に驚愕の目を向けた。

 巨大な闇色の聖獣の横から、一人の男が姿を現したからだ。

「な、なんだ、あんた。……どっから、来たんだよ」

 セリードだった。

「さっさと立ち去れ」

 彼は静かに、落ち着いた声で男たちにそう声をかけた。

「今なら生きて帰れる」

「え?」

「黙って去れ。そして二度とこの地に立ち入るな、まだ生きたいだろ? それと、魔物を殺す仕事なんてするもんじゃない、もっとマトモな仕事してろ」

「なに、いってんだよ、あんた、なんで魔物と一緒にいるんだよ?」

「もう一度言う、生きたいなら去れ」

「おい、待てよ、あんた。もしかして、魔物を手懐ける方法知ってるのか?! お、教えてくれ! 金なら払うぞ?!」

 恐怖に震えつつ、一人の男がセリードの特異なその状況を好機と見てとったらしい。

 この状況である意味度胸がある、ともとれなくはないが、セリードは冷静だった。冷静すぎて、感情というものが完全に欠落していた。

「そうか……オレの言うことを聞く気はないんだな」

 セリードは冷ややかな顔をして、剣に手をかけた。


 一瞬の出来事だった。


「どうせ今日死ぬ運命だった、魔物に食われるのもオレに殺されるのも一緒ということだな、問いかけ自体、無駄だった」

 そう言って、セリードは剣を鞘に戻してから手を離した。

 興味はすでに闇色の巨体に向けられて、セリードは何事もなかったようにただの肉片と化した男たちに一斉に群がり貪る魔物たちに背を向けていた。

【闇色の聖獣】のその顔を見上げた。


『我らの味方をするか、人間が』

「お前たち、というよりはリオンの、というのが正しい。……スピル、だっけ?」

『ああ』

「リオンのことだ、追ってくるだろうから手短に話そう。ちょっと個人的な話だ」

 セリードは穏やかな表情を見せて、穏やかに語りかける。

「この先……もしもの時、オレの願いを叶えてくれないか」

 突然の願いに、明らかにスピルがその真っ黒の瞳を見開いた。

『……なぜ、この私に言う?』

「お前にというだけではないよ、すべての聖獣に頼みたい。ただ、機会があれば自分の口で言うべきだろうと思ったことだ。……リオンがお前たちにとって特別なのは十分わかっている。だから頼みたい。聖域の扉の大切さはオレには理解してやれない。彼女のジレンマがどれ程なのかもオレには分からないし、代わってやることも出来ない。それだけ、彼女は稀有な存在なんだろう。たが、それでも人間だ。リオンもオレも必ず死を迎える。その時に、もしもリオンが先に行くようなことがあるのなら、そうならないようオレは全力で彼女を守るけれどそれでもその命が奪われるというのなら」

 とてもたおやかで優しい顔だった。


「オレを殺してくれないか」


 オクトナもスピルも少しの間黙っていた。セリードはただ答えを待ち、なにも語ろうとしない。

『選定するものとしての責務か?』

 スピルのその問いにセリードは迷いは見せなかった。

「いや? 彼女のいない世界はオレにとっては意味をなさない、いる必要のない世界になる、そう思っただけだな」

 なんてことのない、世間話をするようなセリード。

 父親や兄、そして聖女は気づいているかもしれない。

 彼が今までの人生で自分を動かすものに出会っていなかったことを。

 見るもの全てが白黒で、なんてつまらない世界何だろうと思っていた男が唯一憂いていたのは魔物の存在だった。人間を滅亡させるかもしれない驚異の存在でようやく彼の憂いになっていた。世界の中で唯一はっきりとした色に感じていた魔物。それが異質な黒だと、黒にも多彩な色合いがあるのだと知ったのは、リオンとの出会いがあったからだ。


 リオンがセリードの目に映るものに無限の色彩を与えた。

 目に映る世界を変えた女。

 もう、戻れないと悟った。

 彼女のいない世界には、二度と戻れないと。

 だから、彼女のいる世界で生きたい。

 いないのなら、生きる意味はない。


『生にしがみつく気はないと?』

「しがみつくよ、リオンがいるならね。彼女は、俺にとって大切だ。何よりも、誰よりも。全身全霊で彼女を守りたい。それが成されない時はオレは選定する者として必要なくなる。オクトナの力は必要なくなる。オクトナ、お前のこの世界を知る時間は短くなってしまうが、それでも……。彼女のいる世界にオレは、いたい。彼女がどう思っていようと彼女との出会いは、運命だと信じたい。だから、リオンのためにオレはすべてを捧げるから彼女が抗えない終わりの時はオレも終わらせてくれ」


『セリードよ』

 スピルは彼をじっと見つめた。

『その願いしかと受け止めた。今この時より我らが同志となるがいい、共に世界を見る者よ、その命我らが預かろう。その時まで』

 そしてオクトナが小気味良く笑った。

『そうやってお前は自分で運命を見つけて集め続ける。本当におもしろい男さな』

 そこから、ごく僅かな時間、セリードは対話した。今必要な情報を出来るだけ得るために。そして聖獣スピルの怒りを知るために。



「セリード様!!」

 魔物の群れがセリードの周りから去って、進行方向を変えたことに周囲を見渡している時だった。リオンがジルとフィオラと走って飛び込んで来るように目の前に現れる。

「リオン、魔物が動きを変えた」

「え? あっ、セリード様?」

「スピルは手を引いてくれたが、弱い魔物は置いていくと。リオン試されてるって言っていただろ? それがまだ続いてる、そしてオレたちも試されることになった」

 まわりに見向きもしない魔物はぞろぞろとリオンたちの横を通り過ぎて行く。

「どう決着をつけるのか、見せてくれと」


『どうするのか、見させてもらおう。

 我らの住処に勝手に入り込み荒らしておいてそれを正義という。我らが人の住処に入り込み荒らすことは悪だという。

 何が違うのか』

 憂いが滲む声だった。

『この美しき世界は人間だけのものではないはずなのに、裏切られ傷つくだけでなく、出ていけと忌み嫌いさらに傷を抉る。

 聖域の住人である我らの恩恵を受けながら現実を、真実を知ろうとせず何度もあやまちを繰り返す。人間の過ちを正そうとして何が悪いのか』

 怒りが滲む声だった。

『この町が、住む人々が我らとどう決着を、つけるのか見せてみろ』

 聖獣は、最後、笑っていた。その意味はセリードには理解出来なかったけれど。


「進入してきた男達は、以前スピルの生息地で穢れを負ったスピルを見つけるなり襲いかかったそうだ。当然スピルはなんてことなくその場から去ったらしいが……魔物討伐で金を稼ぐ集団ってことは間違いない、持っていた剣や斧は対人用じゃなかったからな」

「えっ?」

「今、そういうのが本当に増えているんだよ、大陸中にいる。見逃せないくらい、森を荒らし魔物を追い立てることに我慢出来なくなったとも言っていたから今のスピルはちょっとまずい」

「そんな」

「そいつらを追ってここまでたどり着いて、そしてこの地でも同じ事をして、更なる怒りをかったわけだ」

「だから、違う被害が出たってことか」

「ああ、リオンの言うとおり、今ここは、二体の【闇色の聖獣】に試されてるんだ」


 リオンはその場で一人考え込む。今自分がすべきことは何なのかを考えている。それをフィオラは静かに見つめて焦らすこともなくじっとり待ってあげている。

「進入者はどうした」

 小さな声で、リオンから少し離れたところでジルがセリードに問いかける。

「見つかってすぐ魔物に食われた、ということにしておいてくれ」

「……そうか」

 納得した反応をしたジルに驚いたのか、セリードは珍しく目をパチパチさせて彼を凝視する。

「この数日のリオンの話や目の前で起こっていることを冷静に判断すれば、俺もそうしていたと思う」

 ジルはじっと考え込むリオンの背中を見つめる。

「リオンは、自分では何も出来ないと叫んでただろう? 確かにな、彼女は際立って何かをしてくれてるわけではない。だが、誰も彼女の真似は出来ないし代理を務めることも出来ないし……なにより、リオンは一人しかいない。この世に一人だ。俺は、この先どうなっていくのか見てみたい。リオンが導く未来を。不本意だが、お前のやることには口を出さないでおこう、今は。似た判断をするだろうからな、この俺も。もちろん、多少は躊躇する。お前とはいっしょにされたくないしな」

「ふっ」

 セリードはこの状況で不謹慎と思いつつ静かに笑う。

「やっぱりジルを選んでよかったよ、この遠征に。理解してくれるし、それなりに、嫌みを言ってくれる。飽きなくていいよ」

「不本意なことを言われた気がするな」

「褒めてるし、信頼してるよ、ジル団長」

「そのエセ臭い笑顔止めろ、殴るぞ」




なんだかごちゃごちゃした幕になってしまいました。

もう少しスマートに書ける才能が欲しいものです。

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