三章 * 黒い恐怖 3
気付けば投稿百部に到達していました。
まだまだ続きますので気長に読んで下さると幸いです。
魔物がひしめくようにぞろぞろと真っ直ぐ西へ向かう中で、セリードは驚きながら緊迫した状況も忘れ、つい周囲に気をとられ見渡しながら走る。
(なんだ、一体)
魔物の群れの中にリオンの叫ぶような止める声を聞きながらもそれを振り切って飛び込んだ。
襲いかかって来るのを覚悟しつつ、この程度のスピードなら一人で何とかなる魔物だと剣に手をかけたものの、魔物はセリードに見向きもせず、スピルの後を追うだけ。それどころかセリードの走るスピルを追いかける道を作るように前方の空間を少し空けているようにも感じる。
(どうして)
『お前が私に選ばれたことを知っているからさ』
「オクトナ!!」
姿はない。以前遭遇したように、声だけが上から聞こえるような感覚で、セリードは上を見てみたものの、それは意味がないと直ぐに視線を戻す。
「オレはお前に文句を言いたいんだがそれは許されないんだろうな?」
『私は選定のためにいる。リオンの回りに集まる負を排除するためにいる。それ以外の事には干渉しない、それが我々聖獣だ』
「そんなことだろう思っていたよ」
呆れた声を出しつつも、すぐにセリード再び自分の置かれているこの状況に意識を集中させた。
「なあ、なぜ魔物がオレを襲わない? 少なくとも飛び込んだ瞬間は魔物に対してオレは敵意を持っていた」
『簡単なことさ、私に選ばれたこと、そしてお前が今、守ろうとしているものを察している。スピルを守ろうとしていることをな』
「オレの、気持ちが分かると?」
思考が追い付かない。
セリードはそんな感覚に襲われた。
オクトナに選ばれたから。
スピルを守ろうとしているから。
ただそれだけのことで、自我のない理性のない魔物がセリードを襲わず、そして道を開ける。
黒色に染まった聖獣は、何を見て、何を感じてセリードを敵ではないと判断したのか。リオンの記憶? オクトナとのつながり?
そしてどうやって自我のないはずの魔物は聖獣の意思を、受け止めるのか。
『全てがわかれば、誰も苦労はしないぞ?』
「わかってるよ」
冷静な、この緊迫感を感じていないオクトナの言葉と雰囲気に苛立ちが募りつつ、自分の思考さえ簡単に読み取ってくる聖獣の力にもセリードは疑問を持ってしまう。
リオンの焦りがよく分かる。
分からないことだらけで何が真実で何が偽りで何を信じていいのか分からなくなりそうになる。
それでも真っ直ぐ前を向いて歩いてきた。
限られた能力に悩みながら、ジレンマに陥りながらゆっくりと。
そして出会った。
彼女がゆっくりでも、僅かでも、自分の意思で進むべき道から逃げなかったからこうして今共に前を見ている。
心から尊敬する。
誰も変わってやれない苦難の道を歩く彼女の支えとなりたい。
何一つ敵うものなどなくても、それでも支えとなり、共にありたい。
「オクトナ、リオンを守りたい」
『わかってるよ』
「オレに出来るだろうか」
『……違うだろう、お前はそんな柔な男ではない』
「そう、だな。」
『ああ』
「守るよ」
『そうだ』
「オレが守る。彼女の全てを」
目視でも、魔導師の魔力でも確認出来ない黒い存在。不気味にビスの町と森林の境界線の木々だけが至るところでざわざわと不気味に揺れる。
市内は大混乱だった。人々は逃げ惑い、持てるだけの荷物を抱えて魔物のいない海側へと逃げるものもいれば、家の中に飛び込むと扉や窓を閉めきって内側から板を打ち付ける音が聞こえたりする。建物に身を寄せ合う人々、逃げ惑い怪我をするもの。親とはぐれ泣き叫ぶ子供。恐怖は伝染する。
「魔物相手よりしんどいってか!」
バノンが叫ぶ。
「建物に避難させろ! 魔物が様子を伺ってるだけなら今のうちだ!! どこでもいい!! うろついてるヤツは皆突っ込んじまえ!」
怖いのは、知らないということ。
バノンは父親の死の真相をずっと知りたくて知りたくて、そして知って苦悩することになった。でもそれで良かったと思っている。自分のすべきことが少し見えて、それがリオンとの出会いが生んだ小さなきっかけのお陰だと知ってすべきことが少しはっきりしてきた。だから信じてみる。
「いいか!! リオンの言葉忘れんなよ!! こっちからは絶対に手を出すな!」
「はい!」
「見物するバカは拘束しろ! ここの権限は今騎士団にある! 後のことは気にする必要はねえぞ! 徹底的に外に出すな!!」
「了解です!」
「魔導師は後方支援に徹底しろ! 魔法はほぼ効かねぇんだ手ぇ出すなよ!」
「はい!!」
「デケぇのが出てきたら迷わず撤退しろ! 自分の逃場の確保忘れんなよ!!」
「わかりました!」
手をだすな。
その一言がどれだけ抵抗があったか。
反面、少し前の別の騎士団の壊滅的被害の報告から脳裏をよぎっていた。本当に今までのやり方で合っているのかという疑問。
騎士が戦わない。剣を向けない。
考えたこともない程今まで選択肢にはなかった。経験と実績を否定することなのだと思ってきたのに、彼女の登場で、足元が崩れた。
崩れて落ちた場所には別の道があって、その前を彼女が歩いていた。
「バノン、ようやく、前に進めるのね。信じてみて、自分の気持ちを」
妻が遠征の前日穏やかに笑ってそう言って、送り出してくれた。父の死の真相、リオンとの出会いと彼女のことを話したバノンを妻は嬉しそうに見つめていたのが印象的だった。それだけバノンが悩みながら騎士をしていたことを見ていたのだと彼自身が知って、気持ちは固まった。
「頼むぜ、死んだらそこで終わりだ。生きてこそなんぼの人生だ、生きてこの先を見てやろうぜ、皆でよ」
バノンの言葉に騎士団副長が頷いた。
一人魔物の群れに飛び込んだセリードを追ってリオンが走りだし、それをフィオラとジルが追った。
バノンは自分の隊を素早く配置し、外側からの魔物の侵入を徹底して防ぐこと、面白おかしく寄ってくるごく少数の市民を徹底して退けることに集中するため馬を巧みに操り疾走する。それを確認したマリオはすぐさま自分の隊と守護隊、そしてジルの隊にバノンとほぼ同じ内容の指示を徹底させると全速力で市長のいるであろう役所に乗り込んだ。
気になることだった。
リオンは言っていた。討伐に失敗すると一時は静かになると。そしてそのあと強い魔物が襲来し、それを繰り返すことでどんどん討伐が困難になるだけでなく、魔物が比例して増えていくと。
「どういうことだ、市長」
マリオが低い威圧する声で詰め寄ると市長はガクガク震えて椅子に腰掛け、ひきつり笑いを見せてきて、マリオは手で思い切り音を立てるようにテーブルを叩いた。
「守護隊の他に討伐はしていない、と言っていたな? だが、被害のあった地区の西側の森に侵入するものがいた」
「マリオ殿、これには訳が」
「オレは言ったはずだぞ、すぐに余計なことはやめて市を上げて全力で復興にかかれと。魔物の対策は騎士団が指揮をとると」
「そ、そのつもりでしたよ僕も」
「つもり? 国からの正式な決定で動いている俺たちを無視して動いたことを、つもりの一言で済ませるのか?」
「す、すまない、無視だなんて、そんな!」
「お前は国の決定に背いたんだ、間違いなくそれは報告させてもらうぞ」
市長はひきつり笑いを引っ込めて、青ざめる。
「侵入したのは誰だ、答えろ」
「あ、あのっ」
「嘘は無しだぞ、余計なことをしてくれたお陰で魔物が激増して今この市を囲んでる」
「なんだって?!」
「判断ひとつ間違えば、全員食い散らかされるんだ。お前の余計な判断でな。討伐に失敗すればするほど、やっかいなことになる。お前が引き起こしたことだ、忘れるな」
「そんな、そんな……」
「次はない。誰だ、侵入したのは」
「東部の、昔守護隊に、入っていたり、力に自信が、あったり……。魔物討伐を副業にしている集団が」
「雇ったのか」
市長は震えながら頷いた。マリオは舌打ちをして再びテーブルを叩いた。
「おい、追い返したじゃないですか!! 討伐は失敗しましたが!」
「それがダメだって言っただろうが!!!」
「ひい!!」
マリオは、手を伸ばして市長の顔を鷲掴みにして口元を塞いだ。
「そいつらが、無事帰ってくると思うなよ。クソッたれが」
マリオの気迫に負けて、市長は青ざめ震えるしかなくなっていた。
マリオはそんな市長に軽蔑の視線を送り、背を向けて部屋を後にした。