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三章 * 黒い恐怖 2

 しばらく沈黙は続き、リオンはうつ向いていた。

『お前ならどうする』

 突然の問いかけにふと顔を上げた。

「なに、何のこと?」

『分かっているんだろう? この町は、今次々私の穢れから生まれた魔物が集まっている。どうする?』

「なにも、出来ないわ」

『なぜ』

「何か一つでも余計なことをしたらあなたをさらに苦しめて怒らせて、この市が消えてしまうでしょ」

『お前は何もしないのか? それで私を止められると?』

「だってそうでしょ?!!」

 苛立ち、焦りが込み上げて押さえられなくなったリオンの叫び。

「何にもできないんだから!! 今まで何にもできてないのよ!!」

 その叫びはセリードやフィオラ達にも届いた。

「全然役に立たないよの! 私が出来ることは 《過去の記憶》を皆に伝えること、あの黒い痛みを取り除くこと、それしかできてない。それだって、いつも出来る訳じゃないでしょ? 私は自分で自分の力を操れない。聖域の扉だって、私の意思じゃどうにもならない、皆は私を大切にしてくれる、この力は必ず救いの手になるって言ってくれる、でも、この力を認識してからもう十年以上よ? なに一つ、進展も進化もしてない! あなたたちのことも、魔物も救えてないじゃない!! それなのに私に何が出来るっていうのよ!! 教えてよ! ちゃんと教えてよお願いだから!!」

「リオン」

 フィオラが寂しげにリオンの背中を見つめながら名前を呼んでいた。


 気づいていたことだった。

 リオンが焦っていること、苛立っていること。この旅をするとき、初めに立ち寄った町で彼女は本を買っていた。荷物になるし、王都に戻ればそんな本はいくらでも手に入るといったのにそれでも買っていた。


 ―――もっと、もっと、知らなきゃ。疑問全部に、必ず答えを見つけるつもり。それしか今の私には出来ないから―――


 笑って言っていた。それでもその言葉が嘘ではないのは一瞬の暇を見つけて本を開いていることがあるから。

『本当にそう思っていたとはな。それだけ、聖域の扉がお前に負荷をかけているということだろう』

「え、なに?」

『お前はお前にしか出来ない 《聖域の扉の修復》をしているのだ、それがいかに莫大な魔力を必要としているのかお前は気づげないほどその体も魔力を支えるにふさわしい奇跡の体ということだ』

「え?」

『お前は気づいていないだけ、感じないだけ。その体と精神は我々が敬う存在。その力は間違いなく我らを導き、守り、癒す。そういう存在なのだよリオン。その力に並ぶ者はこの時代この世に存在しない。出来ないのではない、使い方が違うだけでそれが目に見えないだけのこと、それを人間が理解できる日が来るのかさえわからない程に唯一無二の、桁外れの魔力なのだ。何も焦ることはない、お前の力は我々が理解している。人間に分からず理解されなくとも我々がその恩恵を受けている』


 どれくらい話すつもりなのか、そうセリードたちは口に出さずに思っていた。騒ぎを聞きつけ駆けつけたバノンやジルの別行動をしていた団員たちが市民を統制しその場から完全に避難させて、彼らもセリードたちのところへ集まり始めただけの時間が経っていた。

(これは長期戦か?)

 マリオが言葉に出さずにため息をついた瞬間だった。

「待って! ちょっと待って 《スピル》!!」

 突然のリオンの大きな声で、セリード、ジル、そしてマリオが彼女のところに駆け寄った瞬間だった。

「なっなんだ!?」

 ジルが叫んで

「なんだ、ありゃ」

 マリオが唖然とした。

 セリードは驚いたものの、声は落ち着いていた。

「【闇色の聖獣】か」

 巨大な四体の魔物。それですら恐怖を呼び起こしたというのに、それすらも遥かに超えていた。

 まともに見上げるにはのけ反ることになる、そんな途方もない、信じたくない大きさの何かがそこにいる。

 夜空に広がる星空を遮る黒い輪郭。凹凸がわからない、質感もわからない。ただ黒い。回りの松明やランプの光をかすかに浴びているはずなのにその光を吸収してしまっているのか反射一つない異質な黒さだった。

 いつから、どうやって、そこにいたのか。木々は全くその体を示す揺れを見せなかった。息づかいも気配もない。元の形は何だったのか、じっくり眺めてようやくライオンらしいと判るたて髪と顔立ちだが、ひどく恐ろしく口が強調され黒い牙がむき出しになった、たて髪がゾワゾワと不気味に勝手に動く姿。

 そして、なにより恐ろしいのは、ボタボタとその体から落ちる()()()()()、つまり【穢れ】が、地面で魚が釣り上げられたような激しいしなりをしながらバタバタと縦横無尽に動き回ることだった。

 生き物とは決して思えない真っ黒な物体が、不規則に形を変え、それが激しく蠢いて生きているのかと思わせる。非常に不快で不気味な様子に混乱しないでいられる人間は、そうそういるものではない。


「スピル、どうしたの、急にどうして?!」

 リオンの切羽詰まった声にセリードは肩を掴む。

「どうした?」

「今、大事な話をしていたのに、突然怒って」

「怒った?」

「こうまでなってどうして愚かさに気づかないのかって。私のことじゃないみたいで、急に私に見向きもしなくなって。どこかに、何か怒らせる原因があるみたいなんですけど、それが何なのか分からなくて」

 マリオがその言葉に顔を上げた。

「西を、向いてるな。何か来るのか?」

「え? まさか、また新しい聖獣が? でも、そんな気配は感じませんよ」

「勘弁してくれ、これだけでもどうすればいいんだ? これ以上何が起きるって言うんだ」

 三人の焦りのそば、セリードは別の意味で焦りを感じていた。

(こんな時に。オクトナ、どうして来ない?! 関係ないと言うつもりか?! 干渉しないって、こういうことなのか!!)

 舌打ちをしてセリードもリオンに《スピル》と呼ばれた闇色の聖獣を見上げた。

 その時。

「リオンさん!!」

「結界に侵入者よ!!」

「西だ!! 6人!!」

「男6人だぞ!!」

 後ろから、魔導師たちがほぼ同時に叫んでいた。リオンもセリードたちもその声に振り向いて咄嗟に、やはり魔物を討伐しようとしている者たちがいるのだと頭を過った。


『愚か者!! 愚か者達よ!! 来るか! この私の元へ! 来るがいい!! もう慈悲は尽きた! 食らいつくしてやろう! 我が血肉となり穢れに飲まれこの世界の悪しきものとして散るがいい!! さぁ来い!!!』

 突然に地面の強烈な揺れと、体がふき飛ばされそうな暴風が 《スピル》から放たれた。

「スピルーーー!!!」

『お前は去れ、お前は聖域の扉。扉を修復し我々を聖域へと戻し、癒し、眠りに付くことを唯一可能にする奇跡の存在』

「止めて、おねがい!」

『お前がすべてを知ったそのとき、お前がどの道を選択するのか我らは見守っている、心配はない、己の道を行くのだリオンよ。さらば、我らの魂、我らの娘よ!!』

 目も開けられない、暴風がリオン達を取り囲むように吹き付けて、体を丸めた彼女を守るようにセリードが抱きしめて支えた。

 唸り地を這う地響きのような低く重い怒号のような叫び声。耳を貫き脳を吹き飛ばしてしまうような苦痛が走る叫び声に、魔導師達が失神して倒れ、騎士ですら耳を塞いで苦しさのあまり体をよじらせながら叫んだり、うずくまって唸っている。

「止めないと!! 傷一つでもつけたら!!」

「オレが行こう」

 セリードはただ一人、リオンのように 《スピル》の叫び声に苦しむことなく毅然とした態度で顔は神妙な面持ちで立っている。

「セリード、様……もしかして、オクトナの力が?」

「ああ、そうらしい。そして、これもまた、オレの運命であり、使命なんだろう」

「え?」

「リオン、オレが止めるから。絶対に、あの聖獣に傷一つ付けさせないから」


 この時、リオンはセリードの顔に浮かぶ心の声を現す表情を見てとった。

 ひどく落ち着いた、一見感情が欠落した無表情にも見える。けれどこの男の本質を見た気がした。

 覚悟や決心、そういったものを心に抱えた時にこの男は心が静かになるのだと。燃えたぎるような闘志をむき出しにする心構えではなく、静かな、涼やかな、感情に左右されない、揺さぶられない、微動だにしない強く重く揺るがないそんな心構えが生む覚悟や決心。

(ああ……凄く、綺麗)

 セリードのエメラルド色の瞳がリオンを見つめている。

 彼女を不安にさせないように、穏やかで優しい微笑みで。

 こんな時にぼんやりと、そのエメラルド色がとても綺麗でリオンは見つめる。


 ああ、この人は私を導いてくれる。


 そんな漠然とした、けれど確かな信頼を感じとりながら。

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