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一章 * アルファロス邸宅 その夜、続き

予告通りの連続更新できました。


 何かしら重要な手がかりや真相に迫る情報が聞けるだろうとは確信していたがそれでもセリードはその内容の濃さに今こうして疲労を抱えるだけの衝撃を受けた。

(父上のことですら、まだ知らなかったことがあった‥‥。一体、オレは、何をするべきなんだ。そもそも、出来ることなんてあるのか?)

 部屋の前の庭を流れる水路のすぐそば、カウチに体を任せ天をあおぐ。

(クソ‥‥知らないことが多すぎる)

 先のことを考えるにも迷いが生じる。なんとかなる、なんて簡単な言葉で片付けられなくてそんな自分に苛立ちセリードは目を閉じで眉間に力が自然と入っていた。


「ん?」

 深呼吸をして落ち着こうと息を深く吸ったその時、庭の奥からガサガサと音が聞こえる。何かが近づいてくるのでガバッと体を起こして目を凝らす。セリードは優れた騎士だ。見えなくてもある一定の距離なら気配や足音でそれがなんなのか判別出来る。まず、これは間違いなく人だ。そして音の立てかたから泥棒などの不審者ではない。昔はよく兄サイラスが近道だからと通ってこの部屋にやって来たが今となってはもうそんなことをする年ではなくなった。というか、サイラスは領地視察で数日前から留守にしている。父や母はもちろんそんなことはしないし、使用人や屋敷の関係者も公爵家次男の部屋にあんなところから来るはずもなく除外対象だ。ミオもそういうことをする性格ではないし、そもそもたとえ幼なじみのセリードだとしても未婚の男性の部屋に入ることを自ら拒否するような女だ、ありえない。とすると今日の状況から対象者は絞られる。

(庭の散策でもしてたのか?)

 と予測を立てたところで固まった。

 茂みの中、月明かりとランプの灯りのおかげでそれが誰だか直ぐにわかったまではいい。問題はそこからだ。


「あ、抜けた」

 と、ズボっと頭だけ勢いよく茂みから突き出したかと思えば両手で茂みを豪快に掻き分け、さらには体を抜こうと右足を突き出したものだからスカートが引っ掛かり、膝下から足の先まで生足が惜しげもなく披露された。

 その無防備というか無頓着というか、セリードは今日に至るまで女性のこんな状況を見たことがなく、凝視してしまった。疲労も苛立ちもぶっ飛ぶ光景に思考が一瞬停止してしまう。

「あー、えーっと。これはですね、なんというか、事故?」

 同じく固まってしまったリオンがひきつり笑顔でとりあえず何かしら言い訳を考えたらしい。放った言葉にセリードの思考が回復する。

「事故?」

 復唱するように言葉を口にしたとたんバカみたいに笑いが込み上げてセリードはブッと吹き出し勢いよく体を前屈みにして体を震わす。

「事故、あ、そう。事故ねっ!」

 もう耐えられないと言わんばかりにセリードは笑い、体を起こしたがとにかく笑いが止まらなくてやっぱり体を屈めてしまう。

「破壊力すごいね!」

「私の力なんてごくごく平均ですけど。はぁ! そうだ庭!! 荒らしましたね! すみません!! 弁償?!」

「いや、そっちじゃないよ、なんていうかな、ええっと、ごめん、だめだ、笑いが」

「なんか、申し訳ありません‥‥」

 耳まで真っ赤にしてうなだれたリオンに何とか体を起こして目を向けて、止まらない笑いをそのままにセリードも体を起こすとまだ固まったままの体勢でいるリオンの前にたち手を差し出した。

「女性をこんな風に笑うのは失礼なんだけどね。うん、でもごめん、当分笑えるかな。‥‥ふっあはは、あ、笑いが勝手に」

 恥ずかしくて逃げ出したいリオンだったがまさかこのまま振り向いて戻るのも、手を取るのもどっちも辛いなぁと悩んで躊躇(ためら)っているのを察したのかセリードは自ら差し出した手でリオンの手を握りそっと引いて自分のほうへ来るよう促した。

「あはははは」

 促されるままリオンが動くとガサガサと大きな音を立て茂みが揺れたのだがそれだけで、セリードはもう何を聞いても見ても笑ってしまう状態に陥っているので本当に愉快そうに声を立てて笑う。

「もう、いいです好きに笑ってください戻ります、失礼しました」

 さすがに恥ずかしすぎてそれをごまかすのにリオンがちょっとだけぶっきらぼうにそっぽを向いて呟き、背を向けて握られていた手をするりと抜けるように離した。

「待ってくれ」

 不意にするりと離れた手をセリードは再び握る。

「ごめん、悪かった」

「えっ?!」

 振り向いたリオンは自分の手がさっきとは比べものにならないくらい強く握られていることに驚く。相変わらずセリードは笑っているけれど、今度はリオンの力では簡単に抜け出せないのが触れ合う皮膚の感覚からよくわかる。

「こんな風に笑うのはどれくらいぶりかな、ちょっとね、嬉しくて。遠慮なく声立てて笑うなんて久しぶりだ。魔物に聞かせてやりたいね、今のオレの声は」

 セリードの軽やかな声とは反対にリオンが顔を曇らせた。

「‥‥それは、やっぱり」

「うん、まあね。騎士団長になってもう三年だけどそのときはすでにこの国だけじゃなく大陸に異変が起きてただろう?笑っても直ぐに頭をよぎるくらいには、個人的にも頭を悩ませてるからね。君が知ってる通り、うちの家系はどうやら魔物とは縁がありそうだし」

 セリードの笑みが少しだけ落ち着いた。そんな彼をリオンはじっと見つめる。

「私が」

「うん?」

「もっと強ければ」

「ちがうよ」

「でも」

「こうして出会わなかったら何も変わっていなかった」

 セリードは握ったリオンの手を見つめる。

「これが、真実だ。確実に今日オレの何かが変わった」

 女性らしい華奢で柔らかなその手は逃げずに見つめられることを許している。

「オレにとっては良いことだから」

「そうですか?それならいいんですけど」

 気後れがちに、複雑な笑みを浮かべてリオンがふっと息を漏らした。

「話しましたけど、なにぶん私の能力は恐ろしく精度が悪すぎてしかも滅多に使えないので。いわゆるポンコツなんですよねぇ。自分でも困ってますよ、もう少しどうにかならないか。そしたらもっと道は開けるのにって」

「そうかもしれないが、少なくとも今日君と出会えたことで我々は良いことが起きてるんだから、それでいいと思うけどね」

「そう言って貰えると助かります」

 お互いがお互いを見ながら優しく穏やかな微笑みを見せた。


「ところでなんでここに?」

「いやー、そのー、何だか全然眠れなくて外に出てみたら何処まで続いてるのか気になって気になって」

「寝れなかった? 何か不備でもあったかな。」

「違います違います! その逆。」

「逆?」

「あまりにも綺麗すぎて汚したり壊したりしたらと思うと落ち着かなくて逃げ出したんですよ、体に合わない感じで」

「面白いこというなぁ」

「至って真面目です」

 一瞬の間があり、セリードが目をそらしたのでリオンは頬をひきつらせた。

「どうぞどうぞぉ!! そうやって一生笑ってください!!」

 リオンの手を握る手とは反対の左手で口を押さえたとたんに、ぶはっと吹き出して天を仰いで肩を揺らしながらセリードがやっぱり大笑い。

「あー、ごめん。なんだかなぁ。ほんと破壊力がありすぎて尊敬するよ」

「褒められてませんよねそれ」

「褒めてはないかな、でも尊敬はしてる」

「理解しがたいんですけど」

「まぁまぁ、それよりどうかな」

「なにがですか?」

「寝れないならすこしオレに付き合って話をしないか」

 お互いが未婚の成人同士でそんなことをしても良いのかと躊躇(ためら)いはしたものの、リオンはこのまま部屋に戻ってもきっと眠れないくらいに目が覚めてしまったのでちょっとだけ申し訳ない表情をしつつも頷いた。

「セリード様がよければ喜んで」

 セリードはにっこりしながら歩き出す。


 そのままエスコートされるように引かれてリオンは彼の促すままに歩いた。ランプの灯る庭にあるゆったりとした作りの椅子に勧められるまま座るとそのそばにセリードも座った。ふと気付いたのはセリードも裸足だったことだ。理由は自分でもわからないがリオンはそのことが少し嬉しかった。そしてセリードも気付いたことがある。きっちりしっかり束ねてまとめていた髪をリオンが下ろしていた。色素の薄い綺麗な金色と思っていたセリードはその髪が色によくあった緩やかな波を打っていることを知れて少し嬉しかった。


「ぶっは!」

「まだ笑いますか?!」

「いや、だって藪から出てくるとか」

「好奇心を(あお)るものがある限り私はどこにでも突っ込んでいきますけどね」

「次、どこから出る予定?」

「知りませんよ、そんなの」


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