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そしていよいよ会場入り当日。
蝉が元気に鳴き、夏の暑い日差しが煌を照らす中、シルフィたちと待ち合わせをしている最寄りの駅へと荷物をもって待ち合わせ時間より早めに来ていた。
「ゲームの中でずっと会ってるとはいえ、現実で会うとなるとやっぱ多少なりとも緊張するな」
大会に出ると言うことで多少気を使った服装にし、お互いに初対面のシルフィたちにわかりやすいようにライトたちがやっているゲームのシンボルマークが描かれた帽子をかぶってきていた。これは父親の勝がプロゲーマーとして活動しているときに公式から貰ったものを、煌が受け取ったのだ。
待ち合わせ時間まで待っているとそれらしき格好をした二人組の女性たちが仲良く話しながら近づいてくるのが見えた。
「えーと……ライト、で合ってるよね?」
「うん。そっちは、シルフィでいいんだよね?」
「いえす」
そう答えたのは中学生の平均身長である煌より少し小さいぐらいの女性だ。ゲームのアバターのように髪の毛を後ろでポニーテールにしていた。唯一違うとすれば当たり前のことかもしれないが髪の色でゲーム内のように染めることはせずに綺麗な黒色をしていた。そして当たり障りのない白色のカットソーにスカートといういでたちだ。
「へえー、君がこっち側でのライトくんか」
そう言いながら煌を物珍しそうに見ているのは消去法でニンフだろう。
こちらは、アバターよりも短いショートヘアで背丈は平均身長よりも大きくモデルといっても問題がないスレンダーなスタイルだった。そして煌と同じ帽子をかぶっていた。プロゲーマー時代に貰ったものを夏の日差しを避けるためにかぶってきたのだろう。そして帽子と同じシンボルマークが描かれたTシャツにホットパンツというやる気に満ちた格好をしていた。
「プロゲーマーみたいな恰好だね」
「元、だけどね。本当は当時のシャツ着たかったんだけど流石にスポンサーの名前が入った服は勝手に着れないから。でもこのシャツは大会期間中ずっと着てられるようにいっぱい持ってきたんだ」
プロゲーマーとなるとパソコンの周辺機器のメーカーなどがスポンサーとなり活動を支援してもらえ、大会で着るシャツにスポンサーの名前が入るのだ。ニンフは今現在はプロでないため当時のスポンサーもいなく勝手に着ることはできないのだ。
「まあしょうがないね」
「それにしても現実のライトくんって確か中学生だよね……ゲームでのライトくんと比べるとやっぱりこっちのライトくんは、可愛いね」
普段高校生として生活しているニンフの身近な男性と言えば男子高校生だ。それよりも幼い煌をみてニンフがそう思うのは当然のことだった。
「……その、こっちでは煌って呼んでください。現実でゲーム内での名前で呼ばれるの違和感があるんで」
「むー」
照れ隠し交じりに煌がそういうとシルフィがそう口に出して不満感をあらわにする。煌がなぜシルフィがそんな態度をとるのか不思議に思っていると「私の時は年下扱いすると怒るくせに」とぶつくさと文句を言っているのが聞こえた。
「まあそう煌くんを虐めないの。というか嫉妬しない」
煌が何かを言おうとしているとニンフが間を取り持つ発言をする。すると「師匠がそういうなら……」と渋々ながらといった様子で大人しくなった。
自分が嫉妬していることは否定せずに。
「……シルフ。大会中は良いけど、学校で次師匠って呼んだら怒るから」
シルフィがニンフのことを師匠と呼ぶとニンフはそう釘を刺した。
「気を付けます」
本当に気を付ける気があるのかわからない軽い口調でいうシルフィにニンフは笑いながら軽くため息をつきく。
「しょうがないな。とりあえず電車乗って行こ」
笑って流せるあたりがシルフィとニンフの仲の良さを物語っている。ニンフを先頭にしてその後ろを煌とシルフィの二人が続いていく。
「私電車乗るの初めてー」
シルフィがそう楽しそうに明るく言うが、電車に乗る理由が病弱で遠出できなかったからだと知っている煌は何とも言えぬ気持ちになった。
「そういえば体の方は大丈夫なのか」
「一応こないだお医者さんに診てもらって許可貰ったんだよね」
「だからって無理はダメだよ」
ライトの疑問にシルフィが調子のいい返事をすると、ニンフが自分の体を大切にしなさいと注意する。
「そんなこと言わないでよ師匠」
「無理はダメだよ。何かあったらボクがシルフのお母さんに合わす顔がなくなるんだから」
「……はあい」
念を押すニンフにシルフィは諦めて返事をする。そんなやり取りをしながら切符の買い方が分からないシルフィにライトとニンフが丁寧に教え、無事に切符を買うことに成功すると電車が来る時間になっており慌てて三人は車内に乗り込むことに成功する。
そして、大会の会場に向かうまでの一時間は初めて会った三人だったがゲーム内ではすでに何度も話している間柄のため、すぐに打ち解け話題に尽きることもなく世間話やゲームについての話などをして過ごした。
「うわぁ。大きい」
会場の最寄の駅につき、歩いて数分のことだ。
大会の舞台となる会場の全貌が見える位置まで歩いてくるとシルフィが感激したように言った。ニンフもここまでの大きさの会場で試合をしたことはないのか呆気にとられたように眺めていたた。
「これは……燃える。でも、少し緊張してきた」
「そうだね」
「あはは。この大きさの会場を見て少し、で済むあたり二人とも素質あるよ」
そこまで緊張しないと言い切るライトにそれに同意するシルフィ。表情を見ててもそれが嘘や見栄ではないことが分かり二人の素養が高いことが分かる。ニンフはボクが初めて大会に出た時は緊張でまともに試合ができなかったのに、と昔を思い出して苦笑する。
「とりあえず大会の運営スタッフがいるところに行こうか」
何度も大会出場経験があるニンフのは流石ともいえるほど手慣れた様子で事前に輸送されてきていた選手であることを証明するカード状のものを取り出すとスタッフが待っているであろう入り口へと歩いていく。
「強い人たちと戦えると思うと今からでもワクワクするよ」
やる気に満ちた表情でシルフィは楽しそうにそう言った。
「そういうところ見るとボクがこのゲーム誘ったとはいえちょっと引くよね」
「え!? そんなっ、師匠ひどい」
「だってそんな戦うことが好きになるとは思ってなかったし」
病弱で遊ぶということに距離が離れていたシルフィが出会った初めてと言ってもいい遊び(ゲーム)なのだ。はまり込むのは仕方無いことだ。
「でも同姓でFPSやってくれる子って全然いないから、一緒にやってくれるだけでも嬉しかったし一緒にこんな大舞台までこれたことは奇跡みたいに思ってる。ボクはシルフと一緒にここまで来れて嬉しいよ」
内心を素直に吐露したことが恥ずかしいのかニンフの顔をみると少し赤くなっていた。
「師匠が照れてるの珍しい……」
「早く行くよっ!」
珍しくシルフィにからかわれるニンフという構図が出来上がって恥ずかしくなったのか先を急かす。
「あ、待ってよ師匠」
そういってニンフの後をついていくシルフィを微笑ましく思いながら煌も後をついて行った。そしてスタッフのところに迷うことなく三人がたどり着くと、無事に受付を終える。
スタッフに話を聞いたところ大会にでる選手のうち何人かはすでにホテルへ移り、体を休めているらしかった。
「早めに来たと思ったけどみんな早く着てるんだね」
「会場の雰囲気に慣れるためとか、単純に遠いところからきて大会に出るついでに観光行く人とかも中にはいるからね」
ニンフは現役時代のことを思い出して、ライトとシルフの二人に説明をする。
「さっすが師匠」
「だてにプロやってなかったから」
「俺たちは今日どうします?」
昼過ぎに電車に乗って会場入りしたため、まだ夜まで時間の余裕があった。
「うーん……。とりあえずこのままだとスタッフさんに迷惑かかるから、ホテルに荷物置きにいってからどこかに集まろうよ」
ニンフがそう言ったことで三人は話を切り上げスタッフにホテルへと案内してもらうことにした。三人は会場から歩いて数分のところにある少し豪華なホテルへと案内された。
「豪華だな」
「ボクの時よりも豪華になってる……」
当時は部屋が狭くて色々と苦労したのに。と現在の好待遇に愕然とするニンフ。
「つまり、それだけ運営側も儲かってるってこと?」
「そういうことだね」
運営側で用意されたホテルが豪華ということは運営もそれなりに儲けていると言うことだ。
「ま、運営が設けてるってことはいいことだよ。そうじゃないとこういう大会もちゃんとできなくなっちゃうからね」
ニンフのその説明にそれもそうだなと納得のいった二人はニンフと分かれそれぞれの部屋に荷物を置きに行く。そして再び三人はホテルのロビーで合流する。
「さてと、結局どうしよっか……。本番に向けて練習でもしますか?」
「煌はほんと練習とか特訓とか好きだね。今日は会場付いたばかりなんだし周りにどんな店があるか見て回ったり楽しもうよ」
「そうだよ、煌くん。練習も大事だけど休む時は休まなくちゃ。今日はいつもと違って慣れないとこに来てるんだし。ね?」
煌の提案はシルフィとニンフの二人によって否定されてしまう。そして代わりにと言わんばかりにシルフィが意見を出す。
「そういえば、電車でこっち来るとき海見えたよね? ここから歩いていける距離かな」
「シルフは海見たことないんだっけ。んーと…………そうだね。うん、十分歩いていける距離だよ」
シルフィの疑問にニンフは自分のスマートフォンをポケットから出して調べ、その結果をシルフィに伝える。するとシルフィが期待したような目を向けて、言う。
「それじゃあ、海に行こうよ」
「ボクは賛成だけど、煌くんはどうかな」
「俺もいいですよ、海で」
「やった」
二人から賛同をもらえたシルフィは嬉しそうにガッツポーズすると、海への道のりを調べていたニンフの背中を押して先を急かす。
「ちょ、っと、シルフ。落ち着いてって。海は逃げないから」
「そうかもしれないけど、海を見ていられる時間は短くなるから。だから急いで急いで」
どうやらテンションが上がると歯止めが利かなくなるのは昔からなのかニンフは諦めたように海へと向かいだし、煌は慌てて二人の後をついていくのだった。そして海が近づいてきて独特の磯臭い匂いがすると子供のように駆けて行ってしまった。
「まったく……。ほら、煌くん」
そんなシルフィを見たニンフはしょうがないなと、微笑みながら手を差し伸べながら煌の名前を呼んだ。煌が少し迷いながらその手を握ると「シルフの後追うよ」と言って走り始めたので、煌も一緒になって走りだす。
「二人とも遅……ってなんで手繋いでるの!?」
先に海辺に到着し眺めていたシルフィは遅れてきた二人を発見し話しかけるが二人の手が繋がっていることを発見すると、怪訝そうな表情をする。
「一人で先に行くから、煌くんが迷子にならないようにボクが手を繋いで連れてきたの。だからそんな顔しない」
「あ、そっか……。ごめんごめん」
そう口では謝るシルフィだったが、そう言った数秒後にはその発言を忘れたように一人でに砂浜へと足を運んでいた。
「ちょっと聞きたいことあるんだけど」
「ん? なに」
ニンフと二人っきりになった煌はいい機会だと思い二人と出会ってから思っていた疑問を口にした。
「あれがシルフィの素なんですか?」
「え? ……ああ。ゲームの中だと少し大人しいもんねシルフは。別にゲームの中だとキャラ作ってるってわけじゃなくてどっちも素なんだと思うよ。煌くんにもあるでしょ? 会う人とか場所で性格というか口調というか変わること。現に今もゲームの時よりも言葉遣い丁寧になってる感じするし」
そういわれて煌は、今みたいな状況でないにしろ自分にも学校にいるときや家にいるときなどでも多少なりとも変わる部分があると思い当たる節があった。
「そういうことだと思うよ。ボクもそんな長い付き合いってわけじゃないから昔のことまでは分からないけど、病弱で学校もあんまり行けなくて入院することもあったみたいだから。こうして自由に動き回れるのが嬉しいんだよ。シルフが髪型ポニーテールにしてるのは元気な同世代の子に憧れてたからなんだって。昔教えてくれた」
「それじゃあゲームだと大人しいのは?」
「それはボクが、あんまり落ち着きがないとスナイパーとしては上達しないよ。って昔言ったからだと思う」
「へえ」
そんな話をしているとシルフィが二人を呼ぶ。
「二人ともそっちにいないでこっちに来て遊ぼうよ」
そう手招きして呼ぶので、ライトとニンフも砂浜まで移動する。
「そういえばさ煌くん」
「はい?」
「ボクたちは今日水着を持ってきてないけどさ」
そこまで言ったところで何を言わんとしているか察したらしいシルフィが止めに入ろうとするが逆にニンフに捕まってしまう。
「シルフはちょっと黙ってようね」
ニンフがそう言うとシルフィは納得していない様子だったが、ニンフが怖いのか口を閉ざした。
「話を元に戻すけど……煌くん、ボクとシルフ。どっちの水着姿が見たい?」
「え……?」
煌は予想もできなかった言葉に思わずニンフに聞き返してしまった。そしてもう一人の当事者であるシルフィは、煌に自分の水着姿を見せているところを想像したのか赤くなっていた。
「それで、どっち?」
再度聞いてくるニンフの勢いに押され煌は真面目に考え始めた。
シルフィは歳にくらべると少し童顔気味で、病弱であまり外にでれなかったためか色白で陶器のようなきれいな肌をしている。そして小柄な背丈がらも胸が大きく主張しており、スタイルの良さが目立っていた。
反対にニンフは活発そうな見た目通りに外で遊ぶのが好きなのか適度な日焼けをしていて健康的な美しさがあり、シルフィとは正反対にその大人びた顔つきとスラリとした高身長が合わさりシルフィとくらべるとモデルのような年上の元気なお姉さんといった雰囲気があった。
「うーん……」
「あはは悩むね、煌くんっ。いいよいいよ、もっと悩んで。男の子だもんね」
煌の値踏みをするようなぶしつけな目線にも動じず楽しむニンフ。それにくらべそういった視線にさらされるのが初めてなシルフィは、恥ずかしがって顔をふせていた。
「悩むけど……シルフィかな」
我を忘れ、見知らぬ人が見たら通報されかねないほどじっくりと見て悩んだ結果、煌が出した結論はシルフィだった。
「えっ…………そ、その、ありが……とう」
自分が選ばれるとは思っていなかったであろうシルフィは煌の出した答えを聞いて恥ずかしそうにお礼を言った。
「そっかー。負けちゃったかー、煌くんの好みはシルフ、と」
「ニンフ……改めて言わないでくれ。流石に恥ずかしい」
改めてそう言われると恥ずかしいとニンフに文句を言う。
「二人とも恥ずかしがって可愛いなあ。ボクはカッコいいとしか言われないから羨ましいよ」
「そんなことないですよ。ニンフも十分可愛いですよ」
「シルフ……この子実は結構モテるんじゃないかな?」
ニンフの思わず出てしまった羨望の声をすかさずフォローしてきた煌に、嬉しさよりもそういった想像をし煌をジト目で見る。
そんな心象を察したのか煌は反論する。
「妹がいるからですよ。モテませんよ俺なんか」
「うっそだー。現に煌くんのこと気になってる……あ、やっぱなんでもないよ」
ニンフが口を滑らせて何かを言おうとすると横からシルフィの鋭い視線が飛んできて、ニンフは適当にごまかした。
「まあなんにせよ、シルフね。うん、わかった。あとスマホのアドレス教えて?」
「あ、私にも」
意味深なことを言いながら、ニンフは煌の連絡先が知りたいと言い出すと、シルフィも聞きたいと以前から思っていたのか便乗してきた。
断る理由もない煌は二人にアドレスを教える。
無事にアドレス交換が終わるとシルフィが砂浜でお城を作りたいと言い出し始めたため、煌とニンフもそれを作るのを手伝う。
そして作り終えるのにしばらく時間を要し、ふと気付いた時にはあたりが暗くなっていた。
「シルフ、そろそろ帰らないと」
「あ、もうそんな時間か。うん、わかった」
「腹減った……」
ニンフが時間を気にし、引きあげようとシルフィに言うと十分遊んで満足したのか素直に肯定した。そして煌は遊びすぎてお腹がすいたと二人に告げる。
「そうだね、もういい時間だし……。どこかで食べてく?」
「私もお腹すいてきたし賛成」
「それじゃあどこか近くのお店に入って食べてから帰ろうか」
シルフィもニンフも肯定したことによって三人で近場にあった飲食店へと入っていった。
食事も終わり、それぞれの部屋に分かれ煌が思えば遠くまで来たと予選開始したときのことを思い出していた。
すると机の上に置いていてスマートフォンの着信音に設定していたアニメの曲が流れたため、手にとって確認する。送り主はニンフからで、まだ起きているかと確認する内容のメールだった。
起きてる、と煌が送り返すと、すぐさまニンフから、そのまま部屋にいて。と返事が返ってきた。そのことに不思議に思いつつも部屋から出る理由もないためそのまま待機していると、ドアの前からなにやらシルフィとニンフが話しているらしい声が聞こえてきた。
詳しい内容までは聞き取れなかったがどうやら恥ずかしがっているシルフィをニンフが説得している様子だった。嫌な予感がした煌はドアを開けるでもなくそのまま部屋の中にいるとやがて「ライ……じゃなかった煌、いる? 中に入れてほしいんだけど」とドア越しにシルフィが声をかけてきた。
「いるよ。ちょっと待って」
そういってドアまで近づいていってドアを開ける。
「あれ? ニンフも一緒にいたんじゃないのか?」
先ほどは声がしたニンフだったが、ドアを開けて外を見てみるとパーカーを着たシルフィの姿しか見えなく、ニンフの姿はなかった。
「えと、師匠はその、すぐそこにいるんだけど……まあそれは置いといて……。とりあえず中に、入れて」
挙動不審気味に言うシルフィの顔をよくよくみてみると赤くなっており、何をそんなに恥ずかしがっているのかと煌は気になったが、シルフィをそのまま廊下に立たせておくことも無作法かと思い部屋の中に招き入れた。
「……」
自分から訪ねてきたシルフィだったが何かを言おうとしては、やめて言おうとしてはやめての繰り返しをしていた。煌は先を急かすことはせずに黙っていた。
すると、この場の変な雰囲気に耐え切れなくなったのか意を決したらしいシルフィが口を開く。
「煌」
普通に名前を呼ばれただけだったがどこか迫力があり、煌は思わず背筋を伸ばして返事をした。
「は、はい」
そんな煌の返事に一瞬ビクッとするシルフィだったが決意は硬いようで話を進めた。
「昼に、砂浜で師匠がその……どっちの水着が見たいかって聞いたときに……わ、わたしの水着が見たいって言ってくれたよね」
「え? あ、うん。言ったけど」
シルフィの言いたいことがいまいち分からない煌はシルフィのたどたどしい言葉に黙って聞きいる。
「それで、その師匠がね……師匠が、そのさっき水着を用意してきまして」
師匠という言葉を強調しながらシルフィが話を続ける。そしてそこまでくると煌にも話の顛末が見え始めていた。恐らく昼間の答えを聞いたニンフがシルフィに水着を用意したのだろう。海の近くにあるホテルだ。水着を買うのにも困ることはなかっただろう。そして今現在のシルフィの恰好はパーカーだ。パーカーの下からスカートが見えたりしているわけではなく下には何も着ていないように見えていたのだが、それもあながち間違いではなかったと言うことだ。つまり、パーカーの下は水着を着ているのだろうと煌は想像する。そして、夜に男の部屋に年上の女性がそんな恰好で会いに来てくれているという状況に年相応に異性に興味のある煌が意識しないわけがなく心臓が大きく跳ね上がり始めた。
「無理やり……そ、そう。無理やり。師匠が私がお風呂に入っている間に服を隠して、代わりに水着だけ置いてたんだ……。それで仕方なく着たんだけど、そうしたら、煌に見せてこないと服返さないって言われて……。えと、その……本当に見たい、の?」
先ほどまでにあったことを洗いざらい話したシルフィだったが、後半になるにつれだんだんと恥ずかしさが増しさらに顔を赤く染めながらもそう言い切った。
「ま、まあ。あの時に言った言葉に嘘はないよ」
自分でも何を言っているんだと思わずにはいられない煌だったが、その場の雰囲気が口を閉ざすことを拒ませていた。どこか変な因子がその場を支配しているのだ。
「そう……それじゃあ、脱ぐね?」
この場に他のだれかがいたのなら間違いなく頭がおかしいと思うであろう状況にも当人たちはこの場の雰囲気に思考が麻痺し、気付かずにいる。
そして意を決したシルフィはパーカーのファスナーに手をかけ、ジーッと音を立てながら下ろしていく。煌は緊張から生唾を飲むが視線は外さない。
そしてパサッと音を立ててパーカーを脱ぎすて、あらわとなったのは下がパンツタイプのビキニだった。
緑色を基調とし、チェックの柄が入ったその水着は、シルフィの陶器のような綺麗な肌を引き立てるのには十分で、二人っきりの室内で水着姿ということを含めてとても煽情的なのだが、シルフィ自身のスタイルの良さがその破壊力を倍増していた。その強すぎる魅力に煌の目線は釘付けとなってしまう。
「恥ずかしいよ……」
その隠そうともしない視線にさらされシルフィはぷるぷると震えていたが、最終的には耐え切れないというように勢いよくパーカーを拾い上げ、体を隠した。
その様子に自分が食い入るように見ていたことに気付いた煌は、慌てて視線をずらす。
「その……ごめん」
気まずさか謝罪の言葉が口からでる。
「その、どうかな? この水着」
顔を赤らめながらも問いかけるシルフィは、とても可愛らしく煌が今までに出会った女性の中で一番魅力的だ。
「似合ってます。とっても」
「そう……なんだ」
自分で聞いておきながら煌の答えに顔をさらに赤らめ、ゆでだこのようになったシルフィはこの場にとどまることがいたたまれなくなり、持っていたパーカーを急いで着るとドアの前まで歩いて行く。
「褒めてくれて、嬉しかったよ。煌」
そう言い残すと恥ずかしそうにバタバタと部屋から出て行った。
「……」
今あったことの現実味のなさに、夢を見たのかもしれないと数秒間放心していると、再度スマホが鳴りひびく。その音に我に返った煌は手に取って確認する。するとそこにはグッジョブとだけ書かれたニンフからのメールが来ていた。
「……寝よう」
この短時間にあったことで頭がパンクしそうだと思った深く考えずに、ニンフにお礼のメールを送ると体を横にした。