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大会予選最終日。
ライトは試合開始予定時間よりも早めにログインボット相手に調整してていた。それが終わると待機所に移動し、深呼吸をしてこれから始まる試合に向けてイメージトレーニングをしていた。
「ライトー」
そこにシルフィが名前を呼びながらやってくる。
「なんだよこんな試合前に」
「いや、もしかして緊張で固まったりしてないかなって心配になって」
理由を聞くとシルフィはそう答えた。本戦前の最後の試合に、お節介かもしれないと思いながらもライトの様子が気になって居ても立っても居られなかったのだ。
「平気だよ。ここで固まってたら本戦に上がった時に困るだろ」
本戦は自宅のパソコンで行う訳でなく、出場選手全員が会場に集まって周りに何千何万の観客がいる中で試合をするのだ。普段と違う環境に実力を出せないで無念のうちに負けていく選手も多い。
だが、ライトはそんなシルフィの心配もよそに堂々としていた。
「余裕だね。わざわざ様子見に来なくてもよかったみたい」
「そんな事ねえよ。純粋に嬉しいさ。……そういうそっちこそ平気そうに見えるけど大丈夫なのか」
「そう見えるだけだよ。私は内心ドキドキしてる」
「ニンフに大会での心がまえ教えてもらったら?」
「あ、そっか。そうすることにするよ。ありがと」
元プロゲーマーであるニンフなら大会に出た経験も豊富でそういったことに詳しいだろうと伝えると、シルフィはそこには考えがいっていなかったようでハッとしていた。
「それじゃあね。絶対本戦に上がるんだよ」
自分の実力を信じているのか自身のことよりもライトのことを心配し、シルフィは指を握りグーの形にして前に突き出す。それの意味が分からないライトでもなく自分も真似をしてグーを作るとシルフィの手にこつんと当てた。シルフィがこういったことをするのは珍しく、ライトは少し意表を突かれたが、そういった行動をとったのが自分の背中を押すためなんだと感じて心が熱くなる。そしてその熱が冷めぬまま、試合のステージと転送された。
最後試合のステージとなるのは巨大な貨物船でその甲板がモチーフとなっていた。いたるところにコンテナやフォークリフトなどの障害物があり、遺跡同様独自のギミックがあった。それは時間が経過すると波で船が押されて揺れるようになっていた。このタイミングはランダムで事前に予兆があるわけでもなく読めるものではない。
そんなことを思い出していると、これまでと同じように試合開始までのカウントが始まった。いつもの変わりのないカウントダウンだったが、ライトにはどこか変わって思えた。それは試合への高鳴りからかそれとも緊張からか。
それを確かめるすべはなかったがライトは目を閉じ深呼吸して平常心へと戻していく。そして目を開くとカウントがちょうど零になる。
すぐにスカーを構えて走り出した。
このステージのコンテナがある場所も毎回ランダムで決まるため、しっかりと意識しつつ、音を聞いて相手の動きを予想しなければ不意を打たれてしまう。ある一定のところまで前進したライトはコンテナの裏に身を隠しあたりの様子を探る。
相手が前に出てくる攻撃型のタイプかあまり前には出ずに迎え撃つ防御型のタイプか。それによってライトの対処の仕方も変わってくる。
相手もここまで勝ち上がってきた猛者だ。どんな戦い方をするプレイヤーだとしても、圧勝できる相手ではないだろう。そのことを踏まえてライトは行動を起こす。
「どっちにしても一回差し合わないとな」
あたりの索敵をするためにライトはさらに前へと歩みを進める。勿論周囲を警戒しながら。
このステージの大きさを考えるとそろそろ敵と出会う頃だろうと気を引き締める。
すると、タタタッッとどこかで聞いた覚えのある銃声が聞こえてきた。
その瞬間右側のコンテナの影へと急いで飛び込む。すると間髪入れてライトが先ほどまでいた場所に銃弾が着弾する。どうやら敵プレイヤーの方が先にライトの見つけたらしい。
「あの銃声こないだ聞いたな……確かM16」
ついこの間模擬戦をしたトレインが使っていたなと思い出す。ただ、珍しい銃ではなく性能もいいため他にも使っているプレイヤーは多い。
そのため対戦相手がトレインとは限らない。
ライトは一呼吸置くとしゃがんだ状態から半身だけ体をだし、スカーを構える。すると、そこに隠れるのを見ていた敵プレイヤーが距離を詰めてきていたようで近距離から再度銃声が発生する。
ライトは敵の位置を銃声から割り出しすぐさま撃ち返して反撃した。
だがお互いに銃弾も当たることはなくもなく身を隠す。そしてここでようやくライトは敵プレイヤーの姿を確認することができた。――トレインだ。
先ほどお互いに銃の照準器越しに目が合ったのだ。そしてその時、トレインがニヤリと笑ったように見えたのだ。模擬戦で負けたライトと予選の最終試合で借りを返す機会に巡り合えたとの思いからだろう。
「それでこそ」
そしてそんなトレインの根性がライトは好きだった。かといって手を抜くような真似をするわけがない。真剣勝負にそんな水を差すような真似はできない。
そんなライトは顔だけコンテナから出してトレインの行方を探るが見つけられなかった。そこでコンテナを背にし、先ほどトレインがいた辺りを気にしながら回り込むように静かに進む。
そして先ほどトレインがいたコンテナの端にたどり着くとライトはその先の様子を目立たないように探る。するとトレインがちょうどコンテナの反対側の端からライトの姿を索敵しているところを発見した。
「さっきのお返しだ……」
先手をトレインに取られたことを実は根に持っていたライトはそう周囲に聞こえないように小声で呟く。トレインの動きと構えたスカーの照準器が重なった瞬間トリガーを引く。ダダダッと銃声がするとほぼ同時に無防備なトレインの背中に数発の弾が当たる。――が、トレインの反応は早く咄嗟のことにもすぐさま反応し角を曲がり影に隠れてしまう。
「流石にあれだけで倒せるような相手ではないか」
いくらか体力を減らした手ごたえはあったが、致命傷といった大ダメージをあたえた様子はなく、まだまだこの試合の終わりは見えない。
ライトはグレネードを取り出すと、トレインが身を隠したあたりに狙いを定めピンを抜いて三秒数えてからグレネードを投げる。こうすることで爆発までの時間を調整できるのだ。
そのかいあってグレネードは、狙った場所にたどり着いたタイミングで大音量の爆発音をまき散らす。ダメージを与えることに成功したかどうかはライトからは判断がつかなかったが、どちらにせよ相手はその場から離れたはずなので足をとも気にせずに走って後を追う。
しかしライトは角をスカーを構えて飛び出すが、トレインの姿を見つけられなかった。そのため一瞬気を抜きかける。が、すぐ近くで影が動いたことに気付き逃げ出そうとする。
だが、その前にM16の銃声が上から響き数発の銃弾がライトの体力を減らしていく。どうやらトレインはコンテナの上に登っていたようだ。
ライトは体力を減らしながらもなんとか木箱の裏にたどり着く。
そして体は木箱に隠してスカーだけだして先ほど銃声が鳴り響いた場所に向かって発砲。トレインに当たるとは思っていないがけん制と位置を特定したと知らしめることが目的だ。
「こないだの模擬戦からうまくなってやがる」
それが数度撃ち合ってライトが感じたことだった。反応の速さや狙いの正確さなどが明らかに上達しているのだ。その動きを見るだけで多くの時間を練習に費やしたか想像するのに難くない。そこまでしてきたトレインに少し尊敬しながら、ライトは予選の決勝まできてようやくまともな試合ができていることに表情を嬉しそうに変える。
そしてこのまま同じ場所にとどまり続けるのは危険だと判断し、弾の少なくなったスカーのマガジンを別のマガジンに変えると先ほどと同じ位置に銃弾を撃ちこみながら、ひときわ大きなコンテナの裏に移動する。
トレインがライトの居場所を見失ったかは不明だが位置関係の都合上トレインはコンテナの上からの銃撃をライトに浴びせることはできなくなり、下に降りる必要性ができた。ライトはその着地の瞬間を狙おうと静かにスカーを構えて待ち続ける。
数分すると、カランッと音を立ててトレインがいたコンテナの下にスモークグレネードが落ちて、着地地点を煙が覆い隠す。着地の瞬間をライトから隠すたためだ。視線がふさがれたライトは着地音を聞いて音が聞こえた瞬間に煙の中を撃とうと思い身構える。
が、その機会が訪れることはなかった。唐突に閃光がライトの目を襲った。予想していなかったことライトはすぐさま記憶を頼りに身を隠す。トレインが先ほどライトがグレネードを投げた時同様、時間を調整して地面に落ちる目にフラッシュグレネードを爆破させたのだ。そのため音で反応することができなかったのだ。
「くそっ」
その予定外のことにも心を落ち着け冷静に対処しようとする。
だが目の前が真っ白になって、すぐさま行動することができないライトの隙を見逃すトレインでは無かった。すぐそばまで走って近寄っていたのだ。
トレインは構えたM16の銃弾を容赦なくライトに浴びせようとトリガーを引く。それとほぼ同時に、トレインには不幸なことに船が波に揺られてステージ全体が揺れた。
ライトは体を揺らされながらも銃声に反応しその場から走り出す。一方のトレインは狙いを正確に定めていたのがあだとなった。数発あてることはできたが、体力を削りきることはできなかった。しかしライトの体力はこの銃撃で危険域に達してしまいライトはこの先一度のミスも許されない状況に陥ってしまった。
一度息を整えると目を閉じ、敵の発する音に集中しトレインの位置を探る。
すると、少し離れた場所でM16の弾がきれたのかマガジンを入れ替える音がしているのが聞こえてきた。
音を頼りにライトはその場所に向かっていく。
そしてトレインがいるであろうコンテナを挟んだ向かい側にたどり着くと上空を経由させ、グレネードを投げ込む。するとひときわ大きな足音をたててトレインが爆風に押されたようにコンテナの影から飛び出してくる。
グレネードに反応して逃げようとしたらしいが完全には逃げきれずダメージを受けたようだ。そしてよろけているトレインに向かってライトは容赦なく狙いを定め撃つ。トレインは体勢を整えようとせず、よろけていることを利用しそのまま倒れこみ地面に伏せるとその状態から転がってコンテナへと隠れた。
「ちっ」
トレインの判断の良さに思わず舌打ちしてしまう。もしよろけた姿勢から踏ん張って体勢を戻そうとしていたら、少しだけだが体が硬直するのだ。その一瞬で火力のあるスカーの銃弾を撃ち込んでトレインの体力を消し去れるはずだった。
それでも、すべて銃弾をかわし切ったわけではないはずで、グレネードのダメージと合わせて半分以上与えたであろうことはほぼ確実だった。
これでいくらライトの体力が風前の灯火といえど、トレインが勢いに任せた無謀な攻撃を行うことは難しくなった。そしてその状態で時間だけが過ぎていく。
お互いの体力が減ってきたことにより動きが減り、今までのような攻防が起こることがなくなったからだ。偶発的な撃ち合いは時々起こるがお互いの弾があたることはなくただ残弾を消費するだけであった。
そしてそうこうしているうちに唐突に時計のアラームのような音が聞こえてきた。
「くっそ、時間がねえな」
今まではここまで試合が伸びることはなかったために忘れていたが、試合時間には制限があるのだ。今聞こえたアラーム音は残り時間が少ないという合図。
もし終了時間までに決着がつかない場合、体力が多いほうが勝者となるルールとなっていた。それをライトは思い出していた。だが、一か八かの戦いを仕掛けるには不利な状態だ。弾にはまだ余裕があったがグレネードは残りがもうなく、撃ち合うしか方法は残されていない。
トレインの位置は把握しているため、索敵する時間を省けるのは幸運だったが何かライトが攻撃に移れるきっかけがなければそれも無意味だ。
「どうする……どうする」
それでも、ライトは試合をあきらめることはせずに必死に突破口を考える。……が、それでも見つからない。思いつく作戦はいくつかあった。だがそれを実行するためには時間が足りなかったりグレネードがなかったりと条件が足らない。いくら考えても時間を消費していくだけなライトは思い切って賭けに出ることに決めた。
スカーのマガジンを取り換え、万全の状態にすると心を落ち着けるために深呼吸を繰り返す。――勝てば大会本戦、負ければ敗退。
「うしっ」
覚悟を決めたライトはトレインがいるであろう位置の裏をかくように木箱や影を縫って移動する。こうすることによってトレインには位置をわかりずらくし、攻撃されたとしてもすぐ避けれるようにしていた。
ライトはいくつかのコンテナを通り過ぎたところで、トレインがM16を構えて待っていたのを発見した。
足音を隠していなかったライトをトレインは音を聞いて、位置を把握していたのだ。
だがライトは隠れようとはせずにスカーを照準器を使わずに腰の位置で構えてすぐさま発砲する。体力が少ないライトは銃口を向けられれば身を守るために避けるだろうという前提でトレインは待っていたためその予想外の行動に度肝れ戸惑ってしまう。
そのため体力が見る見るうちに削られてしまいライトと同じぐらいまで減らされてしまう。
その頃になってようやく回避行動に移り、トレインは全損することを防いだ。一時は圧倒的な差を付けられていた体力もこれで対等だ。
流れが向いてきていると感じたライトはそのまま手を休めることなく追撃する事を選んだ。勿論トレインも黙ってみているわけがなく反撃してくるが、お互いにここにきて集中力が下がってきたのか終了時間が近くて焦っているのかなのか攻撃があたらない。
そしてお互いにコンテナを挟むように身を隠しリロードしようとマガジンを抜く。すると、この試合二回目の波がステージを襲った。それにより強制的にリロードがキャンセルされてしまう。ライトは思わず苛立ったように舌打ちしてしまうが、逆にこの揺れをチャンスだと考える。
トレインの体力は拳銃でも十分に倒せる量だ。そこで少しでも動きやすいようにスカーをストレージの中に戻しM45をホルスターから引き出す。そして未だ揺れが収まらぬ中よろけながらもトレインのもとに走る。するとコンテナの角でM16を構えていたトレインと遭遇した。
そしてそのままの勢いで至近距離での撃ち合いへと移行する。
ステージが揺れている中、相手に手が届くような距離での撃ち合いでは、全長の長いM16ではまともに狙いをつけることができず、拳銃を構えているライトのほうが有利なのは明白だ。そしてライトはここにきて初めて勝ちを確信してトリガーを引くことができた。
銃声が鳴り響き――勝者であることを示す言葉がライトの目の前に表示される。
大会本戦に出場できることが決まった瞬間だった。
そして試合が無事に終わり待機所に戻ったライトだったが、全力で戦った疲れからか興奮からかすぐ動けずにいた。少しずつ平常心を取り戻し、本戦のために今の試合でどこがダメだったか一人反省をしようとしていると聞き覚えのある声で話しかけられた。
「ライトさん」
その声は今戦っていた相手のトレインだった。
「完敗です。最後までM16にこだわってしまったのが決定的でしたね……。何はともあれ本戦出場おめでとうございます」
負けたことが悔しいと顔に書いてあるトレインだが、しっかりと敗因を見極めライトが勝ったことを祝福する。本人の性格の良さが現れた結果だ。
「完敗ってほどでもなかったろ。どっちが勝っても不思議じゃなかった」
お世辞でも、気遣いから出た言葉でもなくそれがライトの本音だった。
「そういってもらえるとありがたいです。模擬戦の時の借りを返すチャンスだと思ったんですが、また負けてしまいました」
「予選の決勝でまた合うとは思わなかったな。いい試合だったぜ」
「それは僕も同じです。偶然ってあるんですね……。本戦でも頑張ってくださいね」
「任せとけ」
「では、お友達が来たようですので。僕はログアウトさせてもらいます」
トレインが何かに気付いたようにライトの後ろに視線をそらしてからそう言い残し、ログアウトしていった。
「負けて悔しくないはずがないのに……いいやつだな」
自分を負かした相手のところまできて嫌味ひとつ言わずに応援してると言い残していったトレインに好感を持つライトだった。プレイヤーによっては暴言をわざわざ吐きに来る者もたまにいる中でこういった出会いは喜ばしいことだった。
「それにしても友達って誰のことだ……?」
「私のことじゃない?」
「うわっ!」
「そんな驚かれると傷付くんですけど」
トレインのいっていた友達というのはどうやらシルフィのようだった。
「結構苦戦したみたいだね」
疲労困憊といった様子のライトに少し心配そうに話しかける。
「ああ、でも何とか勝てたよ。そっちも勝てたんだろ……?」
「え……」
「は……? お前まさか……負け」
「てないけど」
意味深そうな反応をしたシルフィにライトは嫌な予感がして話を聞こうとするがシルフィが言葉を被せて答えをあっけらかんと言った。
「お前なあ」
心配した俺が馬鹿だったと溜息をつくライト。さすがに冗談が過ぎたと思ったのかシルフィはごめんごめんと手を合わせながら謝る。
「師匠も無事に勝ったって連絡きたからこれで三人とも無事に本戦にいけるね」
「ああ……いよいよだな」
まだプロゲーマーになるまでの道のりは長かったがそれでも一歩近づけたことにライトは嬉しそうに答える。
「ふふふっ。そういうところ見るとライトが年下なんだなーって思うよ」
「どういうことだよ」
「いや、結構大人っぽいというか私の知ってる中学生らしくない感じが強いからね。それぐらいの年頃の男の子って中二病って病気にかかるんじゃないの?」
「あー……学校にそういうやつは確かにいるなあ。でも全員が全員そう痛々しくなるわけじゃないから」
「ま、私はライトがそういう年相応なところ見せてくれると嬉しいよ」
「そんなもんか……まあ自分ではあんまりそういうことは分からねえからな」
「それじゃ今日は勝敗を聞きに来ただけだから私は落ちるよ」
「おう、お疲れさん」
「お疲れ」
そう言い残してシルフィもライトの前から消えていった。そして試合の疲れが残るライトも体を休めるために後を追うようにログアウトするのだった。