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供養。
完結済み、約十三万文字。
ワールドガンオンライン――通称WGOと呼ばれるオンラインFPSは、世界中でパソコンを使用して遊ばれているゲームでピーク時のプレイヤー人数が七十万人を超えることもある世界的に人気なFPSゲームだ。競技性の高い絶妙なゲームバランスと世界中の銃器が使えること、それに自身のアバターを自由に変えられるのが大きな魅力だ。世界大会も複数存在し、プロゲーマーも数多く存在する。その人気は日本でも例外ではなかった。
日々行われている何気ないWGO内での試合を今日もライトと呼ばれるプロゲーマーを夢見るプレイヤーは真剣に遊んでいた。
対戦相手の使っている連射力の高いファマスと呼ばれる銃の甲高い銃声が聞こえた瞬間、スカーと呼ばれる銃を持った少年型のアバターは反射的に地をけり、銃弾の雨をかわすために横へとヘッドスライディングする。次の瞬間には先ほどまでいた場所に敵プレイヤーが撃った弾が着弾する音が聞こえてきた。
「はやいッ」
思わず毒を吐いてしまうがすぐさま体勢を整えるために体を動かす。同じ場所にいつまでも居続けるのは危険なのだ、いつまでも倒れた状態ではいられない。
そう思ったライトはすぐに立ち上がると近場にある障害物へと移動するために走り出す。
足音を隠そうともせずに進むライトと草木で隔てられたすぐ隣の道でもう一つ足音が聞こえ始めた。
今ライトがプレイしているゲームルールはデュエルと呼ばれる一人対一人のモードだ。つまりこの戦闘フィールドにはライトのほかには対戦相手である敵プレイヤー以外は存在しない。つまり、今聞こえた足音は敵プレイヤーのものに他ならない。
そう判断したライトは瞬時に手で抱えていた突撃銃のスカーを足を止めるのとほぼ同時に音が聞こえた地点に向けると、躊躇することなく引き金を引いた。装填されていた弾倉は残り十数発しかなったため、その銃撃ですべてを空にした。
けたたましい音を発して飛んでいく銃弾の雨。しかし、その弾が敵プレイヤーをとらえることは無くそのまま奥にある壁に当たり、着弾音が空しく響いた。
ライトはサイドアームの拳銃で敵プレイヤーの反撃に備えようかと一瞬考えたが、即座にその考えを否定する。今の一撃を避けるよ相手に拳銃だけで戦っても返り討ちにされてしまうだけだからだ。
できるだけ周囲に身を隠せることができる壁がある場所へ行き、スカーの弾を再度籠めるほうが先決だと判断する。この時点ではこの判断が吉と出るか凶と出るかはわからないが、それは実際にやってみない限りわからないことだ。
周囲に視線を巡らせ身を隠すのに丁度良い場所を見つけると即座にそこに逃げ込む。そして今までに何千、何万と繰り返してきたマガジン交換を手早く終え辺りを警戒する。敵プレイヤーがすぐさま攻めてくるような気配は感じなかった。
こうした場合には敵プレイヤーが、ライトの位置を見失っているのか待ち構えている可能性、もしくは残弾を気にしてリロードしているかという三択であることが多い。
そう敵プレイヤーの行動を読んだライトは敵プレイヤーがいるであろう場所へ向けて走り出した。
すると敵プレイヤーは読み通りにリロードをしている最中で、マガジンの交換を終えてコッキングしようとしている瞬間だった。
すぐさまスカーを構えると同時に発砲する。敵プレイヤーは逃げるよりコッキングを終わらせ反撃することを選択したらしい。その場から動こうとせずコッキングを終えると、銃口をライトへと向ける。
だがファマスが火を噴く前にスカーから放たれた数十発という銃弾は、銃を構えていた男のアバターの体力がすべて削り取っていった。
スカーの銃弾はファマスにも当たっておりストックや、レシーバーなどが歪み銃本体にもダメージが入ったことが分かった。損傷度合いは破損程度だ。
敵プレイヤーを倒したことにより試合が終了となり、目の前には勝者だと知らせる文字が浮かんだ。
「……ふぅ」
試合が終わり大きめのガンショップのような見た目の待機所と呼ばれる場所へと転送されたライトは戦闘で昂っていた気持ちを落ち着ける。辺りには同じように試合が終わって転送されてきた直後らしきアバターやこれからの試合に備えて銃の整備をしている者などが見えた。試合をするときはこの待機所を介することになっているためここで試合の準備をする者は多い。
武器を倉庫に戻していると後ろから近づいてくる足音に気づき後ろを振り向く。そこにいたのは見慣れた昔馴染みの少女型のアバターだ。
「や、ライト」
ライトが後ろを振り向いたことに反応し気安く名前を呼んでくる。名前をシルフィという。少し前に会話した時にお互いの実年齢が晒され、ライトよりも年上なことが判明している。
標準的な男性型のアバター姿であるライトと違い、シルフィは少し小柄な女性型アバターだ。少し緑がかかった髪色でセミロングぐらいの長さの髪をリボンでまとめて、小さいポニーテールにしている。本人の性格と裏腹に落ち着いた印象を受ける顔立ちであり動きやすい戦闘向けのミリタリー系のトップスににショートパンツ姿だ。彼女のメイン武器であるティンバーウルフと呼ばれるスナイパーライフルが手元や背中にないということはライトと同じように戦闘してたわけではないということだ。
「もしかして、今の試合見てた?」
このゲームはフレンド登録していた相手なら試合の観戦ができたはずだ――とライトは思い出しながら、シルフィに音声チャットで話しかける。
「うん」
「そっか。それで何の用だ……ってもしかして模擬戦か?」
このWGOにはよくある他のFPSゲームと違って銃自体にも耐久値があり、一定数以上削られるとその値によって破損・半壊・全壊と状態が変わり全壊となるとその銃は消失してしまう。破損状態はすぐに直せるが、半壊になると修理するのに時間がかかりすぐにはその銃を使うことができなくなる。そういった事がないようにいくつかの設定が制限されているモードがありその名を模擬戦といった。これは待機所を介する必用がなくどこにいても行える簡易的な試合だ。
「勿論」
「それならさっさとやろうぜ」
そう言うとフレンドリストからシルフィの名前を探して申請しようとする。
「ん? なんだ」
ふと、メールがきたことを知らせる音がなりアイコンが光っているのが見えた。
顔を上げるとどうやらシルフィにもほぼ同時にメールが届いたらしく視線を落としていた。それをみたライトは模擬戦の申請をするより先に確認することにした。
「運営から? なんだ」
そのメールの送信元はこのゲームの運営からだった。運営がプレイヤー全体に連絡をするのはあることだが、こういった唐突な連絡は初めてだった。
「……!?」
そしてそこに書いてあったことを理解したライトは嬉しさから体を震わせた。そこには自身の長年の夢を叶える機会が与えられた旨が記されていた。
ライトはちらっとシルフィを見るが反応という反応は見られないかった。
運営からのメールに書いてあったことをまとめるとこうなる。
八月から大きな運営主導の大会がありそれに出場する権利をかけての予選を七月からおこなうこと。予選は十六のグループに分かれておこなわれ、それぞれのグループで一位になった者同士で本選がおこなわれる。予選に参加できる者はこのメールを受取った者のみで、優勝すると五百万の賞金が貰えると。
日本では考えられない破格の条件だったがライトが反応したのはその部分ではなく最後に書かれた一文だった。
――優勝したものは上記の優勝賞金と、プロゲーマーに挑戦する権利が与えられそこで勝つことができればスポンサーが付きプロゲーマーとなる権利が譲られると。
「……っし」
メールを読んで喜ぶライトの姿を先に読み終えていたシルフィは見ており、そういえばプロゲーマーになるのがライトの夢だと聞いたことがあるのを思い出していた。
ライトがプロゲーマーを目指しているのは父親がプロゲーマーということが関係しており、幼いころからその後ろ姿を見てきたライトが憧れるのも無理のないことだった。母親や妹からはよく思われていないのだが、当の本人である父親は憧れていて昔から様々な技術を教えてもらっていた。
「参加するの?」
答えは分かり切っていたがシルフィはライトに聞いた。
「当然」
俺の夢は知っているだろと言わんばかりに堂々と言い切るライトと反対にシルフィはあまり乗り気ではなかった。
「シルフィは出場しないのか?」
「んー、賞金は欲しいけど…………師匠に相談してから決めるよ」
シルフィは学校の友達に誘われてこのゲームをやり始めたらしくその友達を師匠と呼びいろんなことを教えてもらっていた。その師匠の影響でスナイパーになったとは本人の弁だ。
「それでどうする? 模擬戦やるか」
「なんかこのメール見たらやる気なくなっちゃった……さっそく師匠のところに行ってくるよ。ログインしてるみたいだし」
またね、とシルフィは言い残し待機所から出て行った。
「俺も今日は落ちるか。学校の宿題やんないと」
そう呟いて周囲の喧騒を後にライトはログアウトした。
二階にある自室へと意識を戻したライト――煌はヘッドセットを外し、パソコンの前から離れると試合の疲れもそこそこに机に向かう。外では蝉が鳴いていて騒がしかったが煌にとっては勉強するのには障害にはならない。煌の部屋には机が二つあり、片方の机の上にはパソコンが乗っており、もう片方の机が勉強机になっていた。それ以外には漫画や参考書などが収められた本棚や、少し大きめなベッドと稼働中のエアコンが設置されていた。
「おにーちゃーん」
だが、そんな時間は長くは続かなかった。煌の妹で小学生である奈緒が部屋にノックもせずに遠慮なく入ってきたのだ。
「勝手に入ってくるなって言ってんだろ」
「ごめーん」
奈緒は口で謝るも、それが口だけなのは表情を見れば一目瞭然だった。
「なんのようだ」
特段勉強が好きというわけでもない煌は突如乱入してきた奈緒に話しかける。
「勉強教えてー……ってまたあのゲームやってたの?」
奈緒が手に持ったノートを見せようと煌に近づくとさっきまで触っていたパソコンがまだ電源が入ったままなのを発見した。
「別にいいだろうが」
「やだー。お兄ちゃんまでどこか行ってほしくないもん!」
プロゲーマーである二人の父親は大会やイベントなどに引っ張りだこで家にいないことが多かった。父親との思い出がある煌と違い、奈緒の中にある父親との記憶は数少ないもので寂しい思いをしていた。そのため、同じゲームに煌まで取られるのを嫌っていた。
「そう言われてもな……別に父さんだってたまに帰ってくるだろ」
奈緒ほどでないにしろ煌も寂しい思いをしているのだが、たまに帰ってきた時に会えるだけで文句はなかった。
「それだけじゃ、いーやーなーのー」
だが、年相応に甘えん坊である奈緒にはそれだけで満足がいくわけがなく駄々をこねる。煌がWGOをやっているのを見つけるたびに起こされる、もはや恒例と化していた。
「…………別に俺はどこにも行かねえって。実際今までに俺がいなくなったことなんてないだろ。それより勉強教えてほしいんだろ? 見せてみろよ」
もしこの大会に優勝し、その先に待つプロゲーマーに勝ったなら自身もプロゲーマーとなり、いずれは父親と同じように家の外での活動も増えるだろうと内心では思っているたため心苦しさを感じながらもそう答えた。
「……ぅん」
奈緒もその言葉に不服そうながらも納得をしたのか返事をすると、手に持っていたノートを煌に渡す。どうやら算数の問題のようだ。
「どこが分からないんだ」
「ここ」
煌が持っているノートのわからない場所を指さしながら答える。
「お前確か学校の成績悪くないはずだろ? この問題が分からないのか」
あまり勉強ができないという話を聞かない奈緒にしては簡単な問題が分からないんだなと意外に思った煌は疑問を抱く。
「……うん」
煌に念を押されるとどこか答えにくそうに言った。
「ここはだな……」
現在中学生の煌が答えるのには簡単な問題で、分からないと言う奈緒にわかりやすいようにかみ砕いて説明する。
「へえー。お兄ちゃんすごーい」
説明を聞いた奈緒は一回で理解したらしく、煌に感心した様子で称賛する。
「そうか? まあ俺に分かることだったら教えてやるからまた来いよ」
「うん!」
元気に返事をした奈緒は嬉しそうにノートを抱えると自分の部屋へと戻っていった。