底32……心に湧く衝動とは
良い音だなぁ。曲は知らないけど聴いてたら吟遊詩人さん歌いだした。
見た目を裏切らない美しいテノール。これは聞き惚れる。
弦の音と相俟って情緒高くなってる。
故郷を想う歌のようだ。明日も元気に頑張ろう的な気分にさせるね。
曲が終わると詩人さんが一礼して客たちから惜しみない拍手が送られる。
そして、食事を再開する者。詩人さんにおひねりを渡す者。もう一曲とせがむ者がいた。
僕は食事派。つい手が止まってたからね。
でも、詩人さんの様子を見ていてちょっと気になった所があった。
それは小貨のおひねりを手の平で受け取っていたとこ。
「スコッチさん。おしぼり用の布を一枚借りていいかな?」
「どうぞ」
簡単に借りれた。まあ使う為に置いてるものだしね。
でも今回は使い方が違う。
僕は机の上で長方形の布を畳んでいく。
何を始めたのかとスコッチさんが見ている。僕の手元に出来たのは簡素な箱。
僕の記憶の中で使ったことがあるのはミカンの皮を入れる時くらいだけど、今の状況なら有効だと思う。
「これ、使ってください」
出来た箱を詩人さんに差し出したら首を傾げられたので、彼の持っていたおひねりをつかんで箱に入れた。
「何をする!」
傍にいた剣士のお兄さんが凄んできた!
もしかしなくても横取りされると思ったみたい……。
「こ、これに入れた方が持ちやすいでしょう?」
慌てて、一握り分のおひねりを入れた箱を剣士のお兄さんに手渡す。
持たされたので横取りする気はないと理解してくれたみたいで、凄んだ顔が無表情に戻ってくれていた。
「その布は食堂のだから後で返しておいてくださいね」
「わかりました。ありがとう」
「悪かったな」
美人の詩人さんが微笑んでくれた!
眼福です!
詩人さんがお礼を言ったので剣士のお兄さんも謝ってくれたみたい。
――――――――――---‐739字・作者の机引き出しの中にも入っています(笑)
「僕はポーターなので、運ぶことに工夫するのは当たり前です!」
つい強気の発言をしてしまう僕……。
「クス……私はリィシフルです。少しの間ですがどうぞよろしく」
「俺はキリトピオルだ。よろしくな」
吟遊詩人さんがリィシフルさん。剣士の方がキリトピオルさん。
「僕はモリヤです。お二人の旅は長いんですか?」
二人も旅人証持ちなのかもと聞いてみた。
「俺の方は国を出て三年ってとこか。まだまだ弱い部類だな」
「私はそう言う彼に次いで出たので、やはりまだまだですね」
二人とも国持ちだった……残念。
「それがどうかしたか?」
残念な表情を隠すように俯いた僕にキリトピオルさんが問いかけてくる。
勝手に期待して勝手に落ち込んでたら世話無いね。
「……あの……ですね。……住民権の無い街に居付くって、おかしい事でしょうか?」
実は思ってはいたんだ。
いくらここしか町を知らないとはいえ、他の場所に行きたいって衝動が起こらないって変なのかなって。
「町の外に出てやっていけるほどの知識も特にないから仕方ないって所はあるんですが……」
「いいや。別におかしかない。なぁ」
「そうですね。満足できる知識を持っている人なんてほんの一握りですよ。逆に、旅に出る人は何かしら新しいものが求めている人が多いかもしれません」
私もそうですよ。とリィシフルさんが笑った。
「後は一つの街に居たくない事情がある奴とかだな。俺みたいに」
キリトピオルさん、何かやらかしたのだろうか?
僕の顔に怪訝な表情が出たのか、慌てて否定してきた。
「別に悪い事したつもりはないぞ!」
「ええ。ただの家出ですものね」
「言うな!」
理由をばらされて慌てるキリトピオルさんの様子に、僕はつい苦笑してしまった。
でも、やはり何かしら踏ん切りが付く理由が無いと難しいのかもしれない。
僕には今のとこ何もないからね。とりあえず生活出来ればいいと思ってる。けど楽しい事も求めてる。
……矛盾としか言いようがない。
――――――――――---‐798字・自身でも心の機微がわからない
本編ウィルタータのメインキャラ二名の登場です!
本編では二人が来た時にはフィロープは惨劇の後ですが、こちらでは平和そのものなので安心してください。




