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すれ違いは永く、修復には節度を持って

作者: ひぐれとろ

壁一面に本が並ぶ書斎。

そこには年齢は違えど生き写しなほど顔の造形が似ている男が二人。


「父上、先日の夜会で私は少々不可解な噂を耳にしました」


幼さが少々残りながらも凛とした佇まいの青年、アンドレイズが父親に向けて睨み付けながら云う。

実の父親に対して向ける表情ではないかもしれないが、この邸の子どもたちはこれが標準装備だった。


「…お前が自ら私に声をかけるなど珍しいな。どういう噂だ?」


そして、父親である彼も子どものみならず配偶者である妻に対しても存外面倒くさそうに相手をするのはこの邸の常識。

プラスして仕事だ、とあまり邸に帰らないというのも常識であった。

そんな父親に対してアンドレイズは憎々し気に鼻で笑いながら口を開く。


「父上が母上を溺愛している上に子煩悩で各地の孤児院から稚児を引き取る心優しき立派な方であるという身も蓋もない噂です」


それならば邸に寄り付かないのは可笑しい、と言外に表して父親を睨み付ける。

そして睨み付けられた父親はなんの感情も伺わせない瞳で青年を静観していた。


幼い頃から、アンドレイズを筆頭に実の弟妹や養子として引き取られた弟妹は父親と接する機会がなかった。

身の回りの世話をする使用人は有り余るほどいたし、母親は兄妹に分け隔てなく愛情を注ぐ心優しきヒトということもあり、子どもたちも皆素直で優しいヒトに育っている。

しかしいつも誰かしらの兄妹といる母親が、あまり帰らず姿も見せない父親と話をしているところなど見たことがなく、増して父親の話が出たときの母親の悲しそうでどこか諦めた表情は子どもながらに禁句だと悟り。

いつからか大好きな母親を悲しませる父親は敵だという認識が兄妹間に広まり定着した。


それでも不自由なくこの邸に住めるのは憎い父親のおかげであることは理解しているため表だって不満を告げることはない。

告げようにも中々会えないこともあるのが一因でもある。


「母上は私が守ってみせますね!いつか私が大人になったら、母上を幸せにしてさしあげます!」


子ども特有の真っ直ぐなままそう告げる度に嬉しそうに笑う母親をアンドレイズは大好きだった。

その一方的でもある約束を叶えられるまであと一歩。

貴族という位を捨てさせることになるかもしれず、離縁という傷物にさせてしまうかもしれないことは百も承知ではあるのだが、弟妹には事の真相を伏せ計画の表の部分を細かく伝えてみれば誰もが反対することはない。

だからこそ、アンドレイズは夜会デビューを果たしてから色々と人脈を作るべく奔走してきた。

それは弟妹が同じく夜会に足を踏み入れてからも変わることはなく、反対に一致団結をして家名ではない個々人の名前を売り込んでいった。

あくまで個々人が将来のための人脈作り、という弟妹間の建前は決して悟られることはない。

父親に負けたくない、母親を幸せにしてあげたい、という想いで兄妹は持ち前の才覚を発揮し次々に後ろ楯を手に入れる。

その兄妹皆が一丸となっている姿に、「さすが彼の子ども達ですね」と云われたのが話の始まりだ。

聞いてみると弟妹達には身に覚えの無さすぎる噂が広まっており、よく笑い出さなかったものだと夜会が終わったあとに兄妹で話をしたほどだった。


「僕は子煩悩、という話がどこからきているのか気になるね」


「私たち兄妹の人数とあとは稚児を養子縁組みしていることではないかしら?」


「人数が多くても、お父様から愛情を頂いた記憶はないわよね〜」


夜会の帰り道、馬車には四人の男女が乗っている。

進行方向に向かって座る、双子のドゥールクとトロワイトは性別の違いはあれど気の強そうな顔の造形は瓜二つ。

双子の正面に座るアンドレイズとおっとりとしたキャトルナ。

本来であればここにもう一人、内気な芸術肌のサンクロードがいるのだが、彼は後ろ楯となってくれる貴族に会いに行っているため今回の夜会は参加しなかった。


「そもそも名前の付け方からして適当すぎるのよ」


「確かに。兄さんから数えて一から十、てそのまんまだよな」


憎い敵を同じくする家族同士ではいつの間にか不満をぶつけ合う場へと変わる。

双子が八つ当たり気味に云い合う姿を慣れたものだと向かいに座る二人は静観し、まだ夜会デビューを果たせる年にはなっていない弟妹を思う。

年下ということを忘れてしまいそうなほど頭の切れるシスラウク。

カナリアのような素晴らしい歌声のセットリーア。

まだまだやんちゃ盛りな双子のユイットランとヌフタス。

そして最近になって家族の仲間入りをしたディスラート。

実の兄妹はサンクロードまでの五人だが、彼らにとっては母親が受け入れれば血の繋がりなど関係がなくなるのだ。


「引き取ったコもその名前が条件なのでしょう〜?」


「あとは母上と同じ髪色と瞳の色、かな」


顔の造形は違えど子ども達の髪色と瞳の色は母親と同じはちみつ色である。

父親は黒に近い青色なのだがアンドレイズ以外誰一人としてその遺伝子を引き継がなかった。


「兄さん、計画達成は目の前だよね?」


「私たちが動けることはもう無いのでしょう?」


「幼い頃からこの時を楽しみにしていたわ〜」


三人で表立った計画は既に達成したものだと話し合う姿にアンドレイズは苦笑する。


「あとは母上が上手くまとめてくれていると思うよ」


最後の仕上げは母親の役目だ、と匂わせれば弟妹は不承不承に口を閉じた。

離縁は夫婦間のみで話し合わなければならず、年齢を問わず子どもには匂わせても良いが聞かせてはならないという変な仕来たりのせいである。

その仕来たりのおかげで久しぶりに母親と父親当人同士のみで話し合いが出来るのだとアンドレイズは嘆息する。







時は数刻遡り、子ども達が夜会へと赴いた時機。

まだ幼い子ども達は使用人に任せ、何年振りかの夫婦水入らずな時を過ごしている。

…ように見えるのは内情を知らない者であり、当人にとっては気の休まない時間だ。


陶器製の座卓を挟んだ革張りの長椅子に向かい合って座る二人の空気は重い。


「…君が、私を訪ねてくるのはいつ振りだろうな」


その緊張感の漂う空間を壊したのは男の方。

視線は交わることはないが、男の表情から感情は伺えない。


「婚約をしてからは初めてになります」


幼い頃から顔馴染みの二人が両家の結び付きを強くするための政略結婚として使われるのは至極当たり前のことだった。

歳は二つ離れていて、女の方が遅く夜会デビューを果たしてからの婚約になる。

それからは顔馴染みとしてではなく婚約者としての他人行儀な接し方を周りから求められ、いつしか気軽に話をすることはなくなった。


「今日あなたのお時間を頂いたのは、話をしたかったからです」


「話…?」


要領を得ない、と男が視線を上げると幼い頃から変わらず美しい顔立ちの女の、何かを決心したような意思の強い眼差しと交差する。

女が緊張した時にスカートの飾りレース部分を指先で弄る癖は昔から変わらないことに男は懐かしさを感じ、そして久方ぶりだと気付く。


「私は、政略結婚でもあなたと結婚が出来て嬉しいと思っていました。ずっと憧れていたあなたでしたから。…きっと、アンドレイズを初めてこの手で抱いたときが私の一番幸せな日なのだと今なら思います」


ポツリと、静かに語り始める女は向かいに座る男を責めるように見つめる。


「それから少しして、あなたは仕事を理由に邸に寄り付かなくなったことを覚えているかしら?始めは一日、二日と帰っては来ないで。今では何も伝えず一ヶ月不在なのも慣れたもの」


視線を逸らせば自然にため息が溢れる。

その様子を見ている男の肩がピクリと動いた。


「帰っていらしたときにたまに稚児を引き取り連れてくる姿に初めは深く感心し二度目からは疑心に変わりました。だって、連れて帰る子はみんな容姿に共通点がありますものね」


自身の髪の毛を弄りながら、しかし視界にはいれないように。


「私とは別のどなたかの代わりに、なのかしら?その方と私はどれほど似ていらっしゃるの?引き取ってくる子すべてがその方の代わりで、私はもう用済みなのでしょう?代わりなんていくらでもいると私に仄めかしているのでしょう?」


「違う」


否定の言葉を口にした男が目に見えて狼狽し始める。

それは普段の彼からしてみればあり得ないほどの感情の揺れ動きに、女は驚いて瞬きを繰り返す。


「君と婚約をしてから他の女性をこの手に抱いたことなどない」


女性のみならず、実の娘とて抱き上げることも触れることすらもしなかった男だ。


「確かに仕事を理由に君から、この邸から逃げていた。しかしそれは、…それは」


「婚約をしてからは、ですものね。帰っていらしたと思えば気の向いた時に私を抱くあなたを、子供が出来て大変な時に仕事だと帰らないあなたを、一人で産んだあとに初めて顔を見せたあなたを、子どもと一切接する気のないあなたを、私は幾度も見て、その度に絶望を味わっていたことを知らないでしょう!」


初めて産んだ子、アンドレイズは男に似ていることもあり寂しさを紛らすように乳母と一緒に子育てに勤しんだ。

無関心を貫く男に迷惑はかけぬよう、しかし不満と悲しみも伴って。

アンドレイズが成長する度に増して男に似ていくことが、いつの日からか楽しみに変わっていった。


「私はもうあなたから愛情を受けとることを諦めました。だって子どもたちからそれ以上の愛を頂けるから」


驚愕したような表情で固まる男を無視したまま、女は寂しそうに見える笑みで口を開いた。


「だから、あなた。離縁をしてください」






不平不満を口にする弟妹をチラリと見、窓の外へと視界を移す。

兄弟皆、父親を憎んでいることは確かだ。

それは大好きで味方な母親を悲しませる元凶と父親が愛してはくれていないという悲しみからくる裏返しの憎しみ。

しかし、アンドレイズだけは違う。

素直になれない父親が、母親が何も云わないことに疑問を持たない父親が、そして誰にも気付かれない愛情の示し方が、徐々に母親を追い詰めていることに気付いていない父親を憎んでいる。

計画の表の部分は、憎き父親と離縁させてもらうこと、そして離縁してから実家に戻るのではなく自分達子どもの手で母親を幸せにすること。

しかしアンドレイズだけが企んでいる事の真相は、離縁を持ち掛けた母親を父親が引き留めること。

これに関しては確信があった。

いつの頃からか、アンドレイズと母親の二人きりでお茶をしていた時だ。

偶然その場に出会した父親が一瞬だけ実の息子に射殺さんばかりの殺意を向けた。

邸内で感情を露にする父親をその時に初めて目にし、そしてその後永きに渡り父親の動向を調べさせると阿呆らしさに脱力するほど不器用で一途な想いに気が付いた。

そして殺意が実の息子に向けられた嫉妬だということも。

計画に現実味を持たせるため、人脈作りに勤しんだのは個々の将来の為でもある。

このままでは家督をアンドレイズが引き継がされるのは衆知であり、弟妹が苦労をするところは見たくなかった。

妹たちは政略結婚の駒として使われるかもしれないが、少しでも知があれば、人脈があれば良いようにされることはないだろう。

それ以前に溺愛と云えるほどの情熱を向けている母親と、似ている娘達を変なところへ嫁がせることはしないだろうが。


「どのように変化するか、それだけが私にも計算できなかった部分だね」


「…お兄様、いかがなさいましたの〜?」


ポツリと呟いた独り言は隣に座っていたキャトルナに聞こえたらしい。

云い合いはいつの間にか終息して、皆の目がアンドレイズに向けられていた。


「いや何でもないよ。ただ、邸に戻ってからは驚くことが待っていそうだと考えていただけさ」


理解できていない表情を浮かべる弟妹に、曖昧に笑いかけながら再び視線は窓へと向ける。


見た目も所作も、およそ考え方をも父親譲りだからこそ気付けた今回の計画だ。

すれ違ってからの永い期間、これからはそれを忘れられるほど幸せになってほしい、と一人計画達成に笑むのであった。


お読みいただきありがとうございました




以下、蛇足的説明と長い裏設定

少々下品だよ!



すれ違いの小説を読む度に、もうちょっと永くすれ違う話はないのかな?と思っていて出来た作品

すれ違いぢゃなかったんだね!と解消されるのがホント早いのが多くて

もう少しモヤモヤさせれば良いのに、とどれ程思ったことか←

その鬱憤が溜まりに溜まってすれ違い期間約20年というバカ永い話になりました


「あなたからの愛はいらない。子ども達から貰えるから」

このセリフを云わせたいが為の期間です


私を愛していないのに抱くのは何故?

髪も瞳も私と同じハチミツ色のコを引き取るのは何故?

どうして子どもに触れようとしないの?

その疑問が「自分が身代わりだから」という結論に至りました

邸にいない期間はその相手といるんだろうと

抱くのは愛情がある振りをしているからだろうと

養子は少しでもその相手に似たコたちなのだろうと

子どもに触れないのは愛情がないからだろうと


第一子のアンドレイズを身籠ったとわかるまでは言葉はなくとも仲睦まじい夫婦でした

しかし身籠ったことを知るやいなや、男は自制したわけです

初めての妊娠でどう接すれば良いかわからなくなり、一緒にいると抱きたくなる、しかし…!

と悶々とした結果近寄らないことに決めたのでした

そして出産してから子どもに掛かりきるようになった女をみて(自業自得)尚更性欲を持て余すことに

しかしだからといって浮気をすることは一度たりともありません

だって他の女には起たないし←


同じ邸内にいるだけで感情が高ぶるようになってしまってからは仕事を理由にあまり寄り付かなくなります

いくら使用人がいれど子育てで忙しそうにしてる姿を見ると抱き潰すのが可哀想だから

しかし我慢できなくなってついつい襲っちゃった時に理性はずれて中出しなんかしちゃうから子どもができちゃう悪循環

ゴム?そんなものつけてる暇があるなら一秒でも早く繋がるね

とかぶっ飛んだ思考をしてしまう残念脳


遅いながらも五人目が生まれた時点で考え方を改め、幼児がいるから好きに抱けないのだ!だから今後は避妊せねば!

と思い当たる

好きすぎて、なのに自業自得で自制してるから思考も残念な男

だけどポーカーフェイスは無駄にうまいんだよ、ていうありがち設定


でも自制して邸に帰らない期間、視察に訪れた地域で女に似た髪色と瞳を持つ幼児を見付けると養子として引き取ってしまう

しかしその直ぐ後、だから抱けなくなるんだよ!と後悔

名前は実は改名させています


作中でアンドレイズから数えて一から十、と云っていますが

実は女の名前はフランソワーズ・ゼロ・ソレル

女から数えて零から十になってます

フランソワーズなのでフランス語

女は気付いていても、考えるのが面倒くさいからなのね、と思ってます

好きすぎるからこそ、女がいなければ出会えなかった子ども達だからこそ解りづらい愛情です

しかしその大好きな女から愛情を受けとる子ども達が羨ましくて憎くて、でも二人の愛の結晶だという事実が眩しくて触れることが出来ない残念なヒト


それをアンドレイズは理解しちゃってます

彼も父親と似すぎている部分があり、既に妻にしようと企んでいる相手がいるから

マザコンの気はありますが、あくまで家族としての愛

相手は名前だけ出てきたセットリーア

現代日本の法律では実子と養子は結婚できるので、このなんちゃって中世も結婚できるんだよ、てことにしてます

事実はどうだか知りませんが


すれ違って残念な期間を過ごした二人ですが、やっと報われた後は遅い蜜月を過ごします

そして中々邸にいなかった父親と毎日顔を会わせることになり、表だって子ども達に嫉妬する父親に最初は驚愕していましたが、慣れると母親を独り占めするなと云い募ります

昼までベッドの住人と化した母親は恥ずかしさでのたうち回っていたのも数週間

もはや邸内でも暗黙の了解


母親似の娘達に囲まれて、表情は変わらないものの幸せそうな雰囲気を発する父親にアンドレイズは一人ため息

そんなことなら最初からちゃんと話し合っとけバカ親父

と思ったかは定かではありませんが、弟妹皆とも誤解が解けたのでまぁ良いかと思う出来た息子です




というわけで長々と失礼いたしました



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― 新着の感想 ―
[一言] …蛇足的な説明より本編で詳しく読みたいです…夫はどーやって離婚回避したんですか?…凄い読みたい所が省かれて…orz 。一番の盛り上がり(読者的)読ませて下さい…(泣) もしかして夫視点的な続…
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