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人になりたい転生魔獣  作者: ぺたぴとん
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第五話

 探し始めて一週間近く経った。別の鉱石は見つかっても、例の結晶はなかなか見つからない。ここまで来ると自分の鼻に自身が持てなくなりそうだ。

 結晶の匂いがしたと思ってこうして行動しているのだが、もしかしたら似た匂いの何かだったのではないかと嫌な方に考えが傾いてしまう。


(もうそろそろ出てきてくれないだろうか……)


 時が経つのは速いが、その分自覚すると一気に疲れが押し寄せてくる。それと同時にこれで本当に良いだろうか、という思いも。

 遠回りなのではないか。このまま叶わないのではないか。そんな思いがない交ぜになって今まで抱いていた希望に影を落とす。

 思考がマイナス面に行きながらも、かりと山肌を削った瞬間澄んだ匂いが強くなった。


(あ、ある……!? もしかして近くに……!)


 折れかけていた希望が戻りかける。もしこれで駄目だったなら……。

 ごくり、と口にたまった唾を飲み込む。そっと、慎重に爪を立てて山肌を削り始めた。

 かりかり、かりかり、かりかり。

 耳が痛いほどの静寂が満ちた森の中に、ただ慎重に掘る音とぱらぱらと落ちる小石や砂などの音が響いている。

 そのたびに匂いはどんどん強くなっていった。匂いの強さがもう少しなのだと物語っている。あと少し、もう少しなんだ。

 暫く掘っているとぱらぱらと落ちる砂から小さくあの透き通った結晶が顔を出した。きらりと日の光を受けて煌くそれに、思わず尻尾を思い切り振ってしまう。


(あった、あった……! 見つけたんだ!)


 喜びに打ち震えながら傷つけないように気をつけて結晶の周りを爪でそっと削っていく。時折、ふぅと息を吹きかけながら土を払っていくと、土という支えを失った結晶はころんと小さく山肌を転がった。

 慌てて見失わないように結晶から視線を外さず、足で結晶が転がるのを防ぐ。

 決して大きな結晶ではない。もしかしたら胸にある結晶とどっこいどっこいの大きさだ。けれど掘り当てた、という事実がそれ以上に胸のうちから喜びをふつふつと湧き上がらせた。

 見つけたのだ自分の手で、この結晶を。そんな喜びで思わず口の端が笑みをかたどったような気がした。


(この結晶を噛み砕けば……)


 人になれるかもしれない。まだ予測の範囲でしかないけれど可能性はあるのだ。

 緊張で心臓が高鳴る。噛み砕こうと少しずつ鼻先を近づけていくのだが、口がわなわなと震える。

 緊張か、それとも高揚感からかは分からない。内心震える自分を笑い飛ばすも、どうしてもそれは止めることが出来なかった。

 もう少しだ、あと少しで口にくわえられる位置にいく。強く願わなければ、人間になりたいと。


(俺は人間になりたい。前の世界のように、人間になりたいんだ……!)


 結晶を口にくわえながらも強く祈り続け、そして、顎に力を入れた。瞬間、ぱりんという音と共に結晶が砕け、それは瞬く間に口の中で霧散していく。

 けれど緊張が解けることは無かった。噛んだ瞬間、背後から吹いた風が人と金属の匂いを運んできたのだ。


(逃げ……っ!)


 瞬時に冒険者だと悟り足に力を入れて森へと一目散に逃げる。このままでは危ない、この山肌では遮るものが無い。


「ちょっと、ウルフこっちを察知したわよ!」

「そんなわけないだろ。こっちは気配を消す魔法を使ってんだぞ」

「ぼやっとしてないで! ほら、打って!」

「分かっているっての……!」


 若い男性の言葉に続き、ひゅんと風を切る音が後方でした。

 あと少し、あと少しで森だ。もう少しで逃げることが出来る。その瞬間、尻尾を何かが掠めた。


「ギャウッ!」

「ちょっと、掠っただけじゃない!」

「次は当ててやんよ!」


 毛だけではない、つんと香る鉄の匂いが出血していると知らせている。近くの地面には余韻のように細かく震えながら刺さった矢があり、矢尻は日を受けて不気味に光った。

 落ち着け、混乱するな、ここで混乱するのは駄目だ、怒りに任せるな。相手は弓を使うのだ、早く障害の多い森へと逃げなければ。

 まとまらない思考を何とか働かせ、駆ける足を止めずジグザグに動きながら森へと向かった。これなら狙いは定めづらいだろう。


「フーッ、フーッ」


 荒い息を落ち着けることが出来ないまま、森へと到着する。まだだ、もう少し奥にいかないと。

 縫うようにして森の中を進んでいくと、後ろから先程の二人の声が聞こえてきた。ちらりと確認すると若いのだろうがヒステリック気味に叫んで短髪を振り乱す女性と、次の矢を打つ用意をしながら答えるちゃらけた雰囲気の男性である。


「魔獣はほとんどがバカのはずだろうがっ! ちょこまかと逃げやがって」

「早くしなさいよ! 目標外の魔獣を狩れば私達が自由に値段決めて素材を売り払えるんだから!」

「だったらお前も協力しろよ! 俺、今日の依頼の用意しかしてねぇぞ!」

「この場じゃあたしの出番無いじゃない! ほら、早く! 逃げるわよ!」

「チッ!」


 荒々しい女性の言葉にちゃらけた男性は舌打ちをすると再び矢を放ってくる。見た目に反して腕はそこそこあるのだろう、風を裂いて飛んできた矢は当たりはしなかったものの俺の近くの木へと刺さった。

 まばたきなんて出来やしない、見開いた目でそれをちらりと確認すると疲れた足に更に鞭を打つ。


「ハァッ、ガフッ、ハァ」


 唾を飲み込もうとしてむせ、それでも息を吐き出して走り続けた。疲労か、恐怖か、心臓の音がうるさい。

 もっと速く、もっともっと。

 後ろの奴らが追いつくことが出来ないほど、矢よりも速く。

 こんなところで、死にたくない。


 ――――瞬間、流れる木々が妙にぶれているように見えた。


 荒い息の間に地を蹴る軽やかな音が響く。木々が迫ってくると思えば、気づけばそれは既に後ろへと流れている。その速さはさながら木がぶれているようにも見えた。

 一心不乱に駆けていると突然視界が開け、目の前に掘っている間水場として利用していた湖があった。


(どわっ!?)


 慌てて急ブレーキをかけるが、すぐに止まることは出来ない。

 四肢に力を入れて突っ張り、歯をむき出しにしつつも踏ん張るとようやく湖の一歩手前で止まった。良かった、あのまま行けば湖にどぼんである。

 それにしても、と先程飛び出した茂みのほうへと視線をやる。

 足を踏ん張ったためだろう、真後ろを見ると俺からまっすぐ伸びるように草花の生い茂る場所に土の茶色がむき出しになっていた。

 一方で耳をそばだててみても、鼻をひくつかせても先程の二人らしい匂いは匂ってこない。ま、撒いたのか?


(はぁ……)


 瞬間、安堵で疲労がどっと押し寄せてくる。思わず内心でため息を吐くも、とりあえず尻尾の怪我の具合を見ようとお座りの状態で後ろへと視線をやった。傷口付近の毛は血で濡れており赤黒いが、そこまで傷は深くない。

 回復の魔法は使えるだろうか、もしかして一回きりじゃないよな……。


(回復……っ)


 念じると体からすっと何かが抜け出し、傷口から発せられた痛みが薄っすらながらも和らぐ。毛が邪魔して見えないがおそらく以前と同じように膜が張ったのだろう。さて、それじゃあのども渇いたし水を飲もうか。

 のそりと起き上がり、危険な魔獣や人がいないか警戒しながらも湖へと近寄る。

 湖の水は底が見えるほど澄んでいた。湖の奥底を注視すると所々水が沸いているのであろう、砂利や砂がそれらしく動いているのが見てとれる。生えている水草やどっかりとその半分を埋めている岩などの間には、ちらりちらりと魚や蟹らしいものが見えた。

 すん、と水面に近づけた鼻先で匂いを嗅いでみると鼻を抜けるような水の心地良い匂いがする。一口水を口に含むと、思っていた以上にのどが渇いていたのか勢い良く水を飲んでいった。


(はぁ……生き返る)


 顔を上げて内心小さく安堵のため息を吐く。ついでに魚も獲りたいところだが、浅いところに魚の姿は見られない。これでは魚は獲れないなぁ……。

 魚は諦めて尻尾の血を拭っていると、ふと思い出す。そういえば俺、人間になりたいとあれほど願っていたのに結局ならなかった。強く願っていたつもりなのだが、あの仮定は間違っていたのだろうか。


(う~ん、もう一度試してみるか……。それでも駄目なら仮定が違うということになる)


 失敗したのなら仮定が違う、もし成功したのなら今回のことも含めて条件をより正確にわかるようにしたい。となるともう一度あの山に……いや、でも冒険者がいたり……。

 うんうん悩んでいると気づけば時間が経っており、見上げた空は夕暮れ色が混ざり始めていた。とりあえずねぐらを探して、獲物を獲って、明るくなってからあの山へと向かおう。ひとまずの考えを決めて、早速獲物を探し始めた。

 獲物探しはウルフの鼻と耳を使って難なくこなす。狩った鶏型の魔獣は羽が茶色の個体だ。

 鶏型の魔獣を狩り湖の傍で食べると、次はねぐらを探す。けれど木の洞などは見つからず、結局体が隠しきれるぐらいの茂みに身を潜めて一夜を過ごした。



     *     *



「クァ……」


 茂みの中、葉の隙間から差し込んできた朝日で目を覚ますと大きく口をあけて一つ欠伸をする。

 がさりと音を少しばかり立てながらも茂みから出ると、早朝独特の鼻につんと来るような澄んだ空気の匂いが鼻を刺激した。

 匂いを捉えながらイノシシ型の魔獣を捕らえ朝食にすると、一路先日の山へと向かう。道中、鼻をひくつかせながら人や危険な魔獣がいないことを確認しつつ向かっていると、何やら血なまぐさい匂いが漂ってきた。


(……一体何事だ?)


 慎重に歩を進めていくと血の匂いが強くなってくる。姿勢を低くし、足音を殺して進んだ先にその匂いの元があった。それが視界に入り、目を見開く。


(この人達、昨日の……?)


 茂みの中、倒れていたのはヒステリック気味に叫んでいた女性とちゃらけたような男性である。どちらも苦悶の表情を浮かべており、息をしてはいなかった。

 下半身はだらりと伸びているのだが、上半身はどちらもあり得ない方向へと曲がっている。その曲がったところの肌が裂け、血が出ているようだった。

 女性の剣は刃こぼれしており、最終的には剣先が折れている。余程硬いものでも切ったのだろうか。

 硬いといえば、時折森で見かけたゴーレムっぽい魔獣とかだろうか。俺が逃げたあと彼らはその魔獣に遭遇し、こうしてやられてしまったのかもしれない。

 ゴーレムの匂いか確かめたいのだがそれらしい匂いはしない。

 むしろ無機物のような匂いではなく、獣独特の臭さが血の匂いに混じって薄っすらを鼻を掠めた。硬い体の獣、というのは見たことが無い。


(一体どんなやつなのか、とりあえず気をつけよう……)


 自分がもしそいつと出会ってしまったとしたら、彼らと同じ結果になるだろう。脳裏に過ぎった想像に身震いしながらもその場を後にしていった。

 

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