第一話
――ここは一体どこだろうか。
浮遊感を伴いながら、不安定さは無い。目を閉じている中、波間にゆらりゆらりと揺れているような感覚を感じた。
閉じていたまぶたをゆっくり開くと、開いたまぶたの隙間からじわりと白がにじんでくる。その白は辺りの色だった。
何処を見ても白一色、それ以外の色なんて無いほどの白が視界を覆いつくしていた。冷たいとも思わない、けれど温かいとも思わない白である。
遠く、その先を見ても温かみのある白だけで、途中から霧でぼやけたようになっていた。どれほど広い空間なのか、それともここには壁があるのか、それさえも分からない。
暖かいとも冷たいとも思えないまるで夢の中のようなその場所で、俺はぼんやりと浮かんでいる。床なんてものも感じられない。天井なんてものも見えない。
辺りをもっと見回したい、ぼんやりとした頭でそう考えるも頭を動かそうとするも動かない。暫く挑戦するも、次第にそもそもの頭を回そうという気力さえ消えてしまった。
――本当にここはどこなのだろう、そもそもどうしてここにいるのだろう。
そんな疑問符が頭に浮かぶ。暫くぼんやりと考えていると、記憶の奥底からふわりとどうして死んだのかという疑問への答えが浮かんできた。
――あぁ、そうだ。確か俺は死んだのだ。
理由は分からない。衝撃とかそんな痛みは無かったように思うけれど、もしかしたらあったのかもしれない。ただ、そのことを忘れているだけで。
成人して、社会人になって、何社もの就職試験の後ようやっとある会社に就職することが出来た。そして一会社員として暮らしていたのだ。
一人暮らしで、仕事は少し大変だったけれどそれでも楽しかったという思い出がある。
ふわり、ふわりと思い浮かぶのは中学高校の頃、就職が決まった時の両親の嬉しそうな顔、会社の同期の仲間の顔、怒り顔の上司、初めて会社の皆で行った飲み屋での出来事。
時折ノイズが走るようにして記憶に歪みが出てはっきりとしないところもあるけれど、ぼんやりと浮かび上がる泡のようにいろんな記憶を思い出す。
ふわふわとした心地もあいまって、まるで夢を見ているかのようだ。
けれど俺が何故死んだのか、どうやって死んだのか。それを思い出そうとしても霧がかかったようで思い出せない。
思い出そうとしても次第にその気力が失われていく。そしてまたぼんやりと夢見心地に戻るのだ。
暫くの間白の空間で夢見心地のままふわふわと浮いていると視線の先、白い空間の上方から光が差し始めた。差したその光が体を包み込むように照らしてくると、じわりと温かさを感じていく。
先程まで動くことなくその場にとどまってゆらゆらと浮いていただけの俺の体は、その光へと引き寄せられていった。
ゆっくりと、しかし確実にその光の差す方へと引き寄せられていく。
徐々に温かさを感じ始め、差してくる光に近づいているため自然と目を細めていった。光に近づいてはいるのに、目が痛いほどの眩しさを感じない。なんとも不思議な光だ。
光に近づいて次第に目を細め、そして完全に閉じる。視界に映っていた光は消え、再び黒く塗りつぶされる。
動かすことが出来るのはまぶただけで、手足も体全体がぴくりとも動かない。動こうとも思わない。それが夢見心地によるものか、違うのかは分からないが。
――この光の先に何が待っているのだろう。
光の先に待つのは何なのか分かっていない。けれど何故か不安は感じていなかった。光が近くなるほど、体を柔らかな布で包み込まれている心地よさが強くなる。
まぶたも閉じ、少しずつ思考も鈍くなっていく。あぁ、もう記憶を思い出そうにも思い出し辛い。すぅっと眠るように力が抜けていくのが感じた。
そうして俺――桧原宗は、暖かな光の中へと姿を消していく。
何も見えない光の向こうから、最後にちらりと鼻先を澄んだ匂いが掠めたような気がした。