また日常
次の朝は、何事もなく訪れた。
体に異常はなく、変な声も聞こえることはなかった。
「やっぱ、ただの偶然だったのかな。」
そんなことを呟きながら、学校への支度をしていた。
俺はいつもより早く家を出た。昨日の今日だ。何が起きてもおかしくない。
時間帯が早いせいか、登校中は人が少ない。
校門の辺りまで来ると、雪菜ちゃんに後ろから声をかけられた。
「知希君、おはよー!」
「あ、雪菜ちゃん。おはよう!」
朝から雪菜ちゃんに出会えるなんて、今日はとてもいい日だ。
「登校中に出会うなんて、めずらしいね!」
「そうは言っても、もう校門だけどね。」
「それもそうだね!」
いつものように笑顔の雪菜ちゃん。うちの制服はセーラーなので、雪菜ちゃんの可愛さは際立って見える。ような気がする。
しかし、雪菜ちゃんは表情を曇らせた。
「あのね、知希君、昨日のことなんだけど・・・。」
「ん、どうしたの?」
いつもと雰囲気が違う、そんな気がした。
なんだろう、重大な事でもあるのだろうか。それとも・・・。
いつもとは違う雪菜ちゃんに、俺も変な予感が頭をよぎる。
「昨日のことが、何?」
俺は言葉の続きが気になり、答えを催促した。
「えーとね、昨日の超能力のことなんだけどね?その・・・。あのことはさ、二人の秘密にしない!?」
雪菜ちゃんは、語尾を強めてそう言った。
「え?う、うん。いいけど・・・。」
予想とは違う答えに、少し戸惑った。が、よく考えてみれば、雪菜ちゃんが何かを知っていることなんてありえない。普通の高校生が知りうるはずもないのだから。
でも、何かがひっかかる、そんな気もあった。
「ホント?じゃあ、このことは二人だけの秘密ね!誰にも言ったらだめだよ?」
二人だけの秘密・・・だと!?
「も、もちろんだ!誰にも言わないよ!うん、言わない!」
二人だけの秘密だなんて、なんていい響き!昨日といい今日といい、なんていい日なんだろうか!
俺は、今まで考えていたことを忘れて、目の前の幸福を思う存分堪能することにした。
校門から教室まで、俺たちは他愛のない話をして歩いた。その間俺は、ずっと浮かれていた。
ひっかかっていたことは、もう頭になかった。
「そういえば、朝見たニュースなんだけどね?」
その話題を振って来たのは、紅葉創だ。体は小さく、まるで女の子のような顔つきだ。一年の頃は、一部の男子からは人気があったりもしたが、今はそんなこともない。
創とは去年から同じクラスで、結構仲のいい方の友達だ。
「日本のいたるところで、変な生き物が現れてるんだって。しかも、この辺りでも出たんだってさ。なんだっけ?トカゲだったかな?」
昨日のあの話題だった。
「へぇ。あんなのが日本各地でたくさん出てるんだな・・・。」
「知希、しってるの?」
「え、あ、いや!丁度その時その場にいてだな!」
無意識に出た失言を、慌ててごまかした。さっき雪菜ちゃんと誰にも言わないって約束した手前、こんな簡単にばれたらまずいのだ。いろんなところで目立つし、なにより、二人だけの約束が!
「そうなの!?じゃあさじゃあさ、そのトカゲを退治したっていう人のことも見た!?なんかね、誰かが急に出てきて、炎を操って倒したっていう話なんだけどね?」
と、創は興奮した様子でまくし立ててきた。
創はこの手の怪奇現象的な話題が好きだった。
「い、いや、俺達トカゲが出てすぐに逃げたから、あんまし詳しいことは知らないんだよねー・・・。」
まさか、ニュースにまでなってるのか。確かに派手にやったが、周りに人はいなかったから大丈夫だと思っていた。
「よー、なんの話してんの?」
と、隼人が話しかけてきた。
「あのね、今日ニュースで出てた、変な生き物の話だよ!知希が見たっていうから、どんなのか聞いてたんだ!」
「へえ。じゃあ、雪菜も一緒に見たってことか?」
「まあ、そうなるかな。それがどうかしたのか?」
「いや、別に意味はねえけど。」
隼人はどことなく不満そうだった。
「それよりさ、そのトカゲ丸焼きにした奴って、どんな格好してたんだ?」
「えっとね、制服着てて、カップルって言ってたかな?」
なんか、だいぶがっつりみられてるな。
これでは正体がばれるのも時間の問題かもしれない。少し憂鬱だ。
すると隼人が、
「男女二人組で制服って、まるでお前たちみたいだな。」
と、意地の悪い顔をしていってきた。
「そんなわけないだろ。そもそも、俺がそんなことできると思うか?」
「そういうのって、窮地に立たされると覚醒した!みたいなのがお決まりだろ?もしかしたら、俺達にも起こるかもしれねえし、わかんねえもんだろ。」
隼人は冗談っぽく、しかしどこか真剣に話していた。
「起こるわけないだろ、そんなもの。起こったとしても、そんなにいいもんじゃないよ。」
そう、いいものではない。自分の中に得体のしれないものがあり、いつ暴走するか分からない力がある。それは自分が誰かを助けられる力と同時に、誰かを傷つける力にもなりえる。俺はそれが何より怖かった。
「そんなもんかねぇ。」
隼人はつまらなさそうに言った。
そこで、始業のチャイムが鳴った。雨緑先生が、「席についてー。」といいながら入って来た。
隣を見ると、雪菜ちゃんと目があった。しかしその目は、俺のことを見ていないような、何か違うものを見つめているような、そんな様子だった。