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血縁より絆 ~家族より仮族~  作者: しろゆき
8/23

平穏な日々

 あっと言う間に一か月が過ぎた。営業所にも下宿生活にもすっかり慣れた。

 麻里から通信アプリで連絡が来た。土曜日にこちらに遊びに来たいと言っている。

 特に予定も入っていないから、即オッケーした。

 私は、カトウ家の人たちと下宿人としての会話と、営業所で同僚と当たり障りのない会話しかしていないから、本音で話せる人との会話に飢えているのだ。話したい事は山ほどある。久しぶりに麻里に会っておしゃべりできると思うと、うれしくて待ち遠しかった。

 

 麻里と、下宿近くのショッピングモールのパスタとスイーツの店で待ち合わせをした。

 私は通常食材の買出しだけしか利用しないのだが、この近辺で一番大きなショッピングモールなので専門店や食事のできる店は、一通りの有名店が入っている。

 十二時の待ち合わせの約束だったので、私は少し前に行って待っていた。

 十二時少し過ぎて、麻里がやって来た。

「久しぶり~ って気がしないね。元気だった?」

「元気だよ。遠いところ来てくれてありがとう」

「本当に遠いね。週末渋滞もあって、二時間四十分はかかったよ。ノンストップで運転して来たから疲れた」

「お疲れ様。来てくれて本当にありがとう。会えてうれしい」

「うん。私も。でも、まずはおなか空いたから、早く食べたいよ」

私たちは、パスタとデザートのセットを注文した。

他愛もない話しをしながら食事をした。

「実家にいたときより、元気そうだし、きれいになった気がするよ」と麻里が言った。

「ありがとう。下宿は風呂の順番が決まっているから、寝る前にちゃんと化粧を落とす様になって、肌の調子は良くなったよ」

「ふーん。新しい職場で男ができたのかと思ったよ。その辺どう?」

「ぜんぜんなんにもない。新しい生活に慣れることと稼ぐことで精一杯で、男のこと考えている余裕がないよ」

「そっか。つまんないの」

「ごめんね。面白いネタなくて。麻里の方はどうなの?」

「実はね……お見合いしたんだ」

「お見合い?」

「うん。堅苦しいお見合いじゃなくて、紹介みたいな感じだったけど」

「それで、どうだったの」

「付き合うことにしたよ」

「マジで? それって結婚を前提にってことでしょ?」

「そうだよ。一応お見合いだからね」

「でも麻里、あんなにお見合いは嫌だって散々断って来たのに、どういう心境の変化なの?」

「去年、うちお父さんが胃癌の手術をしたでしょう。その時思ったんだ。手術が成功して、元気になったら、早く孫の顔を見せてあげようって」

「そうだったんだ……」

「だから、腹を括ったよ。すぐにでも結婚して、子どもを産むべきだって」

「それって、お父さんの為に結婚して子供を産むってこと?」

「その言われ方は嫌だな。お父さんのためじゃないとは言い切れないけど……」

麻里の瞳が一瞬悲しそうになった。

「ごめん。そう言うつもりはなかったんだけど、麻里はお父さんに、早く孫の顔を見せるために結婚を急いでない?」

「もう急がなくちゃいけない歳だよ。お見合いして、良いと思う相手だから決めたんだよ。早く両親に、人並みの幸せ掴んでいるとこ見せてあげたい」

「そっか。麻里が納得しているならいいじゃん。麻里が幸せならいいよ。おめでとう」

「ありがとう」

 以前の私だったら、この結婚話には反対しただろう。 

 親の為に結婚して幸せになれる子はいないと思う。

 親は子が納得できる結婚をして、幸せになった姿を見せる事で喜ぶのではないのか。

 麻里のしようとしている結婚は、幸せを掴むこととは違う。結婚と子供を授かるだけのために、危ない橋を渡る様に見えた。大きな犠牲を被りそうで少し恐い気がした。

 しかし、麻里はお父さんに孫の顔を見せることが幸せなのだと言った。そんな人生もあるのかも知れない。父親思いの麻里なら、きっかけがどうであれ幸せな家庭を築けるのかも知れない。カトウ家に引っ越して、機能不全家庭から解放され、少し心に余裕ができた私はそう思う事にした。

「彼の写真ないの? 顔が見たいよ」

「あるよ。先週、ディズニーシーに行ってツーショット撮って来たんだ」

「ディズニーシーか……恋人たちの聖地だっけ? 写真見せて」

「これこれ」

スマホの画面に、二人のツーショット画像が表示された。男性の顔は両親受けの良さそうな、顔は十人並だが、黒髪に面長で優しそうな感じの人だった。

「優しそうだね。なんか二人ともハッピーオーラ出ていそうだよ」

「うん。出ているかも」

「このまま、すぐに結婚しちゃいそうな勢いだね」

「どうかな。……まだ具体的な話は出て無いし……」

「今年中には決まりそうじゃない?」

「さすがに、それは早過ぎだよ」

「一年以内には?」

「それはある」

「麻里もとうとう結婚か。なんか不思議な気がするけどでも、おめでとう」

「あははは。ありがとう」


 それから、私たちは買い物を楽しんだ。

「東京のデパートに行かなければ買えないメーカーの店が沢山入っているから、下宿の近くにこんなに大きなショッピングモールがあることがうらやましい。私だったら、毎日会社帰りに寄り道するのに」と麻里は言った。

 麻里は新作の服を沢山買い、私は顔用の基礎化粧品を買った。

夕食はショッピングモール内の中華のビュッフェに入った。

お腹がはち切れそうな程沢山食べた。それでも、デザートのマンゴープリンは残さず食べた。麻里と食べ過ぎだね。体重計に乗るのが恐いねと言って笑った。

「今日は凄く楽しかった。今度は彼も連れて遊びに来るよ」と言って麻里は帰って行った。


 カトウ家に帰った。今夜はお客さんが来ている様だ。

ユリさんは混乱していないだろうか……。

 茶の間の前を通ったら、襖ががらりと開いて、背が高い童顔の男の人が出て来た。

「君が下宿人さん?」

 どうやらカトウ家の息子さんらしい。茶の間には、トミオさんとスミコさんもいた。

「はじめまして、先月からこちらでお世話になっています。どうぞよろしくお願いします」と挨拶した。

「こちらこそどうも。長男の裕樹です。嫁さんの実家で暮らしています。でも君、今時よく下宿する気になったね。もしかして変わりものなの? うちの家族も充分変わっているけどね」

トミオさんが苦笑いしている。

「そうだと思います。でもカトウさんご夫妻には良くして頂いているので、こちらはとても居心地が良いです」

「あははは。やっぱり変わり者の似た者同士だ。仲良くやろうよ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「昔の俺の部屋使っているんでしょう? あの部屋、日当たりはいいから、冬は暖かくて日向ぼっこに最適だよ。でも夏は暑過ぎて、朝からクーラーかけないと熱中症になるから気をつけて」

「ありがとうございます」

「俺、今日は母さんの隣の部屋に泊まって行くから。実家ってやっぱりいいね。親父と一緒に気兼ねなく飲めるよ。嫁さんの実家でムコ殿状態も悪くないけどさ。年末も一人で帰って来ちゃおうかな」裕樹君はどうやら酔っぱらっている様だ。トミオさんもほんのり頬っぺたが赤い。スミコさんがうれしそうに笑っていた。

 息子さんはフレンドリーな方らしい。お嫁さんの実家にいると言うことだから、余り顔を合わせることはないかもしれないが、少し安心した。トミオさんもスミコさんも嬉しそうで何よりだ。

 私は、笑顔で「失礼します」と言って下宿部屋に戻った。

 

 洗面所に行ったら、ユリさんがいた。

「弟さんお帰りなんですね」と話しかけてみた。

 ユリさんは頷いた。口元が少し緩んでいた。弟の帰省はうれしいみたいだ。

「それより、あんた今日さ」とユリさんから話しかけて来た。

 私は驚いたが、平静を装って

「なんでしょう?」と言った。

「ごめん。なんでもない」と言って、ユリさんは逃げるように走って部屋に行ってしまった。

 話し掛けられたことに、驚きとうれしさを感じた。何を話したかったのか、続きがとても気になったが、今日は話し掛けてもらえたことが大きな進展だ。これ以上触れない方が良いだろうと思った。


 その後、何事もなく穏やかな日々を過ごした。

営業所では、田淵課長も藤原も相変わらずだった。私は与えられた仕事をこなした。

 カトウ家では、何度か夜中にユリさんの叫び声が聞こえたが、翌日はスミコさんもユリさんも何事もなかった様にしていたので、私からは敢えて何も聞かなかった。

 トミオさんは、シルバー人材センターに登録して植木の仕事をしているらしい。

元々植木が好きで、趣味程度にやっていたが今は後進を指導できる程になり、重宝がられているそうだ。

 だから、カトウ家にいてもあまり顔を合わせる機会がなかったらしい。

 裕樹君は東京の本社から、度々貝岸支店に出張に来るので、出張する度泊まりに来て、トミオさんと酒を飲んで盛り上がっていた。


 週末は、土曜の朝は米を炊き、スーパーの総菜とわかめスープで朝食を済ませ、コインランドリーに洗濯に行きながら、昼飯をファミレスで食べ、ショッピングモールで夕食と日曜の三食分の食材の買出しをして、本屋に寄ったり、化粧品や日用品を買い足す……そんな生活のペースが出来た。


 

 十二月三日、今日は麻里の誕生日だ。

 毎年恒例になっている、バースデーメールを送った。

 スマホのサイトから、バースデー用のメールテンプレートをダウンロードし、メッセージを入力する。

 今年は、風船とバースデーケーキのロウソクが揺れているテンプレートにした。


∨誕生日おめでとう。今年は麻里にとって、素晴らしい一年になりますように♪


メッセージを入力して、送信した。

麻里は、大抵すぐにお礼のメールを返信してくる。

今日はなかなか返信が来ない。どうしたのかと心配になったが、彼と楽しいバースデーを過ごしているのだろうと思い、気にしない事にした。

三日後、返信メールが来た。


∨メールありがとう。彼と楽しいバースデーを過ごしていました♪ 後でいろいろ報告するから、たっぷり聞いてね


やっぱり心配ない様だ。


 スミコさんから年末年始の予定を聞かれた。営業所は三十日から四日まで休暇だ。

予定を聞いてくると言う事は、実家に帰省すると思っている様だ。年末年始は、まかない食の準備がなくても下宿人がいない方がゆっくり過ごせるのだろう。

カトウ夫妻には、私が両親と絶縁したとは、話していなかった。

両親と上手く行っていないとは話していたが、絶縁したと知られたら、問題が起きた場合に連絡先や引取人がいないと思われ、下宿を追い出される可能性が高いと思ったからだ。

 年末年始に下宿部屋にいられないとなると、行き場所がなくなってしまった。

旅行に行こうかと思ったが、年末年始はどこに行っても混雑するし、宿の値段が高くなる。観光するにも極寒では楽しめないだろう。

 考えた末に、カトウ家には元実家に帰ると言って、元実家の近くのビジネスホテルに泊まる事にした。朝食付きだし、観光地ではないから年末年始でもそれほど料金は高くならない。旅行に行くより格安で済む。

 その間に、麻里に会いに行きたい。この際、食事はすべて外食でもいいか。飽きたら炊飯器と米を持ちこんで炊いてもいい。おかずはスーパーの総菜を買ってこよう。そう思いついたら、心が軽くなった。

 十二月三十一日から一月三日まで、元実家近くのビジネスホテルに予約をした。

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