新しい生活とカトウ家の娘
翌朝、携帯の二回目の目覚ましアラームの音で目が覚めた。
私は、携帯の目覚ましアラームを二分おきに三回設定している。殆ど一回目で起きられるが、今朝は、昨日の引っ越しの疲れが残っていたのか、一回目で起きられなかった。
洗面所に行って、洗顔、うがい、歯磨きを済ませ、朝食を取りに行く。茶の間にスミコさんがいた。
「おはようございます」と言うと、スミコさんはにっこり笑って
「おはようございます。朝食の準備はできていますよ」と言って、膳にのせて渡してくれた。
メニューはご飯に味噌汁、納豆、味付けのり、大根の浅漬け、生野菜サラダ、皮つきリンゴの八等分を一つとヨーグルト。私にとってはなかなかのボリュームだ。
「ありがとうございます」と言って膳を受け取り、下宿部屋で食べだ。ごはんもみそ汁も温かくておいしかった。
食事を終え、キッチンに膳を返しに行った。流しで洗おうとしたら、スミコさんが
「朝は出勤の準備で忙しいでしょうからいいわよ」と言ってくれた。お言葉に甘えることにした。
出勤の準備をして玄関に向かうと、弁当が置いてあった。スミコさんが来て
「朝はここにお弁当を置きますから、忘れずに持って行ってちょうだいね」と言った。
お礼を言って「行ってきます」と言ったら、スミコさんが
「気を付けていってらっしゃい」と笑顔で見送ってくれた。
アパートで一人暮らしだと「行ってきます」を言っても「いってらっしゃい」は言って貰えない。いってらっしゃいと言ってもらえるありがたさを感じた。初めての一人暮らしは下宿で良かったのかもしれないと思った。
勤務先の貝岸営業所に着いた。人事部鈴木部長より、入社手続きの説明を受けた。
正社員とは、派遣社員より福利厚生面が格段に良いことだと改めて思い知らされた。
派遣の時より、年次休暇が十日程少ないと思っていたら、有給休暇が十日あって気兼ねなく使えるらしい。勤続年数に合わせて有給休暇数が増えて行くそうだ。さらに、会社が提携している福利厚生施設を格安で利用できるらしい。
会社規程を一通り読み終えて、世間話になった。
「急な異動だったけど、もうこっちに住んでいるんだって? しばらくは、実家から通うのかと思っていたんだけど」
「はい。親切な不動産屋さんに下宿を紹介してもらい、なんとか転勤休暇中に引っ越しができました」
「カトウさんちに下宿しているんだって?」
「はい」
「私は、貝岸不動産のコバちゃんとカトウさんちのトミちゃんとは、古い付き合いでね。君の事は『落ち着いた子が下宿人になってくれてよかった』と言っていたよ。スミコさんも面倒見が良いから、初めての一人暮らしなら、アパートより良かったんじゃあないかな?」
この街では個人情報保護と言う言葉は何の効力も持っていないらしい。鈴木部長は、不動産屋と家主と知り合いだから、私がカトウ家に下宿していることを知っていたのだ片田舎なら仕方がないか……。でも、それが功を奏して、私は「鈴木部長の勤めている会社の社員」と言う信用を得て、数日の間に貝岸に引っ越しが出来たのだ。ありがたいと思う事にしよう。気を取り直して、話を続けた。
「カトウ夫妻はとても良い方なので、とてもありがたいです。お昼のお弁当も持たせて頂きました」
「世話好きなスミコさんらしいね」
「それでさ、トミちゃんの娘さんとは話した?」鈴木部長は突然娘さんの事を聞いて来た。
「いいえ、まだご挨拶していないのです。早めにしないと失礼になると思っているのですが、お会いする機会を逃してしまって……」
「機会はないかもしれないね。あんまり表に出てこないから」
「表に出て来ないのですか?」私は少し驚いた。
「大学生の時にアメリカに留学して、三年くらいで帰って来た。それ以来引きこもっているみたいだね。二十年近くになるんじゃないかな」
「二十年ですか?!」
「アメリカで、何かトラブルがあったみたいだよ。トミちゃんもスミコさんも触れられたくないみたいだね。だから、娘さんのことはおれたちみたいに古い付き合いの奴らでも聞けないんだよ。でも、とぎどきコンビニで見かけるし、スミコさんが旅行に連れて行ったりするみたいだから、完全に引きこもりと言うより、プータローなのかもね。あ、今はプータローって言葉は使わないのかな?」
「そうだったんですね。それなら、私からご挨拶に行ったり、カトウご夫妻に娘さんの話をしない方がいいですよね?」
「トミちゃんたちが話題にしないなら、そっとしておく方がいいんじゃないの」
「そうですよね。貴重な情報を教えて頂きありがとうございます」
「俺から聞いたと言う事は内緒だよ。トミちゃんたちには、近々町内の寄り合いで会うことになるから。娘さんの話は聞かなかったことにして、俺からよろしくって言っておいてよ」
「わかりました」
お嬢さんの紹介がなかったのは、引きこもりが原因だったのか。
とりあえず、夫妻との会話するときには、お嬢さんの話題は避けよう。深い事情があるかも知れない。
もし、お嬢さんと偶然遭遇したら、きちんと挨拶をする。無視されるのが当然くらいに構えておけば良いだろう。引きこもりなら、積極的に関わってくることはなさそうだし。
しかし、娘さんの引きこもりの話を聞いても、別段嫌だとか変な家に下宿をしてしまったとは思わなかった。
私自身も両親と絶縁したのだから、人の事を悪くは言えない。私だって荒んだ家庭で育ったのだから、引きこもりになっていた可能性がある。私が引きこもりにならなかったのは、部屋に引きこもっても、母親が罵声を浴びせ部屋から引きずり出しただろう。引きこもりになる事さえ許されない家庭だったからだ。
「アメリカ留学の時にトラブルがあった」と言う理由があるなら、荒んでいた私の元家族とは違い、カトウ家はまともだと思った。
昼休みになった。この営業所では、自分の席で各自食事をする様だ。
私も、自分の席でスミコさんの作ってくれた弁当を食べた。
野菜の煮物と生野菜のサラダ、昨夜の余り物の天ぷら、小ぶりの紅鮭とご飯、ふりかけとドレッシングも付いていた。弁当の量は、私に調度良かった。
前の営業の時にも、何度か昼食を買いにコンビニに行った事があったが、昼休みの激混みしているコンビニに行くのでは、レジの行列に並ぶだけで疲れるし、あっと言う間に時間が経ってしまい、慌ただしくなって食べた気がしなくなるから、ゆっくり食べてのんびり昼休みを過ごせる、手作り弁当は本当にありがたいと思った。
でも、スミコさんは数日前まで、見ず知らずの他人であった私を下宿人として自宅に招き入れ、到底利益があるとは思えないのに、とても親切にお弁当まで持たせてくれるのだろう……。いくら、トミオさんの知り合いの会社の社員と言う信用があっても、ここまで良くしてもらえるのは、なんだか出来すぎている気がする。これから、問題が起こらず生活できれば良いが少し心配になった。
昼休みが終わり、午後から本格的に仕事が始まった。
新しい勤務先と言っても、別の営業所にいたので仕事の内容に大きな違いはなかった。営業事務兼、経理事務だ。
難しいと思うことは殆どなかった。今までに経験した事がある物や、似た仕事をやっていたので、新たに覚えることが少ないのが幸いであった。すんなり適応できそうな気がした。
終業時間になった。この営業所では、余程忙しいことが無い限り、残業はしない様だ。「残業して無駄な人件費を掛けない様に」と上から言われているらしい。
皆、追い立てられるかの様に帰って行った。
前の営業所では、残業する事が当たり前だったのだが、郷に入ったら郷に従え。私も上司に挨拶して、帰宅した。
社員駐車場から下宿先のカトウ家に向かって車を走らせる。
途中、ドラックストアに寄った。飲料水と小腹が空いた時のおやつと、トイレットペーパーを買った。十八ロール入っているものを二袋。これをカトウ家に差し入れれば、暫くは堂々とトイレを使えるだろう。ゴミ出し用の、市の指定専用袋も買った。
まかない食のない土日用の食事として、米を買った。週末はできるだけ自炊をしたいと思った。食費の節約にもなるが、週末の二日間すべて外食とコンビニ弁当だと、飽きて来る。種類の違う弁当を食べても、みんな同じ味だと感じてしまうし、消化が良いのかすぐにお腹が減ってしまうのだ。米は最初だから、二キロ入りを買って様子を見ることにした。冬場の米とぎは水が冷たくて辛いので、無洗米にした。米櫃も必要だろう。このドラッグストアには五キロ専用の米櫃しかなかったので、大きめの蓋がしっかり締るタッパーで代用することにした。冷蔵庫に入れておけば良いだろう。
アイスも買おうかな。ときどき夕食の後、発作的にアイスが食べたくなるのだ。他にも必要だと思いつくものはみんな買った。結構な出費になったが、初めての一人暮らしなのだから仕方がないだろう。
いろいろな物を大量に買い込んで帰った。
玄関のインターホンを押す。スミコさんの声で「はい」と応答があったので
「ただいま帰りました」と言った。
玄関のカギを開ける音がした。ドアを開けるとスミコさんが
「おかえりなさい」と笑顔で迎えてくれた。安心感でいっぱいになった。
実家では、両親と上手くいっていなかったから、優しく「おかえりなさい」と言われた事がなかった。この安心感は初めての経験だった。
「お弁当ありがとうございました。とても美味しかったです」と言った。
「量は足りたかしら? 女の子だから、少なめにしたから心配だったのよ」
「調度良かったです。人事部の鈴木部長にお弁当持たせて頂いたと言ったら、スミコさんを褒めていました」
「あら、鈴木さんたら、うれしいこと言ってくれたのね」
「『今度の寄り合い、よろしくお願いします』と伝えて欲しいとの事でした」
「そうなの。ありがとう。鈴木さんにもよろしく伝えてね」
鈴木部長との約束通り余計なことは言わなかった。
「寄り道して、ドラックストアでいろいろ買い込んで来ちゃったので、車から降ろしてきますね。少しバタバタするけれど、すいません」
「気にしなくて大丈夫よ。手伝いましょうか?」
「ありがとうございます。一人で運べそうなので大丈夫です」
丁重にお断りして、買い込んだ物を玄関に運び込んだ。
そして、トイレットペーパーをスミコさんに渡す。
「トイレットペーパーを買ってきました。初日から気にせず使っていて、すいませんでした」
「そんなこと気にしていたの? 家賃代に含んでいると思ってくれていいのよ。最初から言っておけば良かったわね。気をつかわせてしまってごめんなさいね」
「そんなことないです。これで、私も遠慮せずに使えますから」
「ありがとう。それなら、今回は頂きますね。今後は気にしないでね」
やはり家賃代に含まれていたのか。これでトイレットペーパー問題解決だ。
「夕ご飯の準備はできていますから、着替えたら取りに来てちょうだいね」
「ありがとうございます」
下宿部屋に行って、部屋着に着替えた。すぐに夕食を貰いに行く。
今日のメニューは、サバの照り焼き、大根とキュウリの漬物、卯の花、きんぴら煮、ご飯、味噌汁だった。
やっぱり温かいご飯とみそ汁が用意されているのはありがたい。サバの照り焼きも卯の花も大好きだ。下宿部屋でテレビを見ながら食べた。
実家暮らしの時には、食事は母親が用意してくれた。しかし、監視する様に母親がチラチラと視線を投げかけて来て迷惑だった。母の視線が嫌で、さっとかき込む様に食事を済ませる事がほとんどで、食べた気がしなかった。
今日からは、一人でテレビを見ながらゆっくり食べられる。嬉しい限りである。
食事を終えて、夕食の膳を返しに行った。
スミコさんは、茶の間でテレビを見ていた。
「夕ご飯ごちそうさまでした。みんなおいしかったです」
「お口に合うみたいでうれしいわ。また朝用意しておきますね」
下宿部屋に歯磨きセットを取りに行って、洗面台の前に行ったら、見たことない女性と遭遇した。カトウ家の娘さんだと思った。
大柄で、細身の体。髪は肩より長い黒髪。化粧はしていないが、切れ長の目に瓜実顔の美人だった。
私は「こんばんは。昨日から下宿人としてお世話になっています。挨拶が遅れまして申し訳ありません」と挨拶をした。
女性は私の挨拶には応えず「お風呂、空いていますから」と言って走り去って行った。
私は、茫然と見送った。娘さんは、極端に人との接触を避けている様に見えた。
気を取り直して、歯磨きをした。さっさと風呂も済ませた。
後は、下宿部屋で自由に過ごせる。至福のひと時である。
実家にいるときには、仕事がさほど忙しくないのに、家にいるだけで非常に疲労を感じた。テレビを観ることすら億劫になっていた。本来なら、家は寛げる場所なのだから、この感覚が普通なのだろう。
「普通が一番幸せ」と言う言葉を実感した。私は普通ではなかったのだ。普通ではない事は前々から自覚していたのだが、普通にくつろげる事がこんなに幸せだとは思わなかった。
そんな事を考えていたら、0時を回ってしまった。明日の仕事の為に寝る事にした。
翌朝、洗顔と歯磨きを済ませ、茶の間に朝食の膳を受け取りに行った、昨日と同じようにスミコさんに「おはようございます」と挨拶をした。
「おはよう」と言って、朝食の膳を手渡してくれた。今朝のメニューは、ご飯にお味噌汁、ハムエッグ、生野菜サラダ、こんにゃくのピリ辛醤油煮、ヨーグルトだった。やっぱり私のお腹にはこれくらいの量が調度良い。スミコさんは、私の食事の量を良く分かっているので驚いてしまう。
下宿部屋で、一人で気兼ねなく食べる朝食は気分が良い。今日も良い一日になりそうだ。食事を終えて膳を返しに行った。
朝の身支度を終えて、お弁当を受け取り、スミコさんの「いってらっしゃい」の声に送られて、車に乗り込む。
実家にいた頃は、朝起きると溜息が出た。会話が無い家族関係はとても苦痛だった。母親が腫れものに触る様に「いってらっしゃい」と言う声が益々気分を下げた。スミコさんのいってらっしゃいは、下宿人へ向けたもので家族愛とは違うのはわかるが、それでもうれしい。今日一日頑張ろうと気分が上がる。
新しい営業所に異動して二日目。
同じ部署の同僚は、男性上司と女性が一人だ。
男性上司は田淵と言い、役職は課長。最近別の営業所から移動して来たばかりで、殆ど仕事をしていなかった。回覧で回って来た書類に確認の印を押す以外は、新聞を読んでいるか、インターネットの対戦ゲームで遊ぶのが日課の様だ。
女性の同僚は、藤原恵子と名乗った。小学校に通う子供がいて×イチ。初日に簡単な自己紹介をしたが、私の前に辞めてしまった人がベテランだったので、新入社員に一から仕事を教えるのが面倒だと思っていたが、元派遣社員なら教える手間が省けてうれしいと言った。それ以外には、家庭生活の愚痴を聞かされた。藤原は、母子家庭での生活に疲れきっている様に見えた。
そして、この×イチ同僚藤原は、私がカトウ家に下宿していることを知ると
「カトウ家の娘はなぜ引きこもりっているのか」「娘と話をしたのか」等、カトウ家のネタで質問攻めにした。
私は「娘さんのことは、挨拶しかしていないのでわからない」他の質問にも「まだ下宿を初めて数日しか経っていないからわからない」と答えた。藤原の様にデリカシーのない人に余計な事を話したら、たちまち営業所中どころか町内中に知れ渡るだろう。自分が×イチだから、人の家の不幸をネタにして笑いたいのだ。心が擦れている人間に良くいるタイプだ。藤原は仕事の要領は良いとは言えない、世間話好きでどちらかと言うと、行動も頭の回転もノロイ人だ。さらに、生活に疲れているからなのか腰が重い。想定外の仕事が来るとパニックになり不機嫌になる。
田淵課長と言い、藤原といい、今回は同僚に恵まれなかった。
「類は友を呼ぶ」とは言うが、私は藤原や田淵課長の様に仕事にやりがいを感じられない仲間になりたくはない。
だが、正社員として雇って貰えたのだから、上手い事この人達と仕事をしていかねばならないのだ。
×イチ同僚藤原とは、適度に距離感を取って、おしゃべりは最小限に留め、適度に煽てておけば良いだろう。だたし、煽て過ぎは良くない。あくまで、近寄り過ぎず遠からずの距離感が大事だ。私の事を、「こいつはおしゃべり仲間にならない」と思わせる事がコツだ。だが、気を使っているそぶりは忘れずにする。
田淵課長は、ほっておいて欲しいのだろう。仕事を覚える気はなさそうだ。このまま定年を迎えたい、今では珍しい窓際族なのだろう。
私は、私で与えられた仕事をしっかりこなそう。あまり余計な事はやり過ぎない。アクまで私は新入社員なのだから。
終業時間になった。藤原が「子どもを夜一人にするわけにはいかないから、歓迎会をしてあげられなくて申し訳ない」と言った。私は、会社主催の飲み会や食事会が苦手なので、ありがたい話しであった。藤原の気遣いに礼を言った。
藤原は、子供を学童保育へ預けているので迎えに行くと言って、さっさと帰った。
田淵課長は、相変わらずネットゲームで遊んでいる。
私も、「お疲れさまでした」と言って帰る事にした。
今日は、コインランドリーに行くつもりで、溜まった洗濯物を車に積んで来た。
コインランドリーは、営業所から車で五分程の距離だ。持参した四日分の洗濯物と、洗濯洗剤を一気に洗濯機に入れる。洗濯用ネットに入れた方が良い物は、予め昨夜入れておいた。洗濯代は一回四百円と言えど、お金がもったいないので、分別洗濯はしたくない。今回は色の濃いものが無いから分別しなくても大丈夫だ。四日分溜めてしまったから乾燥器は一回百円の十分では乾かないだろう。厚手モノものはないが、量が多いから完全に乾かすには四十分以上かかるかも知れない。洗濯、乾燥中は時間がかかるので、棚に置いてあったフリーペーパーを読んで時間を潰した。
実家暮らしのときには、神経質な母親は私が洗濯機を使うのを嫌がったので、洗濯の殆どを任せていたが、下着やTシャツ、スウェットなどの部屋着以外の服を洗うのを面倒くさがって嫌味をたっぷり言われたので、クリーニング店に出していた。クリーニング代がバカにならなかった。それを考えたら、コインランドリーで四日で八百円は妥当な金額だと思った。
洗濯をして服がきれいになるのはうれしい。特に、乾燥機から出したばかりの洗濯ものは、まだ温かくてそのまま畳んでしまいたくなった。
しかし、下着もあるから、人目を気にして持参した袋に詰め込んでカトウ家に向かった。
昨日と同じようにインターホンを押す。「ただいま帰りました」と言うと、スミコさんが玄関の鍵を開けてくれた。
「おかえりなさい」と笑顔で迎えてくれる。空のお弁当箱を渡しながらお礼を言った。
「夕食の準備はできているから、着替えてらっしゃい」と言ってくれた。
笑顔でのお帰りなさいと出迎えられ、夕食ができていることは本当にありがたい。これが日課になりそうでうれしかった。
今日の夕食のメニューは、コンソメスープ、野菜のソテー、豆腐ハンバーグ、ご飯、一口饅頭だ。
やっぱりスミコさんは料理が上手だ。今日のメニューもみんな美味しかった。豆腐ハンバーグとはヘルシーでうれしい。実家の母の料理の味気なさとは比べ物にならない。デザートの一口饅頭もお茶目でうれしい。
夕飯の膳を返して、歯磨きをして、洗って来た洗濯物を畳んだ。テレビを見ていたら、ドアをノックする音がして、「お風呂空きましたよ」の声がした。昨日より声にとげが無い気がした。
「はい。ありがとうございます」と答え、すぐに風呂に入った。
下宿生活のリズムができ、慣れて来た様な気がしてまたうれしくなった。それから、テレビを見ながら、本を読んだりスマホのゲームアプリで遊んだりとリラックスタイムを過ごして、0時前には寝た。