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血縁より絆 ~家族より仮族~  作者: しろゆき
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自立独立

 裕樹君が帰って来た。今回は出張帰りではなく、初めて奥さんと息子を連れて来た。

 だが、カトウ家はなんだか重い雰囲気が立ち込めていた。

 奥さんの実家に、お兄さん夫婦が二世帯住宅建て替えてを計画していて、裕樹君一家は追い出される事になったらしい。

 都内にアパートを借りることを考えたが、いろいろ探し考えた結果、カトウ家の土地に二世帯住宅に建て替えて住みたいそうだ。

 裕樹君の勤務先は東京本社だが、貝岸駅から東京までなら、朝早い電車に乗れば通えない距離ではない。何れ、貝岸支店に転属願を出そうと思っているそうだ。

 それならば、家を建てるなら、実家にしようと思うのが当然かも知れない。

 しかし、二世帯住宅となると、下宿人の部屋を用意するのは難しいだろう。

 ユリさんは、突然そんな事を言われても、こちらの事情があるからと言って反対した。トミオさんもスミコさんも少し考えさせて欲しいと言った。


 私は、とうとうこの日が、カトウ家から出て行く日が来たのだと思った。引っ越しする費用はある程度貯金してある。準備はできているのだ。私はカトウ家から出て行くことにした。

 私は、カトウ夫妻に家の建て替えに関係なく下宿を出ると申し出た。ユリさんにアパート探しの依頼をした。

 私は、アパートが見つかり次第出て行く事にした。


 カトウ家は何度かの家族会議の結果、二世帯住宅を建てることが決定した。下宿人の私がいなくなって家を建て替える問題がクリアされても、いろいろ思うことがあった様だ。

 ユリさんは当初乗り気でなかったが、最後は根負けした様で

「まったく、自分たちがデキ婚するから下宿を初めたのに、今度は『追い出されるから二世帯建てます』って、勝手だよ。末っ子長男はお気楽稼業でいいよな」とぼやいていた。

 私には、超お得物件のアパートを探しだしてやると言ってくれた。

 しかし、ここで新たな問題が出て来た。アパートの契約をするには、保証人が必要だ。私は両親と絶縁しているので、保証人になってくれる人がいない。一瞬、麻里やご両親にお願いしようと思ったが、いくら親しくしていてもお金が絡む問題はさすがにお願いできない。

 ユリさんに、保証人代行サービス会社を利用したいとお願いしてみることにした。

「アパートの保証人の件なんだけど、私は両親と絶縁したから、保証人になってくれる人がいないんだ。だから、保証人代行サービスの会社にお願いするか、保証人なしでオッケーな物件を探してもらいたいんだけど……」

「保証人代行会社は使えるけど、ちょっと待ってよ、両親と絶縁したってどういうこと?」

「虐待が凄かったから、カトウ家で下宿を始める時に、絶縁して来た。役所で分籍の手続きも済ませたから、戸籍上でも私は天涯孤独の身になっている」

「一度も実家に帰ってないの? 電話もメールもしてないの?」

「うん。してない。私は母親に虐待されて育ったから、元々親子関係が上手く行っていなかった。父親には疫病神だって言われた。年末年始は、実家の近くのビジネスホテルに泊まって、友達に会ったり友達家に泊まらせてもらって御節食べたりして過ごしてた」

「そうだったんだ。友達家族と仲良過ぎるとは思っていたんだけど、まさか両親と絶縁していたとは思わなかった。虐待があったとなると、絶縁したのは考えた末の決断だったんだろうから、あんたを責めたりしないよ。よく今まで一人でやってきたね」

「カトウ家にいると、天涯孤独の身という寂しさを忘れられた。家族ではないけど、家庭の温かさを感じられたんだ」

「うちなんかでも、そんなもん感じていたなんて、あんた本当によっぽどな家庭で育ったんだね。私も家族運は悪いと思っていたけど、もっと可哀そうな人がいたわ。おし!! 任して、あんたはちゃんと仕事していて収入も安定しているから、保証人代行の信販会社の予審は通るよ。今は親族が保証人になる物件はほとんどないんだ。緊急連絡先はうちの両親にお願いしよう。それくらいなら迷惑にならないから私からも父親に頼んでやるよ。大丈夫、最高の物件探しだしてやるよ」

「そうなの? 保証人いらないの? 緊急連絡先は心苦しいけどお願いできたらうれしいな。ありがとう」

 ユリさんは私の家族の事情を深く聞かなかった。けれど、保証人のいない家賃を滞納したら、家賃を取っぱぐれてしまうかも知れない危なっかしい存在の私に、協力してくれると言った。両親がいなくても、私自身を信用して貰えた事がうれしかった。

 ユリさんが、さっそくアパートの物件をいくつか選び出してくれた。気になるアパートが見つかると、すべて見に行った。ユリさんが一緒に付き合ってくれて、ダメだししてくれた。最終的に、小林さんとユリさんお墨付きのアパートにした。カトウ家から車で五分もかからない場所にある物件だった。一棟四室1DKの小さなアパートだ。来月から入居することにした。


 カトウ家とは、今月いっぱいで下宿の契約を解除し出て行く事にした。そもそも、契約らしい契約も、契約書も交わしていなかったのだから、すべて口約束だったのだが……。


「あの娘の母親が天に召されたんだって」ユリさんが言った。

「亡くなったの?」

「うん。弁護士からメールが来た。私と会ってから三週間はもったみたい。いろいろ手続きがあって、今やっと落ち着いたんだって」

「そうだったんだ」

「弁護士が、あの家族の担当を辞めるって」

「そうなの。なんで?」

「一区切りしたからとしか書いてなかった。面倒な客だったんじゃない?」ユリさんは笑った。

「娘さんのことは、何か書いてなかったの?」

「ドラゴンボールを見ているって。日本語は読めないから、マンガを見ているって」

「それだけ?」

「それだけ。今後、私は娘の父親から金を受け取らないことを承知して、娘とは今後一切連絡を取らない約束もしたよ。そのために弁護士が連絡してきたんだ」

「そっか。ユリさん本当にそれでいいの?」

「良いも悪いも、これで終わりだよ。寂しさも悔しさも悲しさもみんなおしまい。嫌な事はみんなアメリカに置いて来たんだから」ユリさんはまた笑った。とてもすっきりとした晴れやかな笑顔だった。

「ユリさん凄いね。自分でしっかり区切りをつけたね」

「凄くないよ。あんた頭おかしいの? 今までのプロセスを知っている人の発言とは思えないよ」ユリさんは、けらけらと笑った。

「知っているから、凄いと思うんだよ」

「あんたが凄いと思っているところは、自分で虐待の容疑晴らして、メイドと感動の再会を果たしたところだけでしょう。良いとこだけ見てくれているんだから。あんたは本当に良い奴だ。男だったら惚れちゃうよ」

「男前な人が男だったらって言っている。おもしろーい」

「なんだよー。せっかく褒めてやったのにー さっきの言葉撤回する!!」

二人でゲラゲラ笑った。

「どう考えても、ユリさんは虐待するタイプじゃないよね」

「どうしてそう思うの?」

「たぶん、育児ストレスが溜まっても子供に当たるんじゃなくて、自分を責めて体を壊すタイプだと思う。それか、やけ食いして十キロくらい太るか。私が母親に虐待されていたから、わかるよ」

「やけ食いね。どうかね。一才半まで娘には一度も虐待はしなかったな。育児ストレスは殆どなかった。メイドがいたからだけど」

「メイドさんがいなくても、やらないと思うよ」

「でも、私は二十年近く虐待の容疑をかけられ、あんたは二十年近く前まで虐待されていた。なんか変な組み合わせだね」

「そうだね。これからは、虐待に関わることとは無縁な生活をしたいな」

「もうしているよ。私らは虐待という言葉とは無縁だ」

「うん」

 ユリさんは。私が子どもの頃に虐待されていたと思っているが、それは違う。私が虐待されていたのは、カトウ家に来る直前までだ。大人になっても、両親から物を扱う様にされていたのだ。

 だが、それをユリさんに言おうとは思わなかった。真実を語ることが良いとは限らない。

 私と両親の関係は終わっているのだから、もうどうでも良いことなのだ。


「ねえ、一緒にハワイに行かない?」と突然ユリさんが言った。

「ハワイ? 私行ったことが無いから行ってみたい。けれど、急にどうしたの?」

「娘の一才の誕生日祝に、娘の父親とメイドと四人で行ったんだ」

「家族旅行で?」

「今となっては、偽装家族だったけどね」ユリさんはアハハハと笑って言った。

「メイドの出身地だったから、ガイド役にもなってくれて、凄く楽しい思い出になったんだ。だけど、その後、すぐにあの騒動が始まったから思い出すのが辛かった。でも、もう辛いことが終わったから、今度はハワイに本当の楽しい思い出を作りに行きたいんだ」

「うん。行こうよ。私もハワイで楽しい思い出作りたい」

ユリさんがとびきりの笑顔で頷いた。

「でも、私は海外旅行初めてだし、英語話せないから通訳よろしく。今から英語勉強するつもりはないから。ハローとイエスとノーだけで乗り切るつもりだから」

「あのねえ、毎年ハワイに日本人がどれだけ観光に行っていると思っているの? 日本語で充分通じるよ。スマホに翻訳アプリもあるでしょう。どうしても通じないところだけは助けてやってもいいけどね」

「日本語が通じるんだね。言葉が通じないと楽しめないのかと思ったからちょっと心配だった。引っ越しが落ち着いたら、次の長期連休に行こうか」

「それはちょっと早過ぎるかな。なるべく先にしよう。じっくり計画するところから楽しみたい」

「わかった。時期は任せるよ」

ハワイ旅行は、当分先になるだろう。でも、ユリさんとの旅行は今からとても楽しみだ。

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