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血縁より絆 ~家族より仮族~  作者: しろゆき
20/23

決断

 すべて話し終えた後、ユリさんは疲れた顔で笑った。

「やっと、虐待の無実を証明できたよ。期待していた感動の再会にはならなかったけど、私なりのケリをつけて来た。大仕事をやり遂げたよ」

「本当に大仕事だったね。よくやったよ。お疲れ様」

「うん。正直すごく疲れたよ。暫く休みたい」

「ゆっくり休んで。……でも、娘さんが生まれてから一歳半までは、ユリさんが育てたんだよね?」

「そうだよ。メイドが手伝ってくれたから、私一人で育てたわけじゃないけど」

「産まれてから、一歳半までの期間は、初めて笑ったり、歯が生えたり、立ち上がったり、歩いたり、人生の初めての体験をする貴重な時期だよね。だからユリさんは、娘さんの人生で一番大切な初めて体験記を知っている唯一の母親だよ。単なる生みの親と言う括りとは違うし、ユリさんだけが娘さんの本当の母親だよ。いつか、娘さんもわかる時が来るんじゃないかな」

 ユリさんは、目が赤くなっていた。でも、泣くまいと堪えている様だった。

「違うよ。もうそういう期待も、希望もすべて捨てることにした。私はあの娘の人生には踏み込まない。娘は私を母親として受け入れないよ。あの金の亡者家族に関わっても、良い事はない。娘に会って、アメリカですべて終わりにする決心ができた。養母との絆があるから、私の存在は『大切なママを苦しめた父親の浮気相手』にしかならない。娘の幸せのために、私の存在は必要ないんだ。私がどんなにあの娘と親子の絆が欲しいと思っても、どうしたって離れていた歳月は埋められないから、もう手が届かない。諦めるべきだとわかったよ」

「ユリさんは、本当にそれでいいの」

「良いか悪いかはわからない。けれど、これが最善の選択だと思う。浮気相手の子供を実の娘と同じ様に育てたんだから、あの人があの娘の母親なんだよ。それにあの娘が、『私のママは私を育ててくれたママだけ』の言い方が、娘の父親が『妻の元へ戻る』の言い方そっくりだった。だから、私は二度あの親子に言葉で突き放されたんだ。あの娘はあの夫婦の子なんだよ」

 ユリさんは、私の目をしっかりと見て言った

「だから、私はあの娘の母親ではない。私はもう、あの家族には関わらない。この問題は終わりにする。私は、新しい人生を歩むんだ」

「ユリさんがそう決めたのだから、それで良いと思う」と私は言った。

ユリさんは大きく頷いた。

「最後まで、娘を名前で呼べなかった……」

「エミちゃんだっけ?」

「うん。エミ。日本でもアメリカでも違和感がない名前を選んだんだ。でも意味無かったよ」ユリさんは力なく笑った。

「いろいろ助けてくれてありがとう。あんたがいなかったら、ここまで決断してケリを付けて来られなかったかも知れない。私は、ずっとこの問題を引きずったままだったかも知れない」

「それはないよ。みんなユリさんが決めて、準備してしっかりやったんだよ」

「あんたがいてくれたから、私は強くなれた。人は一人では何もできないもんだよ。あんたがいてくれて本当によかった。ありがとう。いろいろ世話になったよ。あんまり良い報告じゃなくて申し訳ない」

「私なんかで役に立てたなら、凄くうれしいよ。話してくれてありがとう。これからも、私は側にいるから」

 ユリさんは、少し寂しそうに笑って部屋に帰った。

 

 先日裕樹君が言っていた「私とユリさんが似ている」と言っていたことを思い出した。

 私とユリさんの似ているところは「血縁である家族との絆を諦められることを決断した所ではないか」と思った。

 寂しいけれど、最良の選択をしなければない強さを持っているのだ。

やはり二人は似ているのだ。


 次の日から、ユリさんは寝込んだ。

 スミコさんが心配そうにしているが、上手くコミュニケーションが取れていなくて、ユリさんは食事もとっていないらしい。

 私は、ユリさんの部屋に様子を見に行った。

 ユリさんは、ベッドに横になっていたが、眠ってはいなかった。

「調子が悪いんだって?」

「完全に胃をやられてる。胃から熱が出てる感じ」

「食事は食べられないの?」

「食欲はあるけど、食べると胃が消化するのに熱持って体温が上がるから食べたくない」

「体温はどれくらい?」

「三十七度五分あたりを行ったり来たり」

「微熱だけど、辛いね。薬は飲んだ?」

「胃をやられているから、解熱剤飲んでも余計胃に負担が掛かるだけだよ」

「冷えピタシート貼ると少し楽になるかな?」

「冷えピタ? おでこに貼るやつ? どうかね」

「買ってこようか? 他に欲しいものない?」

「冷えピタ貼ってみたい。買出しをお願いするよ。下宿人を小間使いみたいに使って申し訳ない」

「困ったときは、助け合いだよ」

「じゃ遠慮なしにお願いする。冷えピタと、あとバナームのミルクレープが食べたい」

「バナーム?」

「あんた、バナーム知らないの?」

「知らない。ミルクレープと言うとケーキ屋さんかな?」

「かなめ町の有名なケーキ屋だよ。この街に住んでいて、あの店のミルクレープを知らないなんて、可哀そうな人だ」ユリさんは呆れ顔で言った。

 

 私は、スミコさんに報告をして、ドラッグストアに冷えピタシートを買いに行った。十六枚入り三百九十八円。三箱買った。

 薬は飲みたくなさそうたが、自己治癒力だけだと回復するまでに時間がかかるだろう。

 胃腸薬の棚を見て回った。どれが効くのかわからない。神経的な発熱だと思うから、普通の胃腸を飲んでも効果はないのかも知れない。

 薬剤師から話しかけられた「胃腸薬をお探しですか?」

 私は適当に言い訳をした「家族が海外出張から帰って来て、胃の調子を悪くして微熱が出ているんです。たぶん、疲労のせいだと思うのですが……」

「熱はどれくらいですか?」

「三十七度五分くらいです」

「それなら、漢方薬はどうかしら」

 私は、薬剤師の勧められた神経症の胃炎に効く漢方薬を三箱、十二日分買った。


 バナームはすぐにわかった。コインランドリーのすぐ近くだった。ミルクレープを四つ買って帰った。

 カトウ家に着いて、ユリさんに冷えピタシートと漢方薬とケーキの箱を渡した。

「あんた、いくらなんでも買い過ぎだよ。冷えピタ体中に貼るわけじゃないから四十八枚もいらないよ」

「だって、いっぱいあると安心しない?」

「限度があるでしょう。世の中、ダンシャリとかお片づけとか、必要な物しか持たない主義が流行っているのに」

「私はダンシャリ嫌い。必要な物しかない生活って、心が貧しくなる。お片づけをしても、ときめいたり、魔法にかかるお年頃じゃないもん」

「わかったよ。でも、遠くの親戚より近くの他人とは言うけれど、私の場合は、近くの両親より隣の下宿人だわ。ありがとう。うれしいよ」少しだけユリさんの目が潤んだ気がした。

 額と首の裏側に冷えピタシートを貼ってあげたら、少し楽になったと言った。

 キッチンからお皿とフォークを借りて来て、ユリさんの部屋で一緒にミルクレープを一つずつ食べた。

 ユリさんはその後、漢方薬を飲んだ。苦いらしい。飲み終えた後、渋い顔をした。少し眠りたいと言った。

 私は、ケーキと皿とフォークを持って部屋をから出た。

 スミコさんに冷えピタシートを貼って、漢方薬を飲んでこれから寝る様だと報告したら、少し安堵した様子だった。

 スミコさん曰く、バナームのミルクレープはユリさんの子供の頃からのお気に入りらしい。ミルクレープの残り二つは、トミオさんとスミコさんが食べた。

 漢方薬が効いたのか、冷えピタシートのお陰なのか、それともミルクレープとの相乗効果なのか、ユリさんは少しずつ良くなって行った。


 二週間後、ユリさんは寝込んでいた事が嘘だったかの様に、貝岸不動産の仕事に復帰して精力的に働いた。書類整理の仕事だけではなく、電話対応や接客も始めた。

 小林さんも、ユリさんが精力的に仕事を始めた事で以前より溌剌としている様に見えた。ユリさんと話している時の小林さんは、まるで後継ぎの息子と仕事をしている様にうれしそうだった。

 そして、ユリさんは得意の語学を生かして、貝岸市内にある外資系の大手企業より海外出張社員の為のウイークリーマンションの大口の顧客との契約を取り付けた。

 ユリさんは小林さんに努力を認められ、来月から正社員に昇格することになった。

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