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血縁より絆 ~家族より仮族~  作者: しろゆき
15/23

再び婚約

 三月末の春の日差しがやっと届く様になった頃、麻里に新しい彼氏が出来た。

 相手は、私も良く知っている高校の同級生の三田君だった。

 三田君は、麻里の会社の取引先に勤めていて、以前から麻里を狙っていた。

 三田君の性格は、周りを気にして、自分のやりたい事を遠慮するいわゆる良い人タイプだ。世の中の悪い事を知らない子供の様な顔をしている。

 麻里は以前「良い人過ぎて、優柔不断で頼りなさそうで好きではない」と言っていたのだが、なぜか今回はご縁が繋がったらしい。

 既に双方の両親の公認で、結婚の話も出ていると言った。お互いの家族を良く知っているので安心して付き合えるのだと言う。

 三田君も、彼の両親も麻里が婚約破棄に合った事を知っていた。

 だから、傷を隠す事なく自然体でいられるらしい。麻里は今度こそ本当の幸せを掴めそうだと言った。

 三田君は、来年の春から仙台支社に転勤する予定だそうだ。麻里はこれを気に結婚して一緒について行くと決めたらしい。

「これから一年間は、結婚と引っ越しに向けての準備期間になって忙しくなる」と麻里は弾むような声で言った。

「寺に奉納した旗のご利益があったんだね」と言ったら、麻里は「そうだね」と言って笑った。


 私は、麻里と三田君に会いに行った。トレビキッチンでランチの待ち合わせをした。

 また急な結婚話しなので、森下のときの事を思い出し少し不安になっていたのだが、三田君は麻里の言う通り、少し頼りなさそうだが高校生の頃と変わらず、良い人のままだった。

 三田君は、麻里と結婚できる事がとてもうれしいらしく

「十年越しで、麻里ちゃんがやっと僕の事を好きになってくれた」と言って

「麻里ちゃんが……麻里ちゃんが……」と恋する乙女の様なキラキラ輝く目をして麻里の自慢話をしていた。長い付き合いの私は全て知っていることだったのだが……。

 三田君は、麻里の事を十年越しで好きだったのだから、浮気の心配はいらないのだろうか。恋愛が実った事で浮かれている様で、現実が見えているのか心配になっ だが、いざ結婚の話しになると、顔つきがガラリと変わって、いつ頃何人子供が欲しくて、家を買うためのローンの組み方は……子供を大学に行かせるために学資保険は……などの具体的な話をした。

 意外に、先々の事までしっかり考えているらしい。人は見かけによらないみたいだ。少しだけ安心した。

 それから、高校の思い出話をした。

 しかし、私は高校生の頃から友達は麻里しかいなくて、三田君と共通の話題が少なかった。

 麻里と三田君と二人で話しが盛り上がり、私は聞き役になった。

 三田君と会って、わかった事があった。

 私は友達が麻里しかいないが、麻里は昔から人付き合いが上手で、今でも小学校から大学の友達まで幅広く付き合いがある。どうやら、三田君も同じタイプらしい。だから、二人の気が合ったのだろう。

 私は、麻里と三田君と一緒にいると、自分だけ違う世界にいる気がした。

 二人はそんなこと全然感じていないらしく、幸せそうに話をしている。私も二人の調子に合わせて、楽しそうな素振りを見せていたら、少しだけ疲れた。

十五時を過ぎた。二人ともまだ話し足りなそうなので、私は「そろそろ場所を変えようか」と言ったら、麻里が「今日も、お母さんが夕食の準備をして待っているから家に行こう」と言った。三田君も行きたいと言って、三人で麻里の家に行った。


 三田君は、麻里の家にすっかり馴染んでいて、既にムコ殿状態だった。

 麻里の両親と、五人で夕食を食べた。話題は当然、結婚の話しだった。

 麻里が、私が森下に止めを刺した話をしたら、三田君は

「俺は絶対浮気はしませんから」と言って震え上がった。

 私は、三田君の前で森下の話しをしたら、どんなに三田君が良い人でも気を悪くするのではないかと思ったら、そうでもなかった。麻里の家族と三田君の間では、森下の存在が笑い話になっていた。

麻里も、両親も森下の事を心の中で浄化したのだ。あれ程傷つけられたのに……。


 ちなみに森下は麻里と別れた後、キャバクラの女の子とは二カ月で破局したそうだ。その後、体調が思わしくなく仕事を休職していたが、去年の夏に鶴谷産業を退職したとの事だった。


 もし、私が麻里の立場だったら、どうするだろう……。

 森下を一生恨み続ける事はないと思うが、忘れる事はできない。心の中に傷つけられた自分の墓を建て、時々思い出して墓参りをするだろう。傷が癒えるまで墓参りを続けると思う。

 麻里も、麻里の両親もそんな事をしなくても、浄化できたのだから凄い。きっと、家族の絆が傷を癒したに違いない。

 麻里のお父さんが大笑いしながら「もし、三田君が森下みたいな事をしたら、俺も承知しない」と言った。

 私も「私の止め刺しより、お父さんが森下を『殺してしまうかもしれない』と怒鳴った方がよっぽど怖かった」と言ったら、三田君は更に震え上がった。

「悪い事をしなければ、誰も怒らないから大丈夫だ」とお父さんが言いながら笑った。三田君は、少し安心した表情をした。みんなで大笑いした。

 私は、今度こそ友人代表祝辞の役目を仰せつかった。

 しかし、麻里も三田君も友達が多くて、高校の同級生同士だから、ブライダルパーティーはちょっとした同窓会状態になるだろう。私は、二人以外に連絡を取れる様な友達がいない。一人だけ浮いた存在になりそうだ。友人代表の役目は重荷だと感じた。

 夕食を食べ終えた。麻里が「せっかく来たのだから泊まって行って」と言ってくれたが、私は「今日は、お泊りの準備をして来なかったから」と言って、カトウ家に帰る事にした。

 三田君も、さすがにお泊りは気が引けるらしい。私より先に帰って行った。


 帰り道、車を運転しながら思った。

 今日、麻里の家に行ってトレビキッチンで感じた時と同じ様に、今までとは違う物を感じ取った。

 三田君はすでに麻里の家族と絆を作り、新たな家族関係ができた。そうすることによって、今まで感じていた麻里の家とは違うものを感じ取った。それは、新しい家族が増えて行くと言う幸福だ。

 私は、自分自身がこの幸福を成し遂げるレベルにいない事を、かなり前から承知していたが、麻里が幸福を手に入れた事で、麻里や麻里の両親と大きく距離が出来たと思った。

 麻里に、幸せになって欲しいと思う気持ちは以前とかわらないのだが、麻里が結婚することにより、私とは更に違う世界に行ってしまった様な気がした。

この違う世界のことを、世の中では〝まとも〟と言う良い方をするのだろう。

 私は、自分が〝まとも〟な人間であるとは思っていなかった。

 しかし、〝まとも〟な家族と長い時間一緒にいることで、改めて自分は〝まとも〟ではないと思い知らされ、惨めで辛い思いをすることを実感した。

 だから、今後麻里の家に泊めてもらうのは、精神的に無理だと思った。

 でも、それで良いのだ。麻里はこれから結婚式と引っ越しの準備で忙しくなるの だから、調度良い。すぐに、子供に恵まれ、麻里の両親も巻き込んで大忙しになるだろう。

 私とは、段々疎遠になって行く。違う世界に生きている物同士はそうなる運命なのだろう。

 私が〝まとも〟でない原因は、両親との絆のない家庭で育ち、虐待を受けたからだ。

 虐待を受けて育っても、〝まとも〟になれる事は可能だと思う。

 そのためには、しっかりと虐待で受けた心の傷を治さねばならない。虐待に限らず、心の傷の治し方は人それぞれだろう。

 私の場合は、心の中に傷つけられた自分の墓を造り、その時の痛みを葬る事で傷を癒し直す事ができる。完全に葬るためには、ときどき思い出して、墓参りをして徐々に痛みが消えて行くのだ。

 しかし、私は母親に虐待された『心の傷の墓』を建てられていない。

なぜ、墓を建てられないのか……。

 私にとって、虐待された心の傷の墓参りをすることは、虐待された事を思い出し、また虐待と同じ苦しみや痛みを味わう事になる。それはかなり辛いことだ。できれば二度と味わいたくない。

 だから、私は未だに母親に虐待された心の傷の墓を建てられない。私は虐待をされた心の傷が癒えず、〝まとも〟な世界に入れずにいるのだ。

〝まとも〟ではない世界に一人でいることは、とても孤独だ。

だが、私はこの世界で孤独に生きて行く事しかできない。

 私は生まれた時からこの孤独な環境しか知らないのだから、他の世界を感じ取ると違和感がするのだ。とてもさみしいが、仕方がない。孤独に耐えられる様に生きて行かねばならないのだ。

 しかし、カトウ家は〝まとも〟とは少し違う臭いがする。私の居場所はカトウ家だ。

 だから、ある程度のプライバシーが尊重される、カトウ家の下宿部屋が一番居心地が良いと思うのだ。

 

 その後、麻里から、通信アプリで結婚の準備の話しが逐一報告された。とてもうれしそうだった。

 最初は適当に相槌をうちながら、麻里のテンションに合わせていたのだが、段々話しを聞くのが苦痛になった。そんな自分が嫌になったが、親友の幸せなのだから、麻里の納得するリアクションをしようとして頑張った。

 だが、やはり限界が来てしまった。三回に一回は、麻里からの通信アプリに出ない様になってしまった。

 それでも麻里は、私の気持ちには気づいていないらしく、気にせず連絡をくれて、楽しそうに報告をしていた。ますます、麻里との距離を感じた。

 しかし、悪いのは麻里ではない。問題は、〝まとも〟な世界に存在できない私なのだ。

 こんな私に信頼できる親友として、連絡を貰える事はありがたく思わねばならない。

「大切な親友の結婚なのだから、〝まとも〟ではなくてもお祝はできるはすだ」と自分に言い聞かせ、前よりも積極的に麻里の話しを聞く様にした。

 私がとても疲れていることは、自分でも気づいていないフリをして……。

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