見舞いのち回復
翌週の土曜日の早朝、私はまた病院に行った。麻里はパジャマの上にフリースを着て、ベッドに座っていた。
木曜の夜から、お母さんの夜の付き添いはなく一人でいるらしい。一人でいる方が、気が楽だと言った。事故の怪我は、打ち身だけで悪いところがないのは自分でわかるから、病院にいるのが退屈になって来た様だ。
お母さんが病室に来た。私に「毎週来て貰って申し訳ない」と言った。
「そんなことはないです。私が麻里に会いたいのです」と私は言った。
お母さんは、力なくほほ笑んでくれた。
麻里は、時々ベッドに横になったが眠る事はなかった。
お母さんと三人で、いつもより三倍程ゆっくりなテンポで他愛もない話しをして過ごした。
夕方、お父さんも病室に来た。改めてお礼を言われたが「私が麻里に会いたいから来ています」とお母さんに言ったことと同じ事を言った。
お父さんは満足そうに笑ってくれた。その笑顔を見て、麻里がうれしそうな顔をした。久しぶりに麻里のうれしそうな顔を見た。
私は、今日もピクサルホテルに泊まり、明日も麻里と一緒にいることにした。
翌朝、病院に行くと、麻里は起きて私を待っていた。昨日より顔色が良かった。話すテンポも段々いつもの調子に戻って来た。少しずつ元気を取り戻す麻里を見て、うれしくなったが、心の傷はどの程度癒えているかはわかなかった。時折、ボーとして何かを考え込んでいる姿を見ると、心配でたまらなくなった。
次の木曜日、麻里は退院した。
私は、土曜日に麻里の自宅に行った。
麻里はすっかり元気になっていて、ベッドに横にならず、普段通りに生活していた。
麻里は、森下の事を自分で区切りをつけていた。
見合いで知り合った関係で、早く結婚し子供が欲しかっただけで、その相手が偶然森下だった。どうしても好きで結婚したかったのではないから、森下には思った程未練はないのだと言った。
それよりも、悲しい思いをさせてしまった両親に申し訳ないと言った。
「今日はうちに泊まってね」とお母さんに言われ、お言葉に甘えて泊めてもらう事にした。
夕食は、麻里の両親と四人で頂いた。
「私は、百歳まで生きるから、結婚と孫のことは急がなくて良い。それより、麻里が自分でふさわしいと思う相手を、しっかり見つけて欲しい。麻里の幸せが私の幸せだ」と麻里のお父さんが言った。
「心配かけてごめんなさい。ありがとう」と麻里が言って泣いた。お母さんと私も泣いた。
家族を思いやる絆を感じた。こんなに素敵な両親がいる麻里が、またうらやましくなった。
家族の絆は、心の癒し、病気の治癒、すべてに効果があるのだ。どんな薬よりも効くのだ。寿命を延ばす効果もあるかも知れないから、麻里のお父さんは本当に百歳まで生きそうな気がした。
麻里の家にお泊りは、大学生の時以来だった。夜遅くまで話したかったが、退院したばかりなので、夜はしっかり眠った。
次の水曜日から麻里は職場に復帰した。
元々、森下との見合い話は、麻里の職場の上司の紹介だったので、上司から申し訳ないと平謝りされたそうだ。
そして、上司は森下のことがどうしても許せないから、森下の家に乗り込んで行き、森下の両親を怒鳴りつけたらしい。
最初は、森下の両親はひたすら謝っていたが、最後は「息子が決めた事だから、息子の意志を尊重する」と言った。上司は益々怒って、森下の両親と大ゲンカになったそうだ。
麻里が「もう森下に未練はないから私のことで揉めないで欲しい」と言って、なんとか収まった。
腫れものに触る様に扱われるよりましだが、さすがに参ったと言った。
麻里とはその後も通信アプリでずっと連絡し合った。
今週末は、麻里に会いに行かないことにした。麻里が「いつまでも甘えてばかりいられないから自宅で両親とゆっくり過ごす」と言ったのだ。私も同意した。
やっと、いつも通りの週末になった。
土曜の朝は、米を炊き、スーパーの総菜とわかめスープで朝食を取り、コインランドリーに行ってファミレスで昼食を済ませ、その足で夕食と日曜の食材を買出しに行った。
夜は、テレビを観てゴロゴロリラックスタイムを満喫した。
日曜日には、久しぶりに部屋を掃除した。年末から一度も掃除をしていなかったので、かなり埃がたまっていて、この埃と塵だらけの部屋で生活していたのかと思ったら、ぞっとした。
藤原の子供がインフルエンザに掛かった。
看病をしていた藤原も、家族内感染でうつり、二週間以上仕事を休んだ。私はその間、二人分の仕事をする羽目になった。
沢山残業したので、次の給料日が楽しみだ。
藤原のインフルエンザからの復帰をきっかけに、営業所内は、インフルエンザの流行に乗ってしまった。田淵課長にもうつった。下宿人の私がうつってしまったら、カトウ家に迷惑がかかるので、気が気ではなかったのだが、なんとかうつらずに済んだ。
でも、インフルエンザを持ちこんだ藤原の一番近くにいたのは私なのに、なぜかうつらずにに済んだのか不思議な気がした。




