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血縁より絆 ~家族より仮族~  作者: しろゆき
12/23

対決

 翌朝、まだ暗い内にカトウ家を出て、麻里の入院している病院にお見舞いに行った。麻里は眠っていた。電話で聞いた通り、目立った怪我はなさそうだ。

 病室には、麻里のお父さんとお母さんがいた。二人とも心労のためか顔色が悪かった。お母さんは、事故当日から泊まり込みで看病しているらしい。

 「今日は私が麻里のそばにいますから、お父さんとお母さんは自宅に帰ってゆっくり休んでください。お疲れですよね」と私は言った、

「お母さんは、そうさせてもらいなさい。私は夜休んだから大丈夫だよ」と麻里のお父さんが言った。

「また今夜付き添うから、家で一休みさせてもらいます」とお母さんが言って自宅に帰っていった。

 一時間後、麻里が目を覚ました。

 麻里は私を見て「二人で話しをしたい」と言った。

 お父さんは少し考えてから

 「私は、家に帰って休ませてもらうから、二人でゆっくり話をしなさい。でも絶対に無理はしない様に。夕方、お母さんとまた来るから」と言って病室を出て行った。


「事故っちゃったよ。バカみたいに車で転がっちゃった」と麻里は無理やり元気そうに言った。

「あの緩やかなカーブで?」と私は言った。

麻里は泣きだした。

「無理に話さなくてもいいよ。泣けるなら泣いた方がいい」と私は言った。

麻里はしばらく泣いて、静かに話し出した。


 森下から呼び出しがあり、結婚の話しは無かったことにして欲しいと言われた。

 森下は「申し訳ないが、他に好きな人が出来た。彼女と結婚したい」と言った。

 相手は、キャバクラに勤務する若い女の子らしい。

 麻里にプロポーズをした後、上司の高橋部長に結婚の報告に行ったら

「独身のうちに羽目を外しておけ」と言ってキャバクラで祝ってくれた。そのとき隣で接客してくれた女の子が好きになってしまったのだそうだ。

「彼女が、自分以外の好きでもない男に接客している姿を想像すると堪えられない。彼女をキャバクラから救い上げたい。彼女を幸せにできるのは、自分しかいない」と森下は言った。

 元旦に草津温泉に一緒に行った相手は、その彼女だった。もちろんその時に体も深い関係になったそうだ。

 麻里はショックのあまり、その後何を話したか、どうやって家まで帰って来たか記憶がない。

 その日の夜、一晩一日泣いて過ごした。

 両親には、翌日の夜に話した。二人ともかなりショックを受けていた。

 結婚して子供を産み、早く安心させてあげたいと言うことだったのに、逆に両親を悲しませる事になってしまった。

 両親の悲しそうな顔を見て、麻里はさらにショックを受けた。

 仕事には無理に行ったが、頭痛がする。痛みに耐えられなくなって、頭痛薬を飲んだが効かない。時間を空けずにもう一錠飲んだ。少し楽になった。翌日も、頭痛は治らなかったが、仕事には行った。何かしていないと、思い出してしまい辛かったのだそうだ。

 翌日の朝も頭痛は治らなかった。頭痛薬を2錠飲んだが効きかなかった。もう一錠飲んだ。やっと効いて来た。

 しかし、薬の副作用なのか、頭がボーっとする。

 次の朝も頭痛が治まらなかったので、頭痛薬を3錠飲んで家を出た。

そして通勤途中で、事故を起こしてしまった。

 事故の記憶は全くないそうだ。気が付いたら病院のベッドに寝かされていたらしい。

 車が横倒しになったから、頭を打っている可能性があるので、脳の検査を沢山やった。事故より、検査に疲れてしまったと言った。

 話し終えたら、麻里は「疲れた少し眠りたい。眠りにつくまで、手を握っていて欲しい」と言った。私は、麻里が眠っても手を握り続けた。

 

 麻里が目を覚ました。話を聞いて貰えて少し落ち着いて眠れたと言った。

 それから、二人とも何も話さずにいた。麻里と一緒に同じ時を過ごす事で、麻里の傷ついた心を優しくなで、手当てをしている気分になった。できるだけ麻里のそばにいよう思った。

 夕方、麻里の両親が病室に戻って来た。「今夜は一晩私が付き添います」と言ったら、お父さんが「そこまでしてもらっては申し訳ない」と言った。

 だが、麻里は私に「明日一日、そばにいて欲しい」と言った。

 話し合いの末、夜は麻里のお母さんが付き添い、私は明日一日麻里のそばにいることにした。

 今夜は、ピクサルホテルに泊まることにした。ダメ元で当日宿泊の電話をしたら、土曜の夜なのに、空室があった。

 麻里は「明日できるだけ早く来てほしい」と言った。

私は早起きして来ると約束をして、ピクサルホテルに向かった。

 スミコさんに電話をして、事情を説明し明日の夜帰ると言った。とても心配そうだったが、頑張るようにと励ましの言葉を掛けてくれた。


 翌日、朝七時に病室に着いた。麻里のお母さんが自宅に帰った。交代でお父さんが来た。三人で何も話さず病室にいた。麻里は手を握っていて欲しいと言った。時々うとうと寝ることもあった。

 昼過ぎ、森下と森下の両親が見舞いに来た。森下は、すべて自分のせいだと言って詫びた。見舞い金を差し出した。

 麻里のお父さんが見舞金の袋を奪い取り、床に叩きつけた。

「娘を傷つけた奴を私は許せない。娘のためなら、俺はなんだってできる。君を見ていると憎くて殺してしまうかもしれない。帰ってくれ二度と顔を見たくない!!」と怒鳴った。

 森下と、森下の両親が頭を下げて病室から出て行った。

 麻里も、麻里のお父さんも泣いていた。私は、見舞金の袋を拾って、そっと病室から出た。

 長い廊下を走って、森下を追いかけた。森下に追いつき、呼び止めた。森下の両親は逃げるように去って行った。

拾った見舞袋を差し出し「お金は受け取れません。これは、キャバクラの女の子と遊ぶために使ってください。一回Hをやらせてもらうお金には足らないと思いますが」私は嫌味をたっぷり込めて言った。

 森下は、渋々見舞袋を受け取り

「麻里には本当に悪いことをしたと思っている」と言った。

「思っているだけでは済まないですよ。あなたは極悪人。婚約破棄の罪になりますよね」と言ったら、森下は深いため息をついた。

「でも、君の推理というか、想像には驚いた。殆ど当たりだったよ」と言った。

「私は、探偵ではないのでうれしくないです。親友が傷つけられたところを推理するのは、私も心がボロボロになり辛かった」と、森下を睨みながら言った。

「麻里には最強の用心棒がいたんだね」森下は力なく言った。

 私は、この男が心底憎くなり

「この話は、棚瀬産業の社長に報告しておきますね」と言った。

「それは……ちょっと待ってくれ」森下はかなり慌てた。

「ネタに使われた以上、棚瀬産業には知る権利があります」

森下は頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「キャバクラは、疑似恋愛を楽しむ場所ではありませんか? あなたの好きな女性には、あなたと同じ様な関係のお客様が沢山いるかもしれませんね」

 森下は頭を抱えたままだ。

「水商売はとても厳しい世界だと聞いています。厳しい世界の人を、あなたの様な見え透いた嘘を平気でつく人間に、救い出せる力があるとは思えません」

 森下は、頭を抱えたままうめき声をあげた。

「これからは、麻里と麻里の両親に辛い思いをさせた罪を背負って生きてください。罪人は幸せにはなれませんよね。さよなら、不幸な人」

 私は、森下を置き去りにして病室に戻った。

 私が、棚瀬産業の社長に森下の事を連絡することはない。

棚瀬産業の社長は、たかが一年半程度勤めていた派遣社員のことなど、忘れている可能性が高い。

 そもそも、私は棚瀬産業のカウントダウンパーティーに強制参加させられて、男の人たちが酔っぱらい、下ネタ三昧で盛り上がる姿を見て気分が悪くなり、それから、酒の席が嫌いになったのだ。


 病室に戻ると、麻里のお父さんが「君が、あいつの悪行を暴いてくれたんだって?」と言った。

「暴いたというか、偶然派遣先の会社の話だったから知っていただけです。でも、言うべきじゃなかったかなと思って後悔しています……」

「どうしてかな?」

「私が言わなければ、麻里は事故を起こさずに済んだと思って……」

「それは違うよ。遅かれ早かれ麻里はあいつの悪行を知る事になったと思うし、むしろ早くわかって良かったよ。事故を起こしたのは君のせいではないよ」

「……」

「さっきも、あいつと話していたよね? あいつ、止めを刺されたって感じだったけど何を話していたのかな?」

病室の窓から、廊下は丸見えだった。私と森下のやり取りを見られていたのだ。

 私は、森下に話したことを手短に話した。

 話し終えても、麻里は何も言わなかった。

 お父さんが言った「君があいつを懲らしめてくれたんだね。ありがとう。麻里に君の様な良い友達がいてうれしいよ。でもね、あいつがもっと悪い奴だったら、君のことも傷つけていたかも知れない。麻里のためにやってくれたことは感謝するけど、君のためにも、二度とこんなことはしないで欲しい」

 私は頷いた。

「君が麻里のために、一生懸命やってくれたことはわかっているし、これからも麻里の友達として仲良くして欲しいよ。でもね、私は麻里も君も、もう二度と危険な目に合わせたくないんだ。君たちが幸せになるところだけを見ていたいんだよ」と言いながら、お父さんは泣いていた。

 麻里も声を出さずに泣いていた。

 それから、麻里は少し眠り、私は麻里の手を握っていた。ときどき麻里が起きることもあったが、お父さんは病室の窓から外を見ていた。三人とも何も話しはしなかった。だが、病室はとても穏やかで静かな雰囲気だった。

 夕方、麻里のお母さんが来た。今夜もお母さんが付き添うらしい。

 森下親子が見舞に来た事を話したら、顔色が青くなった。私がとどめを刺した事を話したら、複雑な表情をして麻里の顔を見た。麻里は微かに笑った。

 夕食の配膳が始まったので、私は「また週末に来るね」と言った。

麻里は「絶対来るって約束して」と言った。

私は麻里の手を強く握って「必ず来るから」と言って約束し、麻里の両親に挨拶をしてカトウ家に帰った。


 カトウ家に着くと、スミコさんが心配そうな顔で「お友達はどうだった?」と言った。

 私は「外傷は殆どないので、心配ないと思います。でも、事故を起こしたショックで精神的に滅入っているみたいなので、暫く週末は泊まりがけで見舞に行こうと思っています」と言った。

 「わかったわ。こちらは問題ないから、気にしないで行ってちょうだい。車で行き来するのだから、あなたも充分気を付けてね」とスミコさんは言ってくれた。

 お礼を言って、下宿部屋に戻った。


 ユリさんにも、報告をしようと思った。

 どのように話す事が良いかと考えていたら、ユリさんが私の部屋に聞きに来てくれた。

 長話になりそうなので、部屋の中に通した。

 おもてなしのつもりで、五百ミリリットルのペットボトルのお茶を出した。

 まずは麻里の事故について話した。

 麻里が結婚しようと思った事情、森下の裏切りに私が気づいた事、一時的に麻里と揉めてしまった事、森下に止めを刺しに行った事、麻里のお父さんに二度としないようにと止められた事を話した。

 ユリさんは静かに聞いていた。そして、

「あんた、止めを刺しに行ったって、なかなかやるね」と言った。

「怒りだすと、自分でも止まらなくなってしまうことがあるんです」

私はなぜか、ユリさんの前では素直になれた。

「友達の父親の言った通り、おせっかいは程々にして、人の問題に深入りはしない方がいいね。でも、そこがあんたの良いところなんだろうね。しっかり見舞ってやんな」と言って、ペットボトルのお茶をガブ飲みして帰って行った。


 私は、ユリさんに麻里の話をしたら、自分の頭の中も整理出来た様な気がして、かなり気持ちが落ち着いた。

 お腹が空いた。夕食をまだ食べていなかった。非常食用に買って置いたカップラーメンを食べた。

 風呂に入って、ベッドに横になった。自分では気が付かなかったのだが、どうやらかなり緊張していた様だ。一気に緊張の糸が切れ、眠気が襲ってきた。そのまま眠った。

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