自爆事故
麻里を怒らせてしまった。
もっと上手く話すことができたら、麻里を怒らせずに済んだのだろうか。
でも、私にはこの方法しかできなかった。
どちらにせよ、麻里を怒らせてしまう事になっただろう。
昨日夜、麻里と両親とで正月気分を満喫していたことが、遠い夢の様に思えた。
翌日は、何もやる気が起きず、こたつでゴロゴロと横になり、テレビを見ながら過ごした。
森下のことは、麻里の言う通りすべて私の想像で、本当に接待で初詣に行ったのかもしれない。それが真実だったら、私は唯一の友達を失ったことになる。
友達がいないのは孤独だ。私の人間関係は職場とカトウ家の三人との付き合いだけになる。とても寂しい。
もし、森下の浮気が本当だったら、麻里はこのまま結婚するつもりなのだろうか。それでも私とは二度と連絡を取らないつもりなのだろうか……。
結局、夜までテレビを観ながらこたつでゴロゴロと横になって過ごした。
「お風呂空きましたよ」の声が掛り、風呂を済ませ下宿部屋に戻ると、スマホに着信履歴があった。
麻里からだった。すぐに折り返して、通信アプリで麻里に繋いだ。
麻里は、すぐに出た。
「連絡くれた?」
「うん。昨日の聞いた話、彼に確認してみたよ。殆ど当たりだって」
「私の話した通りだったの?」
「うん。仕事で初詣に行った話しは嘘で、他の女と草津温泉に行ったんだって」麻里はなげやりな感じで言った。
「それで、麻里はなんて言ったの?」
「何も言えなかった。彼が、しばらく考えさせて欲しいって」
「考えるって何を?」
「結婚の話」
「……でも、プロポーズから一カ月も経ってないよね。なんでこんなことになったんだろう?」
「プロポーズの後、他に好きな女ができたらしいよ。詳しく話してくれなかったけど……私の知らない人だって」
「森下はなんて酷い奴なんだ!! やっぱり、私が余計な事言わない方が良かったかな……」
「そんなことないよ。昨日は怒っちゃってごめんね。私の事いろいろ考えて話してくれたのに、逆切れしちゃった。本当にごめんね。早くわかって良かった。私、ぜんぜん気が付かなかった。結婚できるんだって浮かれていて恥ずかしかった」
麻里は、「ごめんね」と「ありがとう」を繰り返し言った。
私も「ごめんね」と「連絡をくれてありがとう」と「またいつでも連絡して欲しい」と言って通信アプリを終了した。
麻里はありがとうと言ってくれたが、これからどうなるのだろう。麻里の両親の耳にも、すぐに入るだろう。今後の事を考えたら、私は真実を知る事がすべて良い事ではないのかも知れないと思ったら、混沌とした気持ちになった。自分のしたことが正しかったのか恐くなった。私は無責任だろうか……。
麻里の「早くわかって良かった」の言葉を思い出し、麻里が最善の選択ができる様に祈ろうと思った。
洗面所に行ったら、ユリさんがいた。話しかけられた。私は、とても驚いたが、それを隠して話をした。
「あんた、洗濯物どうしてるの?」
「コインランドリーで洗っています。朝、早起きして洗濯する余裕がないし、平日の夜洗濯するのはご迷惑だと思うので。さすがに一週間貯めて置くのは臭いと衛生面が心配だから……」
「うちの分と一緒でよかったら、洗っておこうか?」
「それは、さすがに申し訳ないです」
「いいよ。洗濯も下宿代に入っているんだろ?」
「でも、家主の娘さんにパンツ洗ってもらうのは恥ずかしいです」
ユリさんは微かに笑った。
「どこのコインランドリー使ってんの?」
「会社からすぐのとこです」
「かなめ町の方が、新しい洗濯機が入っているから、早く済むよ。そっちに行ってみたら?」
「かなめ町ですか?」
「酒屋のかわしまの隣だよ」
「ありがとうございます。次から行ってみます」
言い終わる前に、ユリさんは自分の部屋に走って行った。
ユリさんと初めて会話らしい会話をした。会話出来たことがうれしかった。
洗濯の事を気にかけてくれているのは意外だったが、うれしかった。
もっとユリさんと話をしてみたいと思った。
正月明けの営業所は、正月モードが抜けず、皆動きが鈍かった。
ふるさとに帰省した人たちから、各地のお土産を頂いた。
しまった!! 私は営業所の人たちの分を買い忘れた。
その日私は、一日中肩身の狭い思いをした。藤原が笑っていた。
正月明けの週は、事務処理が沢山溜まっている。さすがに残業せずには帰れない。
だが、藤原は子供を迎えに行くと行っていつも通り定時で帰ってしまった。そもそも、彼女がいない方が捗りそうな気がするが……。
事務処理の仕事は好きだ。好きだから十数年も続けていられるのだろう。コツコツこなせば、終わりが見えてくる。この処理が完了した達成感がたまらない。
仕事帰りに、ユリさんから教えてもらったコインランドリーに行った。
ユリさんが言った通り、いつも行っていた営業所の近くより、店内もきれいで洗濯機も新しそうだ。値段は洗濯が一回五百円。いつも行っていた店より百円高いが、洗剤と柔軟剤が自動で入り、洗濯時間が十分早く終わった。乾燥機は十分百円と変わりないが、洗剤の持参がいらないのと、冬場のコインランドリーは暖房が充分に利かないからの十分短縮はかなりうれしい。
さらに、備え付けの棚には漫画本が置いてあった。洗濯中の時間つぶしには困らなそうだ。これからは、ここを使おうと決めた。
カトウ家に帰ってユリさんにお礼を言った。ユリさんは何も言わず、少し笑った。
金曜になると仕事は落ち着いて来たが、休みボケで仕事のリズムが出来ていないのと、連日の残業疲れが出た。早く終業時間が来ないかと、ぐったりしながら待った。
明日の朝食を買いに、コンビニに寄っておにぎりを買った。正月以来、外食生活から抜け出せずにいる。
土曜日、昼食をファミレスで済また。夕食と明日一日分の食材を買わねばならなのだが、考えるのが面倒だ。米を炊くのも億劫になった。
私は、冬場は出不精になり、行動力も鈍る方だったが、今年は例年以上に酷い。本当に何をする気にもならない。こうなったら、徹底的に何もせず、何も考えずゴロゴロしようと腹を決めた。
ダメなときはダメなのだ。面倒くさいダメダメモード全開だ。
夕飯はコンビニのパスタとサラダを買った。朝食はおにぎりとパックされたかぼちゃの煮物。昼と夜は、冷凍うどんにした。小腹が空いた時様に、ポテトチップスとチョコレート等欲しいと思ったお菓子はみんな買った。
食事は、食べられれば良いのだ。外食ばかりだと体に良くないなんてことは忘れる。かまうもんか。これだけ動かずごろごろしているのだから、太っても仕方がない。コンビによりスーパーで買った方が安いのはわかっているが、今日はスーパーに行って広い店内を歩くのも、レジの行列に並ぶのも面倒だ。
洗濯も日曜日に行こうと思っていたが、出かける事が億劫なので、月曜の仕事帰りに行く事にする。パンツの替えはなくならないから大丈夫だ。残りの週末一日半は部屋に引きこもっていよう。
料理もせず、掃除もせず、だらだらごろごろテレビを見ながら何も考えずに過ごした。
かろうじてやった事は、食事、洗顔、歯磨き、基礎化粧品でお手入れ、風呂に入る。これだけだった。
あれ以来、麻里から連絡が無い。とても気になっているが、こちらからは連絡してする勇気はなかった。
週明けの月曜日、さすがに周りは本格的に仕事モードになった。いつもの日常が始まった。私も、ダメダメになっていた心を、日常の仕事をすることで落ち着かせ様と思った。少しずつ面倒くさいモードを直さねばならない。
だが、金曜日になっても、まだ面倒くさいダメダメモードが治らなかった。明日の朝食もコンビニでおにぎりとサラダを買ってしまった。コンビニ食に慣れ過ぎて、コンビニが当たり前になってしまった。コンビニバンザイだ。
さすがに、明日はコインランドリーに行き、夜は自炊をして、いつもの週末モードに戻そうと思った。
夕食を終えて、歯磨きをしに行った。洗面所から戻るとスマホから着信音が鳴った。
ディスプレイを見ると、公衆電話と表示されていた。嫌な予感がした。電話の相手は麻里のお母さんだった。
昨日、麻里が交通事故を起こして、病院に入院したと言った。
驚いて「ええ!!」っと大きな声を出してしまった。
私は「すぐに、そちらに向かいます」と言った。
お母さんは「意識ははっきりしているし、大きな外傷はないから明日で大丈夫よ」と言った。
ただ、精神的に相当落ち込んでいて、麻里は私に会いたいと言っているらしい。
麻里は車を運転中、緩やかなカーブを曲がり切れず民家の壁にぶつかって、車ごと田んぼに落ちた。車は横倒しになった。警察の話では、相当スピードを出していたのではないかとのことだった。
田んぼに落ちたのが不幸中の幸いで、目立った外傷はないらしい。
事故現場となった場所は、私も良く知っている田舎の田んぼ道だ。どう考えても事故を起こす様な危険な場所ではない。
麻里のお母さんが「実は……結婚の話しが無くなったの……」と言って泣きだした。
「そうだったんですか!!」と私はまた大きな声で言った。
お母さんは泣き続けていた。
「やっぱり、今すぐ行きます!!」と私は言った。
「麻里は今日、いろいろ検査をして疲れているの。薬が効いてぐっすり眠っているから、明日来てくれればいいわ」と言った。
「明日必ず行きます」と言って電話を切った。今すぐに行って上げられない場所にいることがもどかしかった。
ドアをノックする音が聞こえた。
ユリさんだった。
「今、大きな声が聞こえたけど、どうかした?」
「騒いでしまってごめんなさい。友達が交通事故を起こして、入院したらしくて。それで驚いて大きな声を出てしまって……」
「友達って、いつかパスタの店で一緒にいた子?」
「ご存じだったんですか?!」
「偶然見かけたんだよ。ストーカーじゃないから」
「ストーカーだなんて思いませんよ」
「なんかさ、あの子切羽詰まった顔していたから気になった。それをあんたに、懸命に隠している感じでさ」
「ユリさん、そんなことまでわかったんですか?!」
「そんな気がしただけ」そう言って部屋に帰って行った。




