龍角楼
亮は実家の駐車スペースに車を停めた。四台はおけるスペースがある。
素奈子を待たせているが、実家に住んでいる、お婆ちゃんに声をかけておくことにした。
鍵を開けて家の中に入ると「ただいま」と大きな声で叫ぶ。
居間に行くと、亮の祖母がが台所から顔を出した。
「あら、亮…何しにきたの?」
「今日、休みだったから…」
「遊びにきたの?」
「そう」
「ひとり?」
「そうだよ」
本当は一人じゃないけど、お婆ちゃんに素奈子のことがバレると厄介なので、黙っておいた。
「メロンあるよ」
「メロンはいいよ、それより元気?」
亮の祖母はニコニコするだけで、応えない。
「店を見てくるから、車、駐車場に停めてるよ」
車を停めるときは、縦列駐車になるので、声はかけておくのが決まりだった。
「大福あるよ、コーヒーも飲んでいきなさい」
大福にコーヒーは意外と合う。魅力的だが、流石にそんなに、のんびりはしていられない。
「いいよ、ちょっと急いでるから」
「誰かと一緒なの?」
するどい。
「彼女?」
「ちがうって! もう行くよ!」
すぐ嘘がバレるな…。
亮が家を出ようと靴を履いていると、祖母は玄関まで出てきて、亮を見送った。
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亮に言われて、素奈子が店の前に突っ立っていられたのは、僅か三分だった。
中華街なので、周りも中華料理店ばかりだ。
素奈子はふらふら歩いて、両隣、お向かいの店を見て回り、店の前に出ているメニューを食い入るように見る。
お料理の写真は、見ているだけで楽しい。
広東料理、四川料理、上海料理、北京料理。
どんな味がするんだろう?
「行きましょうか」
素奈子が振り返ると、亮が立っている。
亮はスタスタ歩いて、お城の門みたいな入口の前まで来ると、振り返って素奈子を見た。
素奈子は、そんな亮の後を追いかけるようにお店の中に入った。
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亮は店に入ると「お疲れ様です」とか「お帰りなさい」などと声をかけられ、声をかけた従業員、全員とひと言ふた言、言葉を交わしている。
威風堂々とした態度の、亮の後ろをついて歩く素奈子。
「いらっしゃいませ」と声をかけられ、素奈子は「お疲れ様です」とあちこちに、頭をひょこひょこ下げる。
鼠色のスタンドカラーのシャツ、黒いパンツに黒いエプロンを腰に巻いている、年配のウエイターが素奈子に「新入社員ですか?」と聞くと、
「アルバイトです」
と素直に答えた。
亮は素奈子をカウンターの席に座らせて、自分も隣りに座る。
「昼は、まだでしょ?」
あ、ホントだ。
素奈子はお昼ご飯を、食べてなかったことに気がついた。
「はい」
「何、食べる?」
「社長のオススメ何ですか?」
「ランチメニューありますよ?」
オススメを聞くと、亮はランチメニューを素奈子に見せた。
ランチメニューは週ごとに、変わるコースメニューと書いてある。
ランチでも、けっこうお高い…こわい。
ていうか社長がこわい。
「これ割り勘ですか?」
隣りに立っていた、ウエイターの表情が凍りつく。
「いいえ」
亮は静かに答える。
「ランチ、お願いします…」
「ランチ二つ」
注文を受けたウエイターが去ると、素奈子は、
「高級なお店ですね、こんなところ初めて来ました」
と言って、亮に向かって微笑む。
「じゃあ、中華街も初めて?」
「はい」
「うちの店は、もともと、この1店舗だけだったんだ。父の代では広東料理の店だけだったけど、私が事業を起こしてからは、新しい業種も始めて、少しづつ大きくしてったんだ」
へえ、全然知らなかった…。
「あの…業種って何ですか?」
「ラーメン屋とか居酒屋とかの区分だよ」
「へえー、事業を起こすっていうのは、社長が社長になったてことですか?」
「うーん、もともとは父が経営してた会社を継いだわけだから…そうなるのかなあ」
実際は事業を起こすことで、経営を拡大したわけだが、亮は説明をするのが面倒臭くなって、曖昧に答えた。
料理がが運ばれてくる。
前菜、スープ、メインが二品…。
素奈子は料理が出てくるたびに「これ美味しいですね」を連発して、大喜びだ。
その横でとくに相槌を打つわけでもなく、でもニコニコしながら亮は静かに料理を口に運んでいる。
美味しいなら、よかったよ…。
「亮、何しにきたの?」
デザートを運んできたのは、本店の料理長を務める、亮の兄だ。
「暇つぶしだよ」
常栄家の長男を見て、素奈子は目を丸くする。
「あっ!」
テレビで見たことのある人だ…。
何?
という感じで素奈子を二人が見るので、素奈子は「なんでもないですっ!」と言って誤魔化した。
全然、知らなかった…。
亮は素奈子に料理長を兄だと紹介する。
常栄孝は亮にあまり、似てない。長身で目が丸い。似ているところは、瞳が黒いところと、顔の形くらいだ。
孝はサービスだと言って、二人にに特別なデザートを出してくれた。
ココナッツ味の焼プリンだ。
素奈子は「ありがとうございます」と言ってスプーンですくったプリンを食べる。
亮も初めて食べるものだ。
二人が美味しそうに食べるので、孝は満足そうに二人の姿を見ている。
食べ終わった亮は「美味しい、これはいいね」と感想を述べた。
亮は立ち上がると、孝と二人で厨房に入る。
取り残された、素奈子は焼プリンを食べながら、亮を待つことになった。