警備員の村田さん
「素奈子ちゃん、掃除終わった?」
素奈子が業務用の掃除機を片付けていると、離れたところから村田に話かけられた。
「はい! 今終りました!」
「じゃあ、もう帰ろう!」
「はい」と返事をすると、素奈子は大慌てで、トイレで手を洗い、更衣室に入って服を着替える。
村田さんに、せかされると焦ってしまう。休日前の村田さんは、妙にせっかちだ。
素奈子が着替えを済ませると、村田も警備の服から、普段着に着替えて、エレベーター前で待っていた。
村田はスポーツマンといった感じの体格のいい、坊主頭のお兄さんだ。
素奈子はテレビで見た、チベットのお坊さんに似ていると、思っている。
素奈子は小走りに、村田にかけよる。
「素奈子ちゃん、今日これから予定ある?」
「いえ…とくに」
「じゃあ、ラーメン食べて帰ろうよ」
素奈子は村田に、はじめて食事に誘われた。
奢ってくれるのかな?
僅かな期待を胸に、素奈子は村田と会社のある、ビルを出て、会社近くのラーメン屋に向かった。
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「そういえば社長、今日は早く帰ったんですね」
「うん」とラーメンを啜りながら、村田は頷く。
「珍しいですよね」
「まあ…そうだね。気になる?」
「デートでしょうか?」
「ウキウキしてた?」
「そこは、見てないですけど…」
素奈子もラーメンを啜る。
「奥さん、いつ帰ってくるんですか?」
「明日の夕方か夜だろーなー」
村田の奥さんは、今日は泊まりで子供二人を連れて、実家に帰っている。
「奥さんのご実家、どこですか?」
「神奈川よお、小学校一緒で、実家もアパートから近いよ」
「じゃあ帰省とかなくていいですね!」
「うん」
素奈子は思わず、タメ口になる。
「明日はゆっくり寝れるよ、子供は学校、休みだと早く起きるんだ」
「あ、知ってる。朝、アニメを見るんですよ。総務の新井さんが言ってました」
「いやいや6時には起きてるよ、蝉みたいよ」
素奈子は「蝉みたい」にウケて笑った。
お店のラーメンは醤油、ラーメンで、チャーシューが一枚と刻みネギ、メンマが上にのっている。
「スープがあっさりしてて、美味しいですね」
「でしょう」
素奈子はスープを綺麗に飲み干した。
学校にもお弁当持参、家でもご飯はちゃんと作る素奈子だが(美味しいご飯を、腹一杯食べたいから)たまには此処に寄って帰るのも、悪くないなと思えた。
「ご馳走さま、美味かった!」村田は替え玉したラーメンのスープを飲み干した。
結局、お会計は別々だった。
店を出た直後に「社長の住んでる、マンションこの辺だよ」と村田さんが教えてくれた。
六本木ヒルズ…とはいかないだろうけど、きっと高級マンションに住んでるんだろうな…。
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土曜日の朝、彼女に振られて自宅マンションに戻ってきた亮は、ベッドに寝転んだ。
今日はふて寝か…? とくに眠くもないけど。
それとも…久々に実家に帰ろうかな?
亮は1K、家賃12万のマンションの部屋の中で一人、空いた時間をどう過ごすか考えていた。