金曜日の夜
営業会議が終わって会議室を出ると、エレベーターで丁度、素奈子に出くわした。
素奈子はエレベーターのボタンを押し、ドアを開けて、営業部長と亮をエレベーターに乗せる。
「おはようございます」
もう午後じゃねえか…。あと少しで就業時間も終わるぞ。
営業部長が素奈子に話かける。
「大島さん、仕事慣れた?」
「はい」
「学校終わってからでも、間に合うんだね」
「家に帰らずに、そのまま来てます」
いつも同じ時間に終わるわけじゃないだろ〜。
そんな会話をしている間に、会議室のある2階フロアから、3階に着く。
素奈子は、すかさずエレベーターの「開」のボタンを押して、二人を降ろすと、自身も二人のあとについて降りた。
「社長!」
亮は素奈子に呼び止められて、足を止める。営業部長も一緒に留まる。
素奈子は「ひよっこ饅頭」と印字された紙袋を亮に差し出す。
紙袋の中には、キチンと畳まれた白いワイシャツが入っている。
袋の中から、ほのかににフローラルな香りがした。
素奈子は「ご迷惑をおかけしました」などと頭を下げた。
部長が訝しげな顔をしていたが、説明が面倒くさいので、そのまま二人で社長室にに向かう。
研修会の報告を受けなければ、ならないからだ。
営業部長との面談が、済む頃には18時30分になっていた。
亮の会社も残業は、なるべく減らす努力をしている。
急ぎの仕事でなければ、19時には帰るように指示してある。
亮は他の人が帰ってからも、仕事をすることが多かった。
とにかく目を通して、おかなければならない報告書や資料が、山ほどあるのだ。
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夜は悪友、宇佐美拓也と飲みに行くため愛車で目黒に向かった。
「車で迎えにくるなんて、珍しいな、飲まねえの?」
「お友達の家の駐車場を、貸してもらうんですよ♪」
「女のところか?」
「まあね」
「店の前で降ろすから、先入っててよ」
「ああ」
宇佐美は足元にある「ひよっこ饅頭」の紙袋を目ざとく見つけると、持ち上げて「なんだ、こりゃ?」と袋の口をひろげる。
ふわっと、フローラルな、いい香りがする。
「これ、持っていくのか? 着替え?」
「いや、それはうちの会社の清掃員の子が、洗ってくれたもんだ」
「ふーん」
「そういえば、この間の温泉旅行どうだった?」
「それがよ…押し倒されちゃって」
「へえ…」
「驚いてさ、開いた口が…塞がるんだよ……口に、おっぱい入れてくるから!」
「またまた」
亮は目尻に皺を寄せて笑う。
「ほんっとだって〜、信じてないだろ〜!!」
「わかった、信じるよ」
亮は苦笑いしながら、答える。
店の前で宇佐美を降ろして、恋人のマンションに向かった。
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終わった…のかな?
反応を見ながら、しているけど最後が、イマイチよくわからない。
恋人のマンションに泊まった、亮は久し振りに彼女を抱いた。
商社に務めている子で、練馬区に実家のある子だが、一人暮らしをしている。
亮より二歳、年下だ。
彼女を見下ろしたままで、聞いてみる。
「うん、イッたよ」
大丈夫だったみたい。
とりあえず「可」だ。
ベッドの上で少し、まどろむと、そのまま寝てしまった。
朝になり二人で、朝食を食べる。
「両親に交際届けを出そうと、思うんだ」
彼女は口答え一つしない、大人しい子だ。まだ先のことだが、結婚するには申し分ない。
亮はコーヒーを飲みながら、彼女の返事を待つ。
彼女は、
「ちょっと待って、それは困る」
と眉を顰めて、落ち着いた声で答えた。
「………」
「交際してることは、黙っててほしいの」
「何で?!」
「じゃあ、もう付き合えないっ!」
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自身満々で告白したのに、あっさり振られてしまった亮は、愛車を運転して自宅マンションに帰った。
車の中で少し泣いた。
昔、振った女が目の前で、メソメソ泣いたのを思い出した。
終わった女だが、可愛いところもあったと思えた。