時給1500円のバイト
世田谷の大学、近くのアパートに住んでいる素奈子がバイト先を、今の所に決めたのは、派遣会社に登録していて、紹介を受けたからだ。
バイト先は学校の近くがいいと、考えていたが、時給1500円、交通費支給という、いい条件に惹かれた。
面接に行くと、総務部長が紙コップに入ったコーヒーを出してくれた。
「いやー、まさか女の子だとは…」
部長は参ったという表情で、首の後ろに手を回す。
「しっかりしてるからと、聞いていたんだが…」
かしこまって相槌を打っていた素奈子は部長の
「大丈夫かなあ…」
の一言に
「大丈夫です!」
と前のめりになって、答えた。
断られるのはキツイ。若干、目を見開いて恐い顔になっていたかもしれないが、熱意は伝わったようで、採用してくれた。
道路工事している、男の人が着るような上下の作業服を女の事務員の人が用意してくれた。
誰かが着ていたものではなく、ちゃんと私用にSサイズを用意してくれたのだ。
働き始めてから3ヶ月、部長の危惧するようなこと(社内恋愛とか)そんな気配もまったくなく、平凡な日々が過ぎていった。
そして…三上さんの事件。
まさか、人助けをしてクビになりそうになるなんて…。
熱血漢でいつも何かしらの事件に巻き込まれている、名探偵コ○ン君を思い出す。
「もうっ! 素奈子ったらー!」
工藤新一(コ○ン君)の彼女、毛利蘭だったらそう言ってくれるのだろうか?
せちがらい世の中だなあ。
素奈子は洗剤を使って、磨いた便器をホースを使って水で流す。
社長…はじめて話したなあ。
あの後、三上さんを社長が送っていったみたいだけど…どんな話をしたんだろう?
弁護士とか言ってたな…示談とか勧められたのかな?
うーん。
「掃除中なんだ…」
社長だ!!
「すみません! 今使ってるの…出ますので、ちょっと待って下さい」
「いや、後にするからいい」
「ま、待って!」
素奈子は慌てて止めようとする。ホースの向きが変わって、
「……」
亮に水がかかる。
「すみません…」
********
素奈子は持っていた、ハンカチで亮の服の濡れた部分を拭く。
「作業服ロッカーに、予備があるので持ってきます、2枚買ってもらったんです」
「もう一枚、買ってやろうか? 一つ貸したら足りなくなるだろ?」
「ええっ!! いいですよ! 二枚あれば十分です」
冗談だよ。
慌てる素奈子を、横目に見てため息をつく。
「すみません」
素奈子は頭を下げた。
社長室に戻った亮は隣の部屋のドアを開ける。
物置きみたいな場所だが、いざという時の着替えも置いてある。
亮は濡れたシャツを脱いで、新しいシャツに着替える。
細い体に良く似合うような、デザインのスーツだ。
鏡に自分を写して、ネクタイを締める。
髪が伸びたな…。
亮は自分の黒い前髪を摘まむ。斜め分けた前髪が目にかかりそうだ。
切れ長の目で、鬱陶しい前髪を睨む。
濡れたシャツを紙袋に入れて、いると怒りがぶり返す。
スマホが鳴って、電話に出ると悪友だった。
「どうしたよ、不機嫌そうだな?」
亮はバイトの清掃員の子に、水をひっかけたれたことを話す。
「水も滴るいい男じゃねえか!」
「バッカだから、水ひっかけんだよ!」
くしゅん。
なんだろう? アレルギーかな?
三流大学の栄養学科に通う、大島素奈子は
あ! 社長のシャツ、私が洗ったほうが…。
そう思いついて、社長室に向かった。