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菫の花に祝福を  作者: 夏野ゆき
本編
4/35

4

 ウォルター家の面々は、それはそれは張り切っていた。なかなか結婚したがらなかった次男のジェラルドが、ようやく婚約に踏み切ったというのだから無理もない。なおかつ、相手は自分たちと同じ公爵家の――メイラー家である。


 メイラー家といえば軍人、武人が多く、家風はウォルター家と正反対と言って良い。文官、研究者、学者――という、軍人などの体を張った職業とは無縁の職業にばかりついているウォルター家からしてみれば、今回のジェラルドの婚約相手がメイラー家というのは、なかなかに不思議なことだった。

 とはいえ、文官であったのにも関わらず途中で軍人に転向したジェラルドだ。職場での出会いでもあったのだろうとウォルター家は特に気にしなかった。


 花の国、フロリアを代表する七大公爵家の中で、一番風変わりな家柄なのがウォルター家だ。なかなかに腰が重かったジェラルドが結婚してくれるというのなら、それが町娘でも諸手をあげて喜んだだろう。


 ただ、良くも悪くも伝統を重んじ、“頭の堅い”メイラー家が、研究者気質の者が多い“変わり者”のウォルター家に、直系の娘を嫁がせる気になったことに疑問を抱いている者は少なくなかった。


 そも、娘がいたということが初耳だったのだ。


 メイラー家の先代当主、ランテリウス・メイラーも変わり者として知られてはいたが、隠し事を進んでするような人物ではなかった。ランテリウスには息子のルティカルがいる、ということしか周りには知らされていなかったから――今回、“ニルチェニア”という娘の存在を知らされて、ウォルター家の面々も酷く驚いた。


 よほど大切に育てられた箱入り娘だったのか、それともメイラー家としては認めたくないようなモノを内包しているパンドラの匣なのか。そのどちらだろうとウォルター家のものは揃って首を傾げ――「ジェラルドが選んだのならそれでいい」という結論に達した。


 次男ではあるが、ジェラルドもジェラルドで一族内からの信頼はあつい。くわえて、未だ見た者がいないであろうメイラー家の娘が見られるとあらば――研究者気質の者が多いウォルター家だ、好奇心を隠すことはしなかった。ようするに、その娘を見てみたいという欲求にあらがおうとはしなかったのだ。


 その筆頭が、ジェラルドの従姉妹にあたるリピチア・ウォルターだ。彼女もまた変わり者で、ウォルター家にしては珍しくジェラルドと同じで軍属している。二十三という若さで少尉の位を得たが、本人はそれはある種のブランドのせいだろうなとは思っていた。優秀なジェラルドの従姉妹と聞けば、多少は軍の方も配慮したのかもしれない。リピチアもジェラルドも、そんなものに興味は抱かないのだけれども。


 たまたまリピチアの直属の上司がルティカルで、従兄弟のジェラルドと上司のルティカルの妹が婚約を結ぶと聞いたときは食べかけていたサンドイッチを書類に吹き出してしまった。

 ルティカルはそれをみてあからさまに嫌そうな顔をしたが、そこは許してほしいとリピチアは思う。


 あの、婚約関係に関しては異様なほどに腰の重かった従兄弟のジェラルドが、よりによって上司の妹と婚約を結ぶという。しかもその娘は今までその存在をひた隠しにされてきている。

 ここで驚かずにどこで驚けと言うのか。


 実感はあまりなかったが、上司であるルティカル直々に「君の世話になることがあるかもしれないから、よろしく頼みたい」と言われたときには、何となくだが――実感を伴った重みというのか、嘘でないということをじんわりと理解した。ジェラルドはともかく、くそ真面目で有名なルティカルが嘘をつくとは思わなかったのだけれども。


 ルティカルやジェラルド本人から婚約云々の話を聞かされたリピチアが考えたのは、“相手の女性はどんな子か”ということだ。ルティカルの話を聞く限りはニルチェニアは十六歳と言う話だったし、対するジェラルドは三十六才という――有り体に言えば、親子と言っても無理はない年齢差だ。

 貴族的な面から見たら不思議なことではないけれど、生憎とリピチアの感覚は庶民よりだ。それは彼女が貴族の令嬢でありながら、型にはまらない性格をしているせいでもあったし、軍属したことで庶民出身の者が周りに増えたせいでもある。


 ――そんな若い子と、あんなおっさんが結婚していいのだろうか。


 リピチアはそう考えた。

 多分、ルティカルの容姿をみるに、その“ニルチェニア”も美人なのだろうと思う。若くて美人、しかも公爵家の長女である彼女と、容姿は良いが若作りをしていてもおっさん、なおかつ軍に属するような、公爵家とはいえ次男のジェラルドが結婚してつりあうものなのだろうかと、他人事ながらに心配した。


 変な話、ニルチェニアにはもっと良い縁談が来ても良さそうなものなのだ。それなのにも関わらず、ニルチェニアとジェラルドの婚約をあっさり了承したルティカルに、リピチアは厚かましくも「大丈夫なんですかねえ」と尋ねた。


 リピチアのこの遠慮のなさはルティカルもよく知っているところだから、この物言いにもなんの反応も示さなかった。「ジェラルド兄様が結婚したいと駄々をこねているのでしたら、私がシメますけど」と真顔で言ったリピチアに、「いや、こちらはジェラルド殿に救われたんだ」とルティカルが真剣に言ったから、ああ何か面倒なことが背景にあるのだろうとリピチアは正しく推測した。


 飄々とした雰囲気からはあまり伺えないけれど、ああ見えてジェラルドは面倒見が良い。ひたむきで真面目なルティカルを彼が高く買っているのはリピチアも知るところなので――ルティカル関係での面倒事を引き受けたのだろうとは思ったのだが。


 仮に妹の婚約が“面倒事”だと仮定したとき、気になってくるのがニルチェニアの人物像だ。ルティカルが厄介払いしたくなるようなとんでもない令嬢だったらどうしようかと、リピチアはそれとなく「妹さんってどんな方なんですかね」と聞いてみた。


 返ってきたのは――本当に深刻そうな顔で。


 メイラー家の伝統と、ニルチェニアの瞳の色、またそれにともなう著しい視力の無さをきいて、リピチアは唖然とした。

 そんな子を放り出すようなことをあっさりとしてしまう家があるというのにも驚いたし、それを良しとすることが多いことにも。


 ウォルター家ならまずそんなことはない。ウォルター家は確かに、緑の瞳に茶の髪を持った者が産まれてくることが多いし、ジェラルドもリピチアもその色を持って産まれている。けれど、髪が金髪だったジェラルドの兄は立派にウォルター家の跡継ぎとして育てられていたし、今現在ウォルター家の当主としてしっかりと役目を果たしている。


「――だから、中佐はジェラルド兄様……じゃない、ウォルター少将に妹さんを?」

「ああ。貴族間の婚約とあれば無碍には出来ないし、ニルチェニアをメイラー家から除外することも出来ないだろう、と少将は仰った。除外したらウォルター家の顔に泥を塗るに等しいしな」

「ああ、まあ。確かに――でもそれ、妹さんは納得してるんですか? こんなこというのもあれですけど、年齢差が結構あるでしょう? 下手すれば親子と言っても無理はないですし」

「――それなんだよな」


 珍しく仕事中というのに砕けた口調になったルティカルに、相当キてるらしいとリピチアは目を丸くする。

 ルティカルがこんな口を利くのは非番の時だけだし、非番の時でも堅苦しい言葉を使う事が多いというのに。


「少将もそれを心配して下さった。が、他に方法はない。それに、ニルチェニアには諸々のことも伝えてあるし――最終的には解消される婚約なんだ、これは」

「そうなんですか?」

「ああ。少将の提案なんだがな。君は関係者も同然だから話しておこう。“ごたごた”が落ち着き次第、ニルチェニアを正式にメイラー家の長女として公表するつもりだから、その間預かって貰うような――そういう処置になる。落ち着き次第婚約を解消し、メイラー家に戻る、ということになるな。もっとも、その間で本人同士でそう言う気持ちが芽生えたのなら、婚約を解消するという事はなくなる」

「“ごたごた”って――メイラー家は今のところ、そういういざこざって無かったですよね?」

「近いうち起こるだろうよ」

「……何をする気なんですか、中佐」

「さあな」


 いずれは誰かがしなくてはならなかったことだから、と淡々としたルティカルに、「お力になれそうだったらお呼び下さい」とリピチアもにやりと笑って返す。リピチアもこれで結構、この上司のことを気に入っている。


「中佐、今度その妹さんに会いに行っても良いでしょうか」

「是非。仲良くしてやってくれないか」


 言質もしっかりとったリピチアの頭には、一つ計画が浮かんでいた。何だか面白そうな子だし、楽しそうなことが起こる予感がする。中佐の妹がどんな子なのかというのが本当に気になったから――“夜会を開こう”と提案したのだ。ウォルター家の面々に。




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