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菫の花に祝福を  作者: 夏野ゆき
本編
3/35

3

 婚約を結んだというわりには、お互いの家も特に派手に婚約を発表することはなかった。特に、メイラー家はニルチェニアのことを口に出そうともしなかった。ルティカルがメイラー家の古狸たちにニルチェニアの婚約、婚約相手を伝えれば、苦々しい顔で是が返ってきたのみだ。


 とはいえ、ウォルター家が遠慮する必要はなかったのだが、ニルチェニアの事情――主にメイラー家がニルチェニアを捨てようとしていたということ――に配慮したのか、ウォルター家の方も大々的に婚約を発表するようなことはしなかったようだ。待ち望んだ次男の婚約だというのに。


 ただ、“ささやかな”夜会は開かれていた。


 流石に何もしないわけにはいかなかったんだろうなァ、とジェラルドが他人事のように語っていたのを覚えている。ルティカルも同意見だ。


 無責任な話ではあるけれど――軍属しているが故に多忙すぎた二人は、ほとんどのことをウォルター家の方に任せていた。メイラー家に任せるのは不安しかなかったし、ルティカルもそれは厭だったから。


 ウォルター家は喜び勇んでこのささやかな夜会を準備したらしい。ニルチェニアが嫁いでくることになるであろうことも手放しで喜んでいるというから、どれほどジェラルドが周りを困らせていたのかも想像がつく。

 

 夜会に招かれたのはメイラー家の一部と、ウォルター家の一族郎党――といったところだ。メイラー家の一部といっても、立会人、証人という意味での参加を促したにすぎない。だから、ルティカルとニルチェニアが参加させたい奴だけ呼べばいい、とジェラルドは話していた。


 案の定、メイラー家からはニルチェニアの兄であるルティカルと、ニルチェニアたちと兄姉同然に暮らしてきたエリシアしか参加しなかった。むしろ、ルティカルがそれを強く望んだ。

 ほかの人間を入れれば面倒なことになるのは明白だったからだ。祝福されるべき場に濁った空気を入れる必要はないと。


 ささやかな、という話だったが、夜会自体は豪華そのものだろう。規模は確かに小さくはあるが、豪華絢爛という言葉がよく似合っていた。


 ジェラルドは控え室で、ルティカルと、その妹同然の存在であるエリシアと話し込む。


 ジェラルドとエリシアは面識がある。メイラー家からは数多くの軍人が輩出されていたりするから、フロリアの軍で少将を務めているジェラルドは度々メイラー家の者を軍部でも見かけることがある。

 銀髪に青い目の、少しお高くとまったような軍人がいたら、間違いなくメイラー家の親戚だ――そう思うくらいにはジェラルドもメイラー家を知っている。

 元は軍人の家系だったとはいえ、今や公爵家だ。根っからの軍人には醸し出せそうにない高貴な雰囲気を彼らは持っていたから、判断するのは簡単だった。

 

 そのメイラー家の血を引く軍人達の中で、特に異質だったのがエリシアだろう。

 エリシアにはお高くとまったようなところはなく、不思議な雰囲気のみが漂っていた。

 これはつい最近、ルティカルと共にいたエリシアを見てから分かったことだが、彼女は二面性が激しい。


 軍部にいるときの、ジェラルドが一番よく見ているエリシアは苛烈というか、凛としているというか――戦乙女という言葉が似合うような、勇敢で勇猛な女武人だ。優美そうな見た目に反して剣術と体術は男に劣らないと聞いている。ハイヒールで戦場を駆け抜け、誰よりも早く敵を討ち取るというのだから恐ろしい。一部の隙もなく着込まれた軍服は、彼女の堅さを表しているようで。


 だが、ひとたび軍を出て、“メイラー家”に戻ったエリシアは――同一人物か疑わしいほどに気の抜けた性格になるようだ。目は眠そうな半開き、どこか甘さの漂うような、舌っ足らずな口調。いつの頃からか手放さなくなったらしいうさぎのぬいぐるみは、いつでも彼女の腕の中に収まっていた。

 普段はハイヒールのアーミーブーツだから気付かなかったことだが、彼女はわりと背が低いようだ。気が抜けているときはローヒールの靴に可愛らしいふんわりとしたワンピースを身に纏っていた彼女を見たときは、エリシアの妹か何かかと思ったくらいだ。全体的に幼く見えたのだが――「ウォルター少将?」と話しかけられて驚いた。


 ぎょっとしたジェラルドの顔を見て、ルティカルがエリシアですと紹介してくれていなかったから、多分ジェラルドはエリシアとは別物として扱っただろう。どうしてこんなにも性格が変わるのか疑問である。


 ともあれ、そんなエリシアとルティカルを目の前に、ジェラルドは謝罪のみを口にしていた。婚約発表を目前とした控え室にはとうていあり得ない光景である。


「本当、マジで悪かった……」

「いえ。ウォルター少将がお忙しいことは知っていましたし――ねえ、ルティカル」

「ああ。……それに、私たちの方から持ちかけた急な婚約ですから。少将、本当に気にしないで下さい」

「いやァ……でも、流石にな……」


 青いドレスのエリシアに、同じく青を基調とした礼服を着込むルティカル。軍人だとは思えないほどの優雅さを漂わせるルティカルとエリシアは、頭を下げっぱなしの上官に二人して首をふった。いつもの飄々とした雰囲気はどこへやら、完全な紳士を思わせる格好のジェラルドだが、口調ばかりは変わりようがないようだ。

 深緑を基調とした礼服は、ジェラルドの緑色の目に合わせているのだろう。元より端整な顔立ちのジェラルドだったが、今日に限っては服の力か、いつもの食えない雰囲気の代わりに色気があった。


「婚約発表でやっと婚約者の顔を見るって、一般的に見ておかしいだろ……」

「仕事柄仕方のないことだと。少将は多くを抱えていますし」

「でもなァ……俺はともかくとして、お前んとこの妹さんが」

「ニルチェなら問題ないですよ、ウォルター少将。ちゃんと理解して、落ち着いています。少将がすべきことは」


 軍人三人だけの控え室ということもあって、エリシアは“メイラーのエリシア”ではなく、凛々しい方のエリシアらしい。凛とした話し方は教師を思わせて、ジェラルドもつい背筋を伸ばしてしまう。ルティカルが少し眉をひそめたのはそれが上司に対する態度として適当かどうかを見咎めたからなのだろうが、今のジェラルドにとってはなれないことを指導してくれるエリシアの存在はありがたかった。

 

 遊ぶ女の扱いなら慣れてはいるが、二人から聞き及ぶ限り清楚で箱入り娘らしい、深窓の令嬢ということばがぴったりと当てはまるニルチェニアの扱いには自信がない。

 

「――姿を見たら“綺麗だ”と褒めるだけで良いんです。飾った言葉も要らないでしょうし。あとは――そうですね、出来るだけ、他の人よりも丁寧なエスコートをお願いできないでしょうか」


 ――あの子は見えませんので。“姉”としての嘆願でもあります。


 エリシアにそう言われてしまえば、ジェラルドも頷くしかない。ルティカルとエリシアに頭を深く下げられて、ジェラルドは居心地悪そうに頭をかいた。


 ――さてどんな娘がやってくるのか。楽しみでもあり、不安でもある。

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