第12話「脱出」
先に火を噴いたのはアルファの銃だった。
ィン……ンンンンンン!!!
連射された弾丸は戦車の副砲である20ミリバルカンをすべて破壊した。ただそれを犠牲にしても戦車は主砲でアルファを狙おうとする。
「それが狙いだけどな」
一瞬が永遠に引き伸ばされ、砲口の、その奥で砲弾が放たれようとしているのが見える。見えるはずのないほどの一瞬のこと。それがはっきりとわかる。引き金を引く。
ズン――――――――――――ゴウッ!
次の瞬間には戦車の車体が爆発、炎上していた。
爆風が辺り一帯を舐めるように蹂躙する。
不意に、アルファの脳裏をエミネの姿がよぎった。
――あいつを押し込んだのは……
エミネの姿を視認すると、彼女の上には巨大な瓦礫が今まさに落ちようとしていた。
「ちっぃ!」
瞬時に構えていた銃口をそちらに向けると引き金を引く。間に合うか?
放たれた弾丸は瓦礫を射抜き、砕いた。
「……無事か?」
「………なん、とかね」
エミネは腰を抜かしているようにその場に座り込んでいた。
「ん……わりとタフなやつだ」
「ん? なんか言った?」
「……いや、なんでもない。早いところ逃げよう。すぐに追っ手が―――」
アルファは急に言葉を切り、すぐ傍の瓦礫と変わった壁に耳を押し当てた。
「どうしたの?」
「もう来ているらしい。すぐ向こうに気配がする」
アルファはエミネの手を取り、引き起こすと肩をかしつつ壁から離れた。おそらく追っ手に自分たちの位置はばれているはずだ。それならばなにがなんでも自分を捕まえに来る。行く先が瓦礫で塞がれていようものなら、それを爆破することになんの躊躇もないだろう。
自分を追いかけている存在がどんなものか、アルファはよく知っていた。
逃げる手段は……
弾痕の刻まれた壁。
瓦礫の山。
破壊された戦車。
巨大なパイプオルガン。
八方塞だった。来た道以外に逃げられるような道はない。
「ちっ……」
「アルファ……」
舌打ちをする彼にエミネは不安そうな表情を浮かべている。逃げ場がないのだ。仕方ない。アルファ一人ならば多少なり逃げられる確率があるが、今はエミネも一緒だ。
「無茶するぞ……」
一つだけ、妙案があった。
「え?」
「逃げるのに無茶をするが、構わないな?」
「……い、いいわよ。それぐらいしないと逃げられないんでしょ?」
「ふ……そうだな」
「あ……」
笑った。それはエミネがアルファの笑いを見た最初の瞬間だった。まるでこの危機的状況を楽しんでいるかのような笑み。
ズゴン………!
重低音が響き渡り、入り口に積まれた瓦礫が内側に吹き飛ばされる。濛々と粉塵を上げる入り口から現れたのは漆黒の鎧兜をまとったかのような兵士――アイゼントルーパーだ。
今度はいきなり攻撃を仕掛けてくる様子はなかった。それがわかっていたのか、アルファは銃を下げたままだ。なにかを待っているよう……
「投降しろ! 〈神殺し〉」
アイゼントルーパーたちの背後から人の声。おそらく今このトルーパー隊を率いている人物だろう。
「……嫌だと言ったら?」
「決まっている……」
白煙の向こうからその人物が姿を現わす。
カーキ色の軍服。屈強そうな身体。刈り込まれた金髪。ゼイン・メイラーだ。横にはジェシカ・トルクマンが秘書のように控えている。
「この場で処刑だ」
冷徹そうなグレーの瞳がまっすぐにこちらを捉えていた。その目に意志の揺らぎなど微塵も見られない。本気でそう言っているのだ。
「さすがは〈フェンリル〉隊長ゼイン・メイラー。なんの躊躇もなくそう言い切るか」
「それが仕事だからだ、アルファ・レィング」
エミネにはどこか二人が以前からの知り合いのように感じられた。互いに敵であるはずなのに、お互いの武器は収めたまま。
ゼインに至っては武器すら持っていなかった。両手はズボンのポケットに入れられたままだ。アルファが手に持った銃で殺そうと思えば殺せる。しかしアルファはそうしない。
「生憎、捕まってやる義理もないんでな。逃げさせてもらう」
「すでに塔の周りは封鎖しました、逃げられるものなら逃げて御覧なさい」
ゼインの後ろに控えていたジェシカが挑戦的に言う。
「上等……」
アルファは外套をひるがえす。同時に円筒形をしたものが彼の前方にばら撒かれた。
「…耳塞いどけ」
すぐ近くまで顔を近づけたアルファがエミネにそう告げるやいなや、彼はエミネを抱えた。次の瞬間、強烈な光と音がその場を満たす。
「スタングレネードかっ!」
光の向こうでゼインが呻く。さすがに軍隊で訓練されているというべきか、ゼインは即座に命令を下す。
「全トルーパー、一斉射撃! やつを仕留める!」
アイゼントルーパーたちが武器を構えている間にアルファは背後にあったパイプオルガンに向かって走る。ゴールはその上。先ほどからの戦闘でも割れなかったステンドグラスだ。オルガンを蹴り、跳躍。発砲。
バリィィン!!!
マジックバレットの直撃を受けたステンドグラスはきらびやかに散る。アルファはエミネを抱えたままステンドグラスのはめ込まれていた壁の縁に到達した。見下ろすと、トルーパーたちが銃口を向けている。
しかし狙いは定まらないはずだ。訓練を受けている軍人がスタングレネードに対応できたとしても、トルーパーたちは所詮機械。閃光で目をやられてしまうのはどうしようもないことだからだ。それが不意打ちならなおさら。
「待て! アルファ・レィング!」
ゼインの叫びを背に、アルファは塔から飛び降りた。