第八章 おわりに
さあ、これで、魔王とアンゼリカのお話はおしまいです。
最後に、ふたりの間で起こった、ちょっとしたできごとについて、ふれておきたいと思います。
それは、魔王ヤギとアンゼリカが、魔法使いのホウキと杖を、がけの下に捨てたあと。
石になった草も、アンゼリカの声も、ぜんぶ、もとのとおりになった、そのときに起こりました。
ヤギの鼻先に抱きついたアンゼリカと、それを照れくさそうに受けとめたヤギを、突然、不思議な、あたたかい光が包みこんだのです。
それは、とんがり山のてっぺんからふってくるようでもありましたし、雲の切れ間から差しこんできたようでもありました。
きらきらと輝くりんぷんのようでもありましたし、ちゃんとした光のようでもありました。
その、美しい光の中で、アンゼリカは見たのです。
自分のからだがみるみる大きくなって、お后さまと同じくらいになったのを。
「まあ!」
アンゼリカは、くるくるとまわって、自分のすがたをよくたしかめました。
前は、まるで子どもっぽかった手足が、いまはすらりと伸びて、だれから見ても、きれいなむすめさんです。
ワンピースについたジュースのシミは、ツタのからまった、ぶどうのししゅう模様に変わっています。
もちろん、少し曲がったままだった羽は、ぴんと伸びていました。
「わたし、シルフェになったのね」
アンゼリカが言うと、それでもやっぱり大きなヤギは、うれしそうにうなずきました。
そう、風の妖精ピスキーは、いろいろなことを経験したり、それを乗りこえたりすると、シルフェになるのです。
つまり、これで一人前。
アンゼリカの冒険が、妖精王さまにみとめられたという、なによりの証(あかし)なのでした。
でも、妖精王さまには悪いのですけれど、アンゼリカは、あんまりうれしくありませんでした。
なぜって、自分がいまなりたいものは、シルフェではなかったのです。
アンゼリカがなりたかったのは、ヤギと同じ、魔王。
そうすれば、このだれよりもたのもしく、いとしい紳士と、いつまでだっていっしょにいられるはずですから。
「そういうことを言うものじゃないよ」
ヤギは、悲しそうにうつむくアンゼリカのほほに、鼻をすり寄せて、言いました。
「よろこばしいことじゃないか。お前さんは、おとなになったのだから」
「でもわたし、魔王になれないのだったら、前のままがよかったわ」
「それはどうして?」
「だって、こんなに大きかったら、もう魔王さんのおなかで寝られないし、角にだって座れっこないもの」
ヤギは笑って、こう言いました。
「お前さんは、まだまだ子どもだね」
アンゼリカは、ちょっぴり、傷ついてしまいました。
「なあ、お前さん。そう、前にあったことばかり、よかったと思うことはないよ。わたしは、いまのお前さんのほうが、きれいだと思うがね」
「本当? ねぇ、本当にそう思うの?」
「ああ。お前さんは、いままで会った中でも、一番きれいなシルフェだよ」
「うれしい!」
アンゼリカは、ヤギの顔を、力いっぱい抱きしめました。
アンゼリカの胸に、そして、ヤギの胸にだって、あたたかい幸せの火がともりました。
「さあ、お乗り、かわいいシルフェ。これからも、お前さんがわたしに乗りたいと思うなら、いつだって乗せてあげよう。おとなになったお前さんはどこへだって行けるし、わたしは、お前さんの魔王なのだからね」
それから先もずっと、アンゼリカは、妖精の里に戻りませんでした。
そして、魔王ヤギのすがたも、とんがり山から見えなくなりました。
ふたりが、どこへ行ったのか。
それはきっと、妖精王さまにだってわからないでしょう。
だから、あのダンゴムシの兄弟に聞いたって、
「さあ、知りませんね。それよりも……」
なんてことになるでしょうね。




