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第四章 魔王を探して

 魔王は、山の上を目指していったにちがいありません。

 なぜって、いつもそうだったのです。

 日の出と一緒に起きて、山をのぼり、ごはんを食べておりてくる。

 いつも同じところでごはんを食べていると、草がなくなります。

 だからそうしているのだと、言っていたのです。

 アンゼリカは、石つぶてのような雨の中を、ふらふらになりながら飛びました。

 羽に雨つぶが当たって、りんぷんが、ぜんぶながされてしまいました。

 それでも、無理をして飛びましたけれど、

「だめだわ、重たくなってきちゃった……」

 アンゼリカは、どうしても、これ以上は前へ行けなくなってしまって、下の岩だなに見えた、ひび割れのすき間に、羽を休めに入るしかありませんでした。

「ええ、もう。なんていじわるなお天気なの!」

 雨はどんどん、どんどん強くなっていきます。

 雷がピカッ、と黒い空を引きさいて走っていきます。

 風はもう、上からだか下からだかわからないほど、めちゃくちゃに吹いていました。

 アンゼリカは、雨の当たらない、すき間の奥に入りこんで、ワンピースのすそをしぼりました。

 そして、羽をふって、かわかしました。

「きゃっ!」

 突然、金属のおなべをひっくり返したような、ものすごい音がしました。

 すぐ近くに、雷が落ちたようです。

 変に、こげくさいにおいもします。

 魔王さんは、だいじょうぶかしら。

 アンゼリカはとても心配になって、そろそろと、外へ顔を出してみました。

 するとまたそこに、ドカン!

「きゃああ!」

 アンゼリカは転がるように奥まで逃げて、小さくからだを丸めました。

「ココ……お后さま……魔王さん……」

 あたりはもう真っ暗で、なんて心細さでしょう。

 こんなときなら、あのダンゴムシの兄弟でさえ愛しく思えます。

 わたしって、こんなにいくじなしで、泣き虫だったのね。

 ぐす、とこぼれかけた涙を、アンゼリカは目をとじて、ぐっとこらえました。

 なにか楽しいことを考えようと、昨日の夜に魔王が歌ってくれた歌を、思い出そうとしました。

「月を見てごらん……夜にあいた、穴を。……ううん、ちがうちがう。ああ、どんなだったかしら」

 どうにも心がざわついてしまって、うまくいきません。

「夜に……よ、るに……夜にあいた穴を。そう、こんな感じだったわ」

 アンゼリカは同じフレーズを、何度も何度も口ずさみました。

 そうしていると、不思議と、雨の音も風の音も、もちろん雷の音だって気にならなくなったのでした。

 と、そのときです。

 カツ、カツ、カツ……。

 この大嵐の中を走る、足音のようなものが聞こえたではありませんか。

 足音は、外のがけを、どんどん近づいてきます。

 岩だなを飛びはね、下から上へとのぼってくるようです。

 アンゼリカは、魔王がそういう歩き方をすることをよく知っていましたから、ハッとしました。

 そして、まだひどく吹き荒れている嵐のことも忘れて、ひび割れの間から、外へ顔を突き出しました。

「魔王さん!」

 足音が、ぴたりと止まりました。

「魔王さん、ここよ!」

 足音が、また動き出しました。

 カツ、カツ、カツ、カツ。

 ズル、ズル、ズル、ズル。

「……あれ?」

 おかしな音が、一緒に近づいてきます。

「魔王さん……?」

 アンゼリカは、ぐっと首を伸ばして、音の方向をよく見ようとしました。

 雨がカーテンのようにかかって、ほんの少し先の岩だなも、はっきりとしませんでした。

 するとそのとき、まったく、恐ろしいことが起こったではありませんか。

 なんと、びっくりするほど白くて、するどいきばが、下からがぶりと、かみついてきたのです。

「きゃあ、ああ!」

 それは本当に、危ないところでした。

 もう少し頭を引っこめるのが遅かったら、むしゃむしゃとやられていたかもしれません。

 足音の正体、それは、太いしっぽを持った、大きな火トカゲでした。

 きっと、水に弱いこの生きものは、雨やどりできる場所を探していたのでしょう。

 そこに、おいしそうなアンゼリカを見つけたものだから、ちょっとつまみにきたのです。

「いやあ! こないでえ!」

 アンゼリカは、岩のひび割れに頭を突っこもうとする火トカゲにむかってさけびました。

 火トカゲは、するどい爪で岩を引っかきながら、気持ちの悪い色をした長い舌をベロベロと出して、手の届かないところにいるアンゼリカを、からめ取ろうとしました。

 雨のせいで、火トカゲのからだを包みこんでいる火は弱くなっていましたけれど、舌の先は、まだ赤々とした炎が残っています。

 必死になって、かべに張りつくアンゼリカのワンピースが、ちりちりとこげました。

「助けて! 助けてえ!」


 ……するとだしぬけに。

 ギャ、と短くさけんだ火トカゲのすがたが、入口のところから消えたのです。

「しめしめ」

 と、外から、しわがれた声が聞こえました。

「やはり火トカゲ探しは、雨の日に限るわい」

 アンゼリカはもう、怖かったやら、びっくりしたやらで、その声がだれの声なのか、たしかめる気力もわきません。

 ただ、ぶるぶると震えて座りこんだひょうしに、手元の石がちょっとくずれて、音を立てました。

「む……?」

 外のだれかの目が、岩のひび割れから、のぞきこんできました。

「おぅや」

「きゃ!」

 なんという恐ろしい目でしょう。

 白目のところが黄色くて、薄暗い中でもギラギラと光って見えます。

 魔王のような優しさや、かしこさなんてまったく感じない、とても、いやらしい目でした。

「これは珍しい」

 と、その黄色い目のだれかは、ひび割れの間に、枯れ枝のような手を入れてきました。

 アンゼリカは、右に左に逃げましたけれど、羽をつままれて、外に引きずり出されてしまいました。

「はなして、はなしてちょうだい!」

「おお、元気のいいピスキーだ」

 その黄色い目の年寄りは、アンゼリカにたたかれても、全然なんとも思っていないようでした。

 いいえ、それどころか、しわしわの顔を、よけいにしわしわにして喜んだのです。

 顔の真ん中にたれ下がっている、まるで、ひからびたひょうたんみたいなその鼻を、ぶらぶらとゆさぶって。

 ああ、わたし、このひとに食べられちゃうんだわ。

 アンゼリカはもう、それしか考えつきませんでした。

 ですから、このつば広帽をかぶった年寄りが、うわさの魔法使いだということにも、もちろん気がつかなかったのでした。

「さあ、お前もおいで」

「いやよ! いやいや!」

「なあに、怖くない、怖くない」

 歯抜けの顔で笑った魔法使いは、握っていたこうもり傘を首に引っかけ、あいた手の中に、フッと息を吹きかけました。

 すると小さな緑色の炎が上がって、なにもないところから、金の虫かごがあらわれました。

 魔法使いは、アンゼリカを無理やり、その中に押しこめてしまいました。

「いや! 出して!」

 アンゼリカは暴れましたけれど、ガチャガチャ言うばかりでどうにもなりません。

 そうしている間にも、小さな虫かごは、年寄りのまたがったホウキの先に、結わえつけられてしまっています。

「あっ!」

 アンゼリカは、となりのかごに、さっきの火トカゲが入っているのに気がつきました。

 火トカゲは、アンゼリカを見て牙をむき出しましたが、

「カァーマ!」

 魔法使いのひと言で、伸びてしまいました。

 死んじゃったわ!

 アンゼリカはあんまり驚いてしまって、悲鳴も出ませんでした。

「さあ、行こうかい」

 魔法使いのホウキは、まだゴロゴロと鳴っている暗い空へ、ふわりと飛び出していきました。



 それから、どれくらいたったでしょう。

 アンゼリカがつかまってしまった、あのひび割れのところに、トン、トン、と岩だなを飛びおりる足音が、近づいていました。

 雨はやんだというのに、その角からも、黒い毛並みからも、ぽたぽたと水滴がしたたり落ちています。

 赤い目はあたりを見まわして、鼻は、なにかを探してひっきりなしに動いています。

 そう、それはあの、魔王ヤギでした。

「……さて」

 あの子のさけび声が聞こえたのは、このあたりだったような。

 ヤギは、足を止めました。

 ですが、探しに来た、と思われるのも少し恥ずかしかったので、大声で呼ぶような真似もしませんでした。

 なんといっても、すがたを消したのは、自分のほうだったわけですから。

 ヤギはしばらくじっとして、しきりに、空気のにおいをかぎました。

 そして、あのひび割れに気づくと、またそこをスンスンとかぎ、顔をしかめました。

 ヤギには、もうわかったのです。

 なにがあったのか。

 小さなピスキーが、どこへ行ったのか。

 頭を上げたヤギは、さっきよりもずっとはっきりした足取りで、山をかけのぼっていきました。


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