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第三章 風が吹いて ひとり

 次の日の朝。

 アンゼリカは、山の高いところにはえる、背の低い草をベッドに目を覚ましました。

「うぅん」

 と、のびをして、そのまま空を見上げると、どんよりと、くもっています。

「魔王さん、今日は寒いわね」

 ぴゅう、と吹きつけてきた風があんまり冷たくて、アンゼリカは震え上がりました。

 すると、いつもならここで、

「そうだね」

 と、返ってくるはずの声がありません。

「魔王さん?」

 アンゼリカが起き上がると、そこにはもう、だれもいませんでした。

「魔王さん? ねぇ、みんな?」

 いくら呼びかけても、だれも答えません。

 昨日までそこにいた、だれも、だれもです。

 ただ風だけが、ぴゅうぴゅうと泣いています。

 はじめは、

「こんなのいたずらよね」

 と思っていたアンゼリカも、だんだんと心細く、恐ろしくなってきました。

「ねぇ、いるんでしょ? 出てきてちょうだい!」

 アンゼリカは、飛べるようになったことも忘れて、あたりを走りまわりました。

 草をかき分けたり、石を、うんとふんばってひっくり返してみたりもしました。

 がけの下をのぞいたり、大きな声でさけんでみたりもしました。

 ……でも、やっぱり、だれもいませんでした。

「こんなことってないわ……」

 アンゼリカは、羽が折れたときよりもずっと、悲しくなりました。

 ぽろぽろ、ぽろぽろと涙がこぼれて、そのたびにもっと悲しくなりました。

「きっとあのひとは、一緒にダンスしましょうってさそってあげなかったから、怒っちゃったんだわ。それに……」

 昨日はおやすみのあいさつをしたでしょうか。

 そんなことも覚えていないのです。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 アンゼリカは、いままで妖精の里でお后さまに言ったのよりもたくさん、ごめんなさいを言いました。

 いっぴきのダンゴムシがカサカサやってきて、すすり泣くアンゼリカの前で足を止めました。

「こんにちは。あなた、見ましたか」

「それどころじゃないの。わたし、それどころじゃないのよ」

「そう、まったくとんでもないことですよ。ぼくが思うに、これはとんがり山はじまって以来の、大事件です」

「あ!」

「ねえ、あなたもそう思うでしょう」

 ダンゴムシはダンゴムシで興奮していましたけれど、一番興奮したのは、もちろんアンゼリカです。

 なにしろ、今日はじめて、だれかに会ったのですから。

「あなた、あなた、昨日のダンスパーティに参加して?」

「ええ、出ましたよ。すばらしい夜でしたね。それよりも、あなた。あれをどう思います? あれはもしかしたら、あのとんがり山よりも高いんじゃないかな。いや、きっとそうですよ」

「なんの話?」

「ほら、ここからも見えませんか」

 ダンゴムシが、たくさんの手足で指さしたのは、ずっとむこうにある、なにか黒っぽいかたまりでした。

「あんなの、山よりもちっちゃいわ」

「おや、そうですか? ぼくが下から見たときは、とんでもない大きさでしたけどね」

 少し、ダンゴムシの機嫌をそこねたようだったので、アンゼリカはあわてて言いました。

「あれはなに?」

「さあ。でも、大きさが変わるのなら、魔法使いの道具かもしれませんね。たまにあるんですよ、空から落ちてくるなんてことが。いやいや、あんなに大きいのは、はじめてですけどね」

「魔法使いと魔王は同じもの?」

「魔法使いは魔法使いで、魔王は魔王じゃありませんか? ところで、魔王ってなんです?」

 このひとは、あんまり本を読んでもらったことがないのね。

 アンゼリカは思いました。

「でも、ありがとう。あとで行ってみるわ」

「そうでしょう。本当に、たいしたものですよ。じゃあ、ぼくはこれで」

「あ、待って! あなた、昨日のダンスパーティに参加していたのよね?」

「あれ、ぼくはそんなこと言いましたっけか。まあ、たしかに出ましたけれどね」

「じゃあ、角がこんなに大きくて、真っ赤な目をしたひとを見なかった?」

「さあ。それは、カブトムシかだれかですか?」

「いいえ。だったらいいわ。さようなら、ダンゴムシさん」

「さようなら」

 話好きのダンゴムシは、また次の相手を見つけるために、せかせか行ってしまいました。


 さあ、ひとり残されたアンゼリカは、これからどうしたらいいでしょう。

 また魔王を探しましょうか。

 それとも、ダンゴムシ以外の生きものを探しましょうか。

 少し考えたアンゼリカは、とにかくその、魔法使いの落としものだという黒いかたまりを見に行くことにしました。

 なんといっても、ダンゴムシが知らなかっただけで、魔法使いとは、あの大好きな魔王のことかもしれないのですからね。

「よし、行くわよ」

 元気百倍で胸をはったアンゼリカは、かべのように立ちふさがる草をかきわけて、黒いものの見えた方向へ進んでいきました。

 途中、ゴロゴロと空が鳴りはじめましたけれど、その黒いものに着くまでは、なにごともありませんでした。

「……なにかしら、これ」

 見たままを言うなら、たぶん、枝です。

 黒いものとは、アンゼリカではとても持ち上げられないような太い枝が、何本も何本も積みかさねられて、やぐらのようになっているものだったのです。

 その高さは、アンゼリカの五人分もあるでしょうか。

 アンゼリカは、ぽかんと大口をあけたまま、しばらくそれを見上げました。

「たき火をするのかしら」

 いいえ、それにしては、あまり上手とは言えない積みかたです。

「ランプのかさ?」

 これもおかしいと、すぐにわかりました。

 枝どうしが、まったく、くっついていないのです。

 本当に、ただ積んだだけ、という感じでした。

「家?」

「いえいえ、これはちょっと快適とは言えませんね」

「あら」

 アンゼリカの横には、いつの間にか、ダンゴムシが座っていました。

「あなた、また見に来たの?」

「また? ぼくはここに来たの、はじめてですよ。おにいさんに教えてもらったんです」

「あなたのおにいさんって、あのダンゴムシさん?」

「おや、変なことを言いますね。ぼくのおにいさんがバッタのわけないでしょう」

 アンゼリカは、それもそうかと思いました。

「あなた、おにいさんにそっくりね」

「ええ。ぼくたち、どっちもおかあさん似なんです」

「あらそう。ねぇ、それよりも、あなたはこれなんだと思う?」

「さあ。おにいさんは、魔王の道具だと言ってましたよ。魔王ってなんでしょうね」

「……さあね」

 アンゼリカは、ちょっぴり腹が立ちました。

 このダンゴムシたちときたら、これではまったく、お話になりません。

 くちびるを突き出してだまってしまったアンゼリカに、ダンゴムシはのんびりと言いました。

「ねえ、あなた。せっかく、そんなに立派な羽があるんですから、空から見てみたらどうです?」

「え?」

「ぼくが思うに、これは上から見るものなんですよ」

「そうね、そのとおりね!」

 アンゼリカは、びっくりして答えました。

 そうなのです。

 自分は飛べたのです。

 アンゼリカは、ぱたぱたと羽ばたいて、ぴょんとジャンプしました。

 上から見た枝のやぐらは、六角形に組んでありました。

「あ!」

 やっとわかりました。

 これは、妖精のよくする合図です。

 妖精はこうやって、木や石をつかって、友だちにいろいろなことを知らせるのです。

 たとえば、枝を三角に組めば、

「ここは危険だぞ」

 ということですし、石をぐるっとまあるく置けば、

「ここでパーティをやろう」

 となります。

 じゃあ、六角形はなにかというと、

「ここにいるよ。助けて」

 という、救難信号なのでした。

 そういえば、ここはアンゼリカの寝ていた場所の近くです。

 魔王がこれを作ってくれたに、ちがいありません。

 アンゼリカは、手足がぶるぶる震え出しました。

 とたんに、魔王に会いたくて会いたくて、しかたがなくなりました。

「魔王さぁん!」

 アンゼリカはさけびました。

 ですが、小さな声は、こだまにもならずに消えてしまいます。

 アンゼリカは、ダンゴムシにさようならも言わず、山のてっぺんにむかってかじをきりました。

 自分ができる、いっぱいいっぱいの力で飛びました。

「魔王さぁん!」

 空がまた、ゴロゴロ鳴りはじめました。

「魔王さぁん!」

 大粒の雨が、アンゼリカの顔に、ピチャ、と落ちてきました。


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