↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

朱の檻に咲く毒華~騙されるな。これはただのデスゲームでも、成り上がり劇でもない。地獄を生き延びた女を待ち受ける、最悪のどんでん返し。~

作者: のえみん
掲載日:2026/10/21

一


 重い鉄の匂いと、腐敗しかけた香料の匂いで目が覚めた。


「……ここは……?」


 李玲(リレイ)は体を起こした。肌を刺す冷たい石畳。周囲を見回すと、見覚えのない地下の広間に、十数人の少女たちが倒れていた。いずれも絢爛豪華な絹の衣装を纏っている。名門の令嬢や、下級貴族から選ばれた「王妃候補」たちだ。


 玲不もまた、貧乏貴族の家系から身を立てるため、この後宮へ上がった身であった。


「気がついたか、小娘」


 暗がりから声がした。広間の天井近くにある小さな格子窓から、松明の灯りがぼんやりと落ちている。そこに立っていたのは、宮廷の総管太監(とうかんたいかん)であった。


 太監は冷笑を浮かべながら、一枚の文(ふみ)を広げた。


「今宵より、これなる『選妃の儀』を始める。ルールは至極単純。この閉ざされた地下迷宮にて、最後のひとりとなるまで殺し合え。生き残った者こそが、我が国の新たな王妃となり、至高の栄誉をその手にするのだ」


 ざわめく少女たち。「冗談でしょう!」「私は尚書(しょうしょ)の娘よ!」と叫ぶ声が響く。


 しかし、太監が合図を送ると、鉄の扉が重々しい音を立てて固く閉ざされた。格子窓すらも鉄板で覆われ、完全な闇と沈黙が降り立つ。


「王妃になるのではない……生き残るのだ」


 玲は即座に悟った。ここには愛も慈悲もない。ただの屠殺場だ。


 地獄の蓋が開いた。


二


 暗闇の中で、最初に動いたのは有力な大貴族の娘・張麗(チョウレイ)とその私兵同然の侍女たちだった。彼女たちは隠し持っていた簪(かんざし)や隠しナイフを抜き、乱戦の口火を切った。


 暗闇に響く悲鳴、肉を裂く音、そして命を乞う声。


(正面から戦えば、下級貴族の私に勝ち目はない……!)


 玲は身を低くし、死体の中に滑り込んだ。返り血を全身に浴び、死人の振りを決め込む。


 数時間が経過した。血の匂いは部屋を覆い尽くし、生き残ったのはわずか数名となった。


 最後に残ったのは、武官の娘である張麗と、知略に長けた才女・陳華(チンカ)、そして物陰に潜む玲だった。


 張麗は刃を血で濡らしながら息を荒げている。「これで私は王妃よ……! 皇様のお側に行けるのよ!」


「お気の毒様、張麗様」


 暗闇から放たれたのは、毒であった。陳華が事前に仕込んでいた服の香に混ざっていた遅効性の毒が、張麗の脂汗とともに体内に回る。張麗は血を吐きながら倒れ、絶命した。


「ふふ、これで私が最後のひとり……」


 陳華が勝利を確信して笑った瞬間、その背後から玲が飛びかかった。


 玲が手にしていたのは、乱戦の最中に死体から密かに引き抜いていた、長くて太い髪飾り——ただの金属の針ではない。迷宮の壁に生えていた「狂乱草」の汁を擦り込んだ毒針であった。


「なっ……!?」


「あなただけじゃない。生き残るために工夫を凝らしていたのは」


 玲は容赦なく針を陳華の首筋に突き刺した。陳華は苦悶の表情を浮かべ、喉を鳴らしながら崩れ落ちた。


 重い静寂が戻る。


 周囲には、血の海の中に横たわる少女たちの死体。息をしているのは、全身血まみれになり、呼吸を乱す玲ただひとりだった。


三


「ギィィィ……」


 重い鉄の扉が開いた。


 光が差し込む。そこに立っていたのは、先ほどの総管太監と、金糸の刺繍が施された豪華な衣装を纏った男たちだった。


「見事なり、李玲。お前が最後の生き残りか」


 太監が優雅に一礼する。


 玲は膝をつき、激しい吐き気に耐えながら、血に染まった手を握りしめた。


「約束……通り……生き残りました。私を……王妃に……」


「もちろんだとも。お前こそが、我が国で最も強固な執念と、冷徹な牙を持つ『至高の王妃』だ」


 豪華な輿(こし)に乗せられ、玲は地下迷宮から連れ出された。温かい湯で血を洗い流され、最高級の絹の衣を纏い、顔には完璧な化粧が施される。鏡の中に映るのは、修羅場を潜り抜けたとは思えぬほど美しく仕立て上げられた「王妃」の姿だった。


(勝ったのだ。私は泥をすする貧乏生活を脱し、この国の頂点に立ったのだ)


 恐怖と狂気の中で勝ち取った勝利。玲の胸には、暗い歓喜が燃え上がっていた。


 その夜、玲は皇帝の寝所である「紫宵殿」へと案内された。


四


 重厚な扉が開かれ、玲は一人で部屋へ入った。


 部屋の奥、薄絹の帳(とばり)の向こうに、この国の主である皇帝が座していた。


「お前に会えるのを待っていたよ、我が王妃よ」


 静かな声。玲は床にひれ伏した。


「不徳の身ながら、皇帝陛下のお側にお仕えいたします」


「面を上げよ」


 玲が顔を上げると、薄絹が払われた。そこいたのは——若く麗しい皇帝ではなかった。


 そこにいたのは、青白く痩せこけ、肌には気味の悪い黒い斑点が浮かび、血管が黒く浮き出た「怪物のような老人」であった。胸元からは、正体不明の妖しい香気の煙が立ち上っている。


「ヒッ……!?」


 思わず息を忘れる玲に、皇帝は歪んだ笑みを向けた。


「驚くことはない。これが、我が一族が代々受け継ぐ『龍脈の呪い』の姿だ。この国を統べる代償として、我が肉体は刻一刻と腐敗し、霊力を食い荒らされている」


 皇帝はゆっくりと立ち上がり、玲に近づいてきた。その手は枯れ木のように干からびている。


「陛下……これは……一体……?」


「知らぬか? なぜ後宮の『選妃の儀』で、候補者たちに殺し合いをさせるのかを」


 皇帝は玲の顎を冷たい指でしゃくり上げた。


「愛や才覚など、王妃には不要なのだ。必要なのはただひとつ——極限の絶望と殺意を乗り越え、他者の生き血と執念を吸い尽くして生き残った『最も強靭で穢れた魂』だけなのだよ」


「な……にを……」


「我が呪いを抑え込み、我が命を永らえるには、純粋な娘の生き血では足りぬ。地獄を生き抜き、怨嗟を抱いた王妃の魂と肉体を『生贄』として捧げ、その生命力を我が身に注入し続けねばならんのだ」


 玲の血が凍りついた。


 王妃とは、国の頂点に立つ者ではない。

殺し合いの末に、最も濃厚で美味な「生贄の器」として熟成された、餌に過ぎなかったのだ。


「さあ、来い。我が愛しき王妃よ。お前のその燃えるような生の執念を、私に捧げるのだ」


 皇帝が手をかざすと、部屋の四方に仕込まれていた陣が赤く光り輝いた。玲の身体が金縛りに遭ったように動かなくなる。


 身体の奥底から、生命力が吸い上げられていく激痛。


「嫌……嫌ぁぁぁぁぁっ!!」


 玲の叫び声は、紫宵殿の固い扉によって遮られ、夜の宮廷の中へと虚しく消えていった。


 朱色に塗られた豪華絢爛な後宮の檻の中で、新たな王妃は、永遠に終わらない地獄の生贄として繋がり続けられるのであった。


(了)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。