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ゆたかの怪奇列島第8章「口裂け女」  作者: こうた


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第1話「視線」

東京。

人が、多すぎる。

視線。

すれ違うたびに、何かを測られているような感覚。

「……なんか嫌やな」

ななが眉をひそめる。

「人、多いだけやろ」

ゆたかは気にしていない。

だが——

少しだけ、空気が違う。

神父が静かに言う。

「密度が高いほど、感情は伝播しやすい」

一拍。

「特に“評価”は」

桃太郎が周囲を見る。

人、人、人。

笑っている者。

無表情の者。

スマホを見続ける者。

だが——

どこか、全員が“誰かを見ている”。

そのとき。

「……なんでやねん」

小さな声。

振り向くと、スーツの男が立っている。

スマホを握りしめている。

画面にはSNS。

何かを書き込まれている。

「こんなにやってんのに……」

手が震えている。

「なんで評価されへんねん……」

周囲の人間が、チラチラと見る。

無言の視線。

男の呼吸が荒くなる。

「……なんでや」

一歩。

近くの男に詰め寄る。

「お前、見てたやろ!!」

突然の怒号。

詰め寄られた男が戸惑う。

「は?知らんがな」

その一言。

空気が変わる。

「……は?」

スーツの男の目が、見開く。

「知らんやと?」

拳が震える。

「俺がどれだけやってるか……」

“ガンッ!!”

殴る。

いきなり。

ななが叫ぶ。

「おい!!」

周囲がざわつく。

だが——

誰も止めない。

スマホを構える者。

距離を取る者。

ただ、見る。

ゆたかが舌打ちする。

「最悪やな」

神父が低く言う。

「すでに始まっています」

一拍。

「評価の暴走です」

そのとき。

“カツン”

足音。

乾いた音。

人の流れの中で——

一人だけ、違う動き。

ゆっくりと歩いてくる女。

長い髪。

マスク。

不自然なほど、静か。

桃太郎の目が細くなる。

「来る」

女が立ち止まる。

目の前。

倒れている男の前で。

ゆっくりと——

顔を上げる。

そして。

聞く。

「……私、きれい?」

空気が止まる。

周囲のざわめきが、消える。

ななが小さく呟く。

「出たな……」

倒れていた男が、顔を上げる。

視線が合う。

完全に。

逃げられない。

「……き、きれい……や」

震えながら答える。

女が、笑う。

ゆっくりと。

そして——

マスクに手をかける。

外す。

裂けた口。

耳元まで裂けた、異様な笑み。

「……これでも?」

男の顔が、引きつる。

呼吸が止まる。

「……っ」

言葉が出ない。

女の目が細くなる。

その瞬間——

男の目が変わる。

虚ろに。

そして——

笑う。

「……足りへん」

立ち上がる。

ふらつきながら。

「もっと……綺麗にせな」

ポケットから、カッターを取り出す。

ななが叫ぶ。

「やめろ!!」

だが——

止まらない。

頬に当てる。

スッ——

血が滲む。

ゆっくりと。

だが確実に。

切る。

周囲がどよめく。

それでも。

誰も動かない。

ただ——見る。

ゆたかが一歩出る。

「……行くぞ」

その瞬間。

“無音”

完全な静寂。

時間が止まる。

色が薄れる。

そして——

声。

どこからともなく。

低く。

静かに。

刺さる。

「誰が——」

(間)

「お前の価値を決めた?」

空気が震える。

神父の目が見開く。

桃太郎の呼吸が止まる。

ななは——

気づかない。

ゆたかも——

反応しない。

一瞬。

本当に一瞬。

そして——

現実が戻る。

音。

叫び。

血。

全部が一気に戻る。

ななが息を荒くする。

「今……なんか……」

神父が静かに言う。

「……はい」

一拍。

「確認しました」

桃太郎は何も言わない。

ただ——

空を見る。

わずかに震える拳。

ゆたかが振り返る。

「どうした」

桃太郎は首を振る。

「……いや」

だが。

目は、確実に変わっている。

疑問。

そして——

恐れ。

ゆたかが女を見る。

口裂け女。

まだ、そこにいる。

そして——

笑っている。

「……次は誰?」

風が吹く。

冷たい風。

都市に広がる気配。

■ 第8章 第1話 終


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