熱心なファン登場?
俺のペンフレンドはまだまだいる。虫博士のドクター・スカラベだ。なんとも偽名くさい名前だが、俺も偽名なので文句は言えない。
彼は正体を明かしたがらず、私生活の話は一切しない(まあ俺も興味はないが)。だが虫の話になると、彼(彼女?)は途端に饒舌になった。
特に興味深かったのが――「血吸い蜂」の研究だ。
スカラベ博士は、女王蜂のフェロモン支配行動を利用し、飼い主に絶対服従する血吸い蜂の群れを繁殖させているらしい。
この血吸い蜂、山の中だけでなく、ときには人里近くの森にも現れる虫らしく、鹿やウサギなどの動物の血液を吸い出して腹袋に溜め込み、巣へ運ぶ習性がある。文字通り血生臭い虫だ。
博士はこの習性を利用して、血吸い蜂が『血管から血液を吸い出す』、逆に『血管内に薬液を注入する』ように訓練したらしい。
しかも血吸い蜂は刺すときに麻酔作用のある唾液を分泌する。刺された側は痛みを感じない。蚊のように痒くなることもない。
つまり――空飛ぶ注射器!!
採血も薬液投与も痛みなし。医療従事者からすれば夢のような話だ。
現在の悩みは、血吸い蜂の飼育研究には資金がかかるのに、なかなか研究援助が得られないことらしい。
なにか妙案はないか相談され、俺は「血吸い蜂」という名前が物騒すぎるから、『改良型治療用益虫の飼育研究』として寄付を募ってみてはどうか、と提案した。
すると幸いにもうまくいったようで、便箋いく枚にも綴られた感謝の手紙が届いた。
スカラベ博士への返信を書いている俺のところに、レナードが銀盆に載せたご立派な封蝋がついた手紙を持ってきた。
「ジゼル様、カイル様からのお手紙でございます」
「またか……」
カイル・ペンドラゴン。こいつもスカラベ博士と同じで、身元を隠したいらしく、ご丁寧に手紙の冒頭で偽名であることに関する謝罪が書かれていた(別にどうでもいい。俺も偽名だし)。
カイルは少し変わっていて、俺の論文を読んで、その魔法の汎用性の高さと実用性に興味を持ったようだった。
特に応急手当て魔法の論文の文末に書き添えた「治癒魔法を一部の特権階級のみで独占するのは傲慢であり、非効率だ。啓蒙し、体系化し、広く民衆に開放するべきである」という一文に強く共感したらしく、彼からに手紙には俺の高潔な精神に対する賛辞の言葉が長々と書かれていた。
『アイゼン博士のような高潔な志をもった人物は久しく拝見したことがない』
『貴方の目に映る景色が常に美しく、眠るベッドには季節の花が咲き誇る優美な場所であることを心から願う』
『いつかお会いした際は、貴方の瞳を見つめながら尊敬の念を伝えることを許して欲しい』
などと、歯の浮くような賛辞が延々と綴られていた。
……正直、ちょっと怖い。
いや、別に悪いことを書いているわけではない。むしろ褒めてくれている。だが文章が妙に丁寧すぎるというか、熱量が高すぎるというか。
俺の論文をここまで真面目に読み込んでくれているのはありがたいが、どうにも距離感が近い。
そもそも顔も知らない相手だぞ。
このカイルという男、いったい何者なんだ。
手紙の最後には、いつものように丁寧な署名が添えられていた。
『惜しみない愛を込めて、カイル・ペンドラゴン』
……いや、重い。
いちいち大げさな奴だな、と思いながら俺は手紙を畳んだ。
それに、紙もインクもやたら品質がいい。明らかな高級品だ。心なしか、いい香りまでしている。
……絶対に庶民じゃないな。
それに俺の予想では、コイツはかなりのイケメンの陽キャだ。
だが、このときの俺はまだ知らなかった。
この男が、後に俺の人生をとんでもない方向へ引きずり込むことになる張本人だということを。




