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異世界版グラム染色

 お父様からパトロン宣言をいただいてから3ヶ月。俺は相変わらずやりたい放題だ。


朝から晩まで部屋にこもり、部屋中に積み上げられた書籍の山は床一面に広がり、研究結果をまとめた論文から、ちょっとした思いつきを書き留めたメモ書きまでが机の上を埋め尽くしている。


あれから『応急手当て魔法』、『浄化魔法の創傷内異物除去への応用の検討』、『熱魔法を応用した蒸留水作成の効率化』についての論文を書き上げ、皇都で発表した。


研究というものは、公開され批判的吟味を受けるべきだからだ。


それに、俺と同じような研究をしている人間にコンタクトをとる目的もあった。


狙い通り、皇都の学園の教授だという貴族数名から興味深い手紙が届き、俺は彼らとの文通による意見交換を楽しんだ。


もちろん、ジゼル・カーネリアの名前を使うわけにはいかない。


我が家は貴族界きっての悪名高い一族であるし、そんな家の次男とまともに研究交流をする者はいないだろう。


そこで使った偽名は――ナオ・アイゼン。

前世の名前をもじったものだが、なかなか気に入っている。


どこの世界にも変わった研究オタクはいるもので、手紙のやり取りを続けていくうちに、中には自身が研究している装置や成果を紹介してくる者もいた。


皇都で働く天文学者、エイデン・リサーチは、手製の視野拡大装置の試作機をぜひ使ってほしいと送ってくれた。


標本を置く台座の上に対物レンズと接眼レンズが組み合わされた筒状のそれは、元の世界で使っていた顕微鏡にそっくりだった。(レナードは眼鏡をかけているし、レンズ自体は存在している。だからどこかに似た装置はあるだろうとは思っていたが……)


 試作機なだけあって、さすがに元の世界にあった顕微鏡ほどの精度はない。ピント調整もかなり難しい。だが低倍視野から高倍視野まで観察できる、なかなか優秀な装置だった。


早速、腸内細菌でも観察しようと、庭にやってくる野うさぎの糞を水に溶かし、ガラス板に薄く塗って火炎で固定したところで――


はたと気がついた。この世界にはグラム染色用の染色液がない。


グラム染色は細菌の細胞壁に色をつけ、形態や細菌の種類を判別するための染色法だ。


細菌は原核生物で、ペプチドグリカンで構成された細胞壁を持っている。グラム染色にはペプチドグリカンを紫色にするクリスタルバイオレット液、媒染して色抜けを防ぐヨウ素液、脱色のためのアルコール、最後に赤色のサフラニン液が必要になる。


アルコールによる脱色効果で細胞壁が薄い細菌は色が洗い流される。最後に赤色のサフラニン液をかければ細胞壁が厚い細菌は紫色に。薄い細菌は赤色になる仕組みだ。


だが、染色液なんて病院が業者から購入してくれるものだったから、俺は一度も自分で作ったことがない。化学式すら知らない。


だが――これは魔法で解決できた。


書斎にあった『世にもふざけた魔法大全』という本に、飼っている鳥やトカゲの色を変える魔法が載っていたのだ。


生体細胞に色を付与する魔法だ。


詳しく解析するのに少し時間はかかったが、無事に応用魔法を完成させることができた。


名付けて――魔法染色。

生物の細胞壁に色を付与する魔法だ。


標本内の細胞壁を有する生き物が紫色になるように設定した。うまくいけば、細胞壁の厚みに応じて、濃い紫や薄いピンクに細菌たちが染め分けられているはずだ。


さながら異世界版グラム染色だ。

(実際のグラム染色は細胞壁のアルコール脱水で色を染め分けるわけだが)


そして標本に魔法染色をかけ、顕微鏡を覗いた瞬間――


そこには、多少形態は違うが、見慣れた光景が広がっていた。


「……見える」


無数の微生物。

球菌。

桿菌。

奇妙な形の菌。


最も多く見えるのは腸内細菌目だろう。

あれはクレブシエラか。バクテロイデスっぽいのも混じっている。


いいか悪いかはわからないが――この世界にも細菌がいる。これはすごい発見だ。


どうやらエイデンもそう思ってくれたようだ。


魔法染色を用いた微生物観察の結果を報告したところ、翌日にはとんでもない量の質問状が届いた。


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