悪の親玉オジ、来る
翌朝も、俺は目覚めた瞬間からペンを握り、頭の中を駆け巡る疑問やアイディアをすべて紙に書き出していた。
魔法で組織再生が出来るならば、肝臓の細胞から肝臓そのものを再生出来るのか? その逆は?
アポトーシス――細胞の自死を誘導して、腫瘍や異常組織を取り除く。放射線治療のような応用はどうだ?
思案の海に浸かる俺をよそに、侍女が控えめに声をかけてきた。
「ジゼル様、襟元を失礼いたします」
「え、うん、わかった」
それにしても、今日は侍女たちがやけに慌ただしい。
いつもは最低限の世話を終えたら放っておいてくれるのに、今日は周囲を忙しそうに行き来しながら、せっせと俺の髪を梳かし、服を整えてくる。
……なんか、いつもより豪華じゃないですか?
首元に紺色のリボンまで結ばれ、鏡を見て思わず首を傾げた。
そこへ、レナードがやってきて言った。
「ジゼル様、本日はお父上様がお越しになります」
「あぁ、そういえばそんな話だったな。了解、何時ごろ?」
「……午前中の会議が終わり次第とのことです」
「はいはい。それじゃそれまでの時間は、いつも通りってことでいいよね?」
「…………はい」
レナードは何か言いたげな表情をしていたが、ひとまず許可はもらえた。
俺は早速、昨晩布団の中で思いついた創傷治癒魔法の応用案を整理し始めた。
止血、血管再生、組織再生、結合
――創傷治癒の工程を分解し、個別の魔法にする。
例えば、この世界で大きな事故に巻き込まれるとか、ドラゴンに襲われるとか(この世界にはドラゴンがいるらしい。絶対に遭いたくない。引きこもり万歳。)
そういう状況で一番の問題になるのは、大量出血によるショック死だ。多発外傷の患者では、とにかく血を止めながら循環動態を維持し、大量の輸血をすることが必要とされる。
しかし、創傷治癒魔法は大量の魔力を必要とする。
しかも使える人間が少ない。すぐにはできない。
だが――
最初の工程、止血だけならどうだ?
理論上、必要魔力は四分の一で済む。血栓形成による止血は、生体内でもかなり速いスピードで行われる。
大量出血による死亡を防ぐだけなら止血だけで十分だ。
名付けて――創傷治癒魔法応用版。
『応急手当て魔法』。
「よし、まずはやってみるか」
昨日のように騒がれてはいけないので、腕の内側でこっそりと試してみよう。そう思ってナイフを探したが、どこにもない。どうやら没収されたらしい。仕方ないのでペン先を折り、鋭利な破片を作り出す。
「えいっ」
前腕に突き立てると、真っ赤な血が流れ出す。
すぐさま『止血せよ』と唱えると、あっという間に止まった。
驚くべきことに使用魔力量は創傷治癒魔法の 1/8。
87%ほど削減できるということだ。
さらに検証した結果、具体的な部位や作用範囲を指定すると、さらに魔力消費は抑えられる。
それこそ庶民でも使える生活魔法レベルだ。
ほうほうほう。
従来の呪文だと余計な工程と対象範囲が多く、結果として魔力を無駄に消費している可能性があるわけだ。
横着せずに工程ごとに分ければ、それだけ効率化していく。
これはいい発見だ。
次は創傷治癒呪文にも入っていた『ジェクト(浄化せよ)』を試したい。
これは傷口を洗浄するために組み込まれていたようだが、やっていることは『異物除去』だ。
つまり、組み合わせさえ最適化すれば、傷口に入った泥や砂粒などを排出できるのではないか?
そんなこんなで研究に没頭していたら、頭の上に黒い影が落ちるのを感じた。後ろの方でレナードが慌てた様子で制止している。紙から顔を上げると――マフィアの首領みたいな髭ヅラのイカついオジ様が、こちらをじっと見下ろしていた。
カーネリア家当主。悪の親玉。アレクシス・カーネリアだ。
「ジゼル、いったいお前は、何をしているんだ」
「ひっっっっ」
わ、忘れてた~~~~!!
今の今まで忘れていた~~~!!
悪の親玉オジ!!
こわ!!
こっっわ!!!
こんなん外来に来たらちびる!!!
カタギじゃないよ~~!!
絶対ヤバいことしてるよ~~!!
「お、お父様……来訪に気付かず申し訳ありません……」
ガクブルガクブルガクブル。
ヤバいヤバいヤバい。
粗相があったら足にコンクリつけて沈められちゃうよ!!
金食い虫ですいません!!
穀潰しで癇癪持ちの性悪息子ですみません!!
好き放題やっててごめんなさい!!
初めて顔を見たお父様は、よく見れば有名なマフィア映画の俳優みたいに顔は整っていた。
だが、いかんせんオーラがイカつい。
覇王色の覇気だ。
絶対何人も沈めてるよー……。
線が細い美少年のジゼルは絶対に母親似だ。
あっ、でも瞳の色とまつ毛のフサフサ感は父親譲り……
あまりの恐怖に思考が空回りする。
しかしお父様は俺の机の上の走り書きをじっと見つめると、おもむろに口を開いた。
「……これは、治癒魔法について調べているのか?」
「は、はい……」
「どんなことをしているんだ」
「え、どんなことって……」
語ってもいいんですか?
机上のエルフ文字の単語だけで意味を読み取るってことは、お父様も治癒魔法に興味があるんです?
俺は早速、ここまでの研究作業の進捗を語った。
気分は研究室でやるリサーチミーティングだ。
俺は目的と方法、それから実験結果と結果の考察について、存分に語り尽くした。
気づけばいつのまにかお父様には椅子が用意されていて、
悪の貴族、裏社会のボス、アレクシス・カーネリアは、ときおり質問を挟んだり、短く相槌を打ったりしながら最後まで黙って俺の話を聞いてくれた。
「つまり、これは新規の医療魔法の開発のため、煩雑化された旧治癒魔法の再構築と簡略化を目指す研究なのです」
「……そうか、よくわかった。説明ご苦労」
「はい!」
ふー……。
こんなに緊張したのは、研修医のときに初めて学会発表したときくらいだ。
時計の針が進むにつれて、どんどんレナードの顔色が悪くなっていたが、俺は満足です。お父様は席を立つと俺の方を見て言った。
「ジゼル。私はお前を過小評価していたようだ。以前のお前なら、今年中にでも遠縁の分家に嫁がせるほか、行く当てはないと思っていたが……」
「えっ」
嫁が……せる??
俺が?男なのに?
婿入りの間違いでなく?
なんかまだこの世界にはヤバい事実が隠されていそうだぞ??
「お前が今やっていることは帝国の根幹を揺るがす可能性があることだ。心して励みなさい」
「は、はい。お父様」
「そのための助力は惜しまん。資金はいくらでも使ってよい」
「や、やった~最高!……じゃ、じゃなくて……ありがとうございます、お父様……!」
悪の親玉マフィア父からパトロン無制限使い放題宣言いただきました~!!
やったね!!
お父様も満足したのか軽くうなずき、部屋から出ていった。
途端、侍女たちが膝から崩れ落ち、レナードも深く息を吐いた。
「ジ、ジゼル様がお父上様とあそこまで長くお話しされるのを見るのは初めてでございました」
なんだよ、俺の話が長いって?
これでも研究の背景や言語解析部分は省略して説明したんだが。
そもそも父親と息子が、たかだか一時間ちょっと話してただけでそんなにおかしいか? 貴族の親子関係は、よくわからん。




