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血を止めよ、傷を癒せ

「見つけた! これで完成だ!!」


突然大声を上げた俺に、執事長のレナードが慌てて様子を見に来た。


「ジゼル様、どうされましたか!?」


「な、なんでもない! 喉が渇いたから、コーヒーをブラックで飲みたいなー!?」


「いけません、ジゼル様。コーヒーばかりでは胃に悪いです。夜の眠りも浅くなりますし、ハーブティーでしたら」


「わかった、それでいいから!」


足早に去っていくレナードを視界の隅で見送りながら、俺は歓喜に打ち震えた。


ついに……ついに!! 古代エルフ語で書かれた創傷治癒呪文の単語の意味全てを解読したぞ!!


アグは凝固、ヴァステリは血管壁、ブロブはおそらく体内の栄養、タンパク質を意味する。絵柄のないマイクロパズルをしている気分だったが、ついに全てのピースが揃った。


繋げるとこうなる。


『フェルノ アグ ヴァステリ ジェクト パルネド アプル ティリア ブロブ アウクタ ヴォキュトス エクテト マジュム

モルム ミグチム モゲリア マルナ(活性化せよ、凝固せよ、浄化せよ。組織を増幅し、再生因子と蛋白を集めよ。血管を伸ばし、縫い合わせ、筋肉を結び、接着し――密に閉じよ。)』


つまり、この呪文は活性化・止血・血管再生・組織修復を順番に実行している。


第一段階では生体反応の活性化。

身体の自然治癒能力そのものを強制的に目覚めさせている。


次は第二段階。――止血と血管修復。

凝固反応を加速させ、破れた血管を再構築する。


第三段階。――組織再生。

再生因子を増幅させ、筋肉や皮膚を急速に作り直す。


そして最後。


第四段階――組織結合。

再生した細胞を結合させ、傷口を完全に閉じる。


つまりこの魔法は、人間の身体が本来持っている創傷治癒プロセスを、数万倍の速度で実行しているだけだ。


それじゃ、検証実験といこうか。


試しにナイフで腕を切り、

「フェルノ アグ ヴァステリ(血を止めよ)」

と唱える。


すると、あっという間に腕から流れていた血が止まり、みるみるうちに傷口の表面にかさぶたが形成された。


よし。第一段階は成功。


次は――


「エクテト ボスキュトス(血管再生)」


傷口の奥で、細い赤い線が芽吹くように伸びていく。

新しい毛細血管が、糸のように分岐しながら組織の中へ広がっていった。


……成功だ。

再生している。

血管が、今この瞬間に作られている。


「さ、最高だ……!」


 俺が惚れ惚れと傷口を眺めていると、背後から侍女の悲鳴が聞こえた。同時に、皿の割れる音。


振り返ると青ざめた侍女が、ハーブティーの乗った銀盆を盛大に床に落として俺のことを指差していた。


「ジ、ジゼル様が腕を……!!!!」


あ、まずい。


 慌ててやってきたレナードは顔面蒼白になっており、俺は侍女三人に見張られながら治癒魔法士がやってきて診察するまでベッドで横になる羽目になった。


だが、おかげで本職がやる治癒魔法を間近で見れたのだから、結果オーライだったのかもしれない。


呼ばれてやってきた初老の魔法士は、あっという間に俺の腕の傷を治した。さすが本職とあって、俺がやったときのように醜い再生痕は残らず、完璧に元通りになった。


 ダメ元で魔法士に弟子入りできないか打診したが、すげなく断られた。道楽息子の思いつきだと思われたようだが、俺が真剣であることを言葉を尽くして説明すると、困った顔でこう言われた。


治癒魔法の詳細は『一子相伝』だから無理だ、と。


師匠は生涯弟子は一人のみ。

全て口伝で継承し、次代へ伝えるのだという。


参考書も記録も出回らないはずである。


「しかし、それでは治癒魔法が使える人員が不足するのでは?

事故や災害で多くの死傷者が出たら?

未知の感染症が流行したら?

人手不足で対応できないのは問題でしょう」


医療の現場は常に人手不足だ。

特に仕事がきつくて給料が安い高度医療施設は慢性的な人材不足になる。


しかし、目の前の魔法士は何を言われたのかわからないという顔をしていた。


「ジゼル様、変わったことをおっしゃいますな。

もとより治癒魔法は上流階級の貴族と王族のためのものです。

人手が足りないとはどういう意味ですかな」


「……は?」


 俺がいた世界――特にニホンでは、貴賤を問わず、どんな人間でも最先端の医療を受けることができた。

国民皆保険制度ってやつだ。


 しかしこの世界では違う。たまたまセレブ貴族に転生できたからよかったが、庶民の生まれなら、風邪をこじらせただけでも命を落とす可能性があったわけだ。


今さらだが、ここが異世界なのだと痛感する。


待てよ。

つまりこの世界の医療って、かなり遅れているんじゃないか?


発展途上国と同じで、医療制度や診療所もないなら、出産時の死亡率や乳幼児の死亡率も相当高いはずだ。


それは――なんというか、気分が悪い。


そもそも、ノブレス・オブリージュってのはどうした?

特権階級だからこそ、民のために力を尽くすべきだろう。


この世界の王国には医療省とかないのか?

自分たちだけ治療できればそれでいいってことか?


黙り込んで思案する俺を見て、魔法士は気まずくなったのか、そそくさと帰ってしまった。


くそ。

まだ色々聞きたいことがあったのに。


「……ジゼル様、本日はこのままお休みください。明日はお父上様がお見えになるとのことです」


「えっ? まだ寝る時間じゃな――はーい、ワカリマシタ」


レナードが見たこともないほど厳しい顔をしていたので、俺は素直にうなずいておく。


あーぁ。

まだまだやりたいことがあったのに、続きは明日に持ち越しだな。


というか――


あれ?

いま、お父上って言いました???


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