ついに保護者がやってきた
それからはずっと、俺は自室に引きこもって紙にペンを走らせる日々を送った。
起きてから寝るまで机にかじりつき、ひたすらページをめくっては、怪しい単語を書き出していく。紙は高級品らしいが、湯水にように使ってやる。ふはは、セレブ最高!
しかし、作業は思ったより難航し、ふたつ目の単語の意味を見つけるまで、丸二日かかった。
その間、使用人に何度か食事の時間だと呼ばれたが、いちいち食堂に降りて作業を中断するのも嫌だし、もともと俺は作業中は寝食は最低限でいいタイプだ。
というか、むしろ忘れてしまうので、ほとんどしない。
おそらく責任者であろう年配の執事が困った顔で何度も声をかけてくるので、仕方なくペンを持ったままでも食べられるサンドイッチを頼んだ。
だがそれすら手をつけず、夜にはパサパサに乾いた可哀想なサンドイッチが机の隅に放置されていて、さすがに少し申し訳なくなった。
それにしても、こんな破綻した生活を送っていれば、普通は体調も見た目も崩れていきそうなものだが、今の俺は違う。お人形さんのような美少年っぷりは、少しも損なわれていない。
いつ鏡を見ても、つやつやお肌に大きな瞳、少女漫画のお姫様のような愛らしい顔のままだ。
ジゼルとしての生活で、さらに良い点がもう一つある。
あれこれ世話をしてくれる侍女や使用人がいることだ。
徹夜で机に突っ伏して寝落ちしても、目が覚めると必ずベッドの上にいる。どうやら寝ている間に髪や服を整え、運んでくれているらしい。
……俺が華奢な美少年とはいえ、眠っている人間に清拭やら着替えやらをするのは、相当大変だったはずだ。
だから目が覚めたとき、思わずお礼を言ってしまった。
「ありがとうございます。お手数をおかけしました」
「…………!!!?」
すると侍女たちは、とんでもないものを見るような顔をした。
……まぁ、今までのジゼルの素行を考えれば当然か。
俺の記憶通りなら、勝手に体に触るなんて!と癇癪を起こすか、物を投げつけて使用人を困らせたはずだ。
だが大の大人――
(ジゼルは十五歳だが、俺には三十八歳まで生きた記憶がある)
そんな人間が、そこまで世話になっておいて素知らぬ顔をするのは、どうにも落ち着かないのだ。
だが好き放題やっていたツケがとうとう回ってきたのか、年配の執事長が告げ口をしたのか、ついにジゼルの保護者が俺の部屋にやってきた。
まず訪れたのは、ジゼルの母――ナターシャ・カーネリアだ。
ナターシャは困ったように頬に手を当てながら言った。
「ジゼル、あなたどうしちゃったの? 毎日部屋にこもって、ご飯も食べないみたいじゃない」
「ご、ごめんなさい、お母様。つい熱中しちゃって……」
素直に謝った俺に、お母様は目を丸くした。
「あ、あら……ジゼル、ずいぶん素直なのね。てっきりまた……」
癇癪を起こすか、暴れるかって?
そんなことするはずないだろう、お母様。
悪いが俺は生粋のマザコンだ。
相沢直時代の母親に苦労をかけた分、ジゼルの母には余計な心労をかけたくなかった。
「俺も十五歳になったので、さすがに少しは勉強しようと思いまして。始めてみたら面白くなってしまって」
「まぁ!まぁ!ジゼル!!素晴らしいことだわ!」
お母様はぱっと顔を輝かせた。
「お父様にも知らせなくちゃ。でも徹夜をしたり食事を抜いてはだめよ。育ち盛りなんだから」
「はい、気をつけます」
神妙な顔でうなずいてみせると、お母様は「あのジゼルが……!」と感極まった様子で胸に手を当てると、年配の執事に付き添われて廊下の向こうへ去っていった。
確かにジゼルはまだ十五歳。
疲れ知らずの体力に甘えて無茶をしてしまったが、今の俺の身体に必要なのは、たっぷりの睡眠と栄養だ。
俺は執事長(レナードというらしい。スマートでダンディな紳士だ)に、決まった時間に食事を持ってきてもらうこと、夜には必ず作業を終了させることをお願いし、生活を改めた。
相変わらず部屋に引きこもりっぱなしだが、少し健康的な生活に変えたおかげで作業効率も上がり、俺は引き続き研究に没頭した。
――だが。
その静かな研究生活は、長く続かなかった。
数日後。
今度は俺の部屋に、この帝国で最も恐れられている人物が訪ねてくることになる。
カーネリア家当主。
そして――ジゼルの父親だ。




