お兄様の様子がおかしい(第一章完結)
「……レナード、これはどういうことだ?」
ジゼルの机の上にある手紙。真っ赤な蝋封のされた封筒には『カイル・ペンドラゴン』と見慣れた文字で署名されていた。ルシアンがそれを手に取ると、レナードは満面の笑みで答えた。
「カイル様はかねてより、ジゼル様と“個人的な”交流をされているお方です。ジゼル様を“特別に”お慕いして下さり、贈り物もたくさんいただいております!」
「あの男……!!俺になんの断りもなく……!」
ペンドラゴンは第一皇子の母親、つまり正妃の旧姓だ。『カイル・ペンドラゴン』はこの国の皇位継承第一候補、カイラス・エルディオン・アルヴェイン皇子の偽名なのだ。
レナードもそれを知っていて、ジゼルの嫁ぎ先候補にしようと画策したのだろう。確かに、この類稀なる頭脳を持つ弟の生活を保障するには、これ以上ない相手だ。しかし……
「まさかもうふたりは付き合っているのか!? ジゼルはまだ十五歳だぞ!?」
「ま、まさか!! カイル様とは文通で健全に仲を深めておられる最中でございます!!」
「そうか……それならいい」
――いや、よくない。
ジゼルはどこにも嫁がず、生涯我が家で暮らし続けることは確定したのだ。うっかりカイラスの御手つきとなり、強引に婚約関係を結ばされたらたまったものではない。
「レナード、この男を未来永劫ジゼルに近付けるな、命令だ」
「そんな! ルシアン様!!」
断言するルシアンに、レナードが慌てて取りすがる。一方ジゼルは「やっぱり危ない男なんだ……」と青い顔をしている。それを見たルシアンは表情を緩め、ジゼルを安心させるように穏やかな声で言った。
「大丈夫だ、ジゼル。お兄様がお前を誰にも渡さないから」
「あ、ありがとう、お兄様……?」
戸惑いつつ、控えめに微笑むジゼルは、愛らしく、いじましい。
過ちを認め、自らの振る舞いを恥じ、変わろうと努力し
素晴らしい才能を開花させたジゼル。
仕事に追われ、ひとり孤独に放置されていた彼と向き合おうとしなかった自分を罰してやりたい。
ジゼルはまだ十五歳。これから彼の美しさはさらに輝きを増し、咲き誇る大輪の薔薇のように周囲を虜にするだろう。母親譲りの愛らしい顔立ちに、薔薇色の頬、宝石のような紫色の瞳。今でさえ吸い込まれるような美貌なのだ。それでいて、瞳の奥には深い知性の色が潜み、口を開けば大人顔負けの理論が飛び出してくる。
……危険だ。
すでにカイラスに目をつけられているのだ。今までのように自由にさせていれば、よからぬ輩が群れをなして近寄ってくるに違いない。
「ジゼル、これから皇室の行事に招かれてもすべて断るように」
「えっ、そんなことしていいんですか?」
目を輝かせるジゼルに、レナードが慌てて口を挟む。
「い、いけません! ルシアン様!!」
「うるさいぞ、レナード。それから、ジゼルに皇都で……いや、この国で最も優秀な家庭教師を手配しろ」
「わーい、ありがとうございます、お兄様!」
花が綻ぶような無邪気な笑顔で喜ぶジゼルに、ルシアンは今度こそ頬を緩め、甘やかな笑みを浮かべた。
「しばらく家から皇宮に出勤する。これから仕事に戻るが、夕食はジゼルとともに取ろう」
「え、は、はぁい……」
「それから明日の午後は休みをとるから、俺と一緒に街に出よう。たまには外の空気も吸わないとな。今度の休みは湖で散策だ。そろそろ睡蓮の花が咲く頃合いのはずだから、美しい景色に囲まれる、愛らしいお前の姿を見せてくれ」
「…………はぁい」
予定を次々と埋めていくルシアンに、なぜかジゼルの表情がわずかに強張るが、ルシアンは気にしなかった。




