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お嫁に行きたくありません!!

「ですから、開発した応急手当て魔法を試すために、何度か自分で切ってみただけです」

「ルシアン様、私共がついていながら、申し訳ございません。ナイフや刃物を隠しても、ジゼル様がご自身でお試しになると聞いていただけず……」


 一通りの説明を終えても、ルシアンが無言のまま俺の腕をじっと見つめていることに気づき、俺はそっと袖を戻した。


最初に試した傷よりもきれいに治せるようになったし、残っている傷跡もだんだんと薄くなってきている。変な誤解を受けているようだったので見せたが、逆効果だったらしい。


あ~ぁ、なんだか面倒なことになってきたな……。


そろそろ昼食の時間だ。パンダたちに餌やりもしないといけないし。午後は選択的神経遮断による局所麻酔の実験をしたいから、用が済んだならさっさと帰って欲しいところだが……。


 ルシアンは先ほどからずっと、黙って下を向いてしまっている。ときおり「俺が放置したせいで」とか「寂しさの裏返し」などぶつぶつ呟いている。なんだか怖い。


ジゼルの兄なだけあって、ルシアンも顔が整っている。美少女顔のジゼルとは違って、洋画の王子様のような華やかな美形といった感じだ。なまじ顔が整っているから、むすっとした顔で黙られると余計に圧がある。


俺の八歳上だと言うから、まだ二十三歳か。我が家の跡継ぎなのに、実家に帰って来るのは数ヶ月ぶりらしい。その若さで皇子の補佐官らしいから、プレッシャーとかストレスがあるんだろうな。可哀想に。


 しかし、今日の本題はそこではない。聞いた話では、ルシアンが俺に家庭教師をつけるのを渋っているらしい。そこで俺は、きちんと説明用の資料を作成して待ち構えていたのだ。


「研究費の用途や進捗についての説明は以上です。その上で相談なのですが、俺の今までの素行に問題があったことは認めます。ご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありませんでした」


深々と頭を下げるが、ルシアンは黙ったままだった。

くそ、だめか。俺は控えめに顔を上げながら続けた。


「……ですが今後、研究を発展させていく上で、社会の常識や制度を知らずに進めていくのは限界があります。なので、どうか家庭教師をつけていただけないでしょうか?」


ダメ押しで顔の横で手を握り、お願いポーズをしてみる。美少年ジゼル君の上目遣いのおねだり顔も追加。きゅるん。ほらほら、どうですかお兄様。


「お前は……」


お、喋った。なんだなんだ。

何度も鏡の前で練習した愛嬌たっぷりの笑顔をつくり、返事をする。


「はい、なんでしょうお兄様」

「お前は、なぜそこまで治癒魔法に興味を持つ? 治癒魔法士になりたいのか?」

「うーん、俺の知る限りでは治癒魔法士はかなり限定的な階層でしか活動しない閉鎖的な集団なようなので、実務的な面では非常に興味がありますが、なりたいとは思いません」


例えば治癒魔法士に弟子入りして、今よりもっと情報へのアクセスが円滑になるなら喜んでなりたいが、特権階級にのみ奉仕するという集団である以上、俺に余計なストレスが溜まりそうでデメリットの方が大きい。


「ならばどうして、そこまで治癒魔法について研究してるんだ? なにを目指している?」

「難しい質問ですね……」


前世でもよく聞かれたものだ。「どうして医者になったんですか?」「なぜ難病の研究を?」インタビュアーたちはきっとドラマティックで感動的な理由を期待していたのだろうが、俺としてはただそれが向いていたからとしか答えようがなかった。


興味を引かれるものに手を伸ばし、突き詰めて理解していく。空振りに終わることもあるし、大きな壁にぶつかって頓挫することもある。辛いし、研究が膠着したり無に帰すこともあればストレスも溜まるが、ただそれだけだ。次の日になればまた机に向かって作業を再開する。そういう性分なのだ。魚が海を泳ぎ、鳥が空を飛ぶのと同じこと。そしてそれがたまたま世の中のためになるものだった。


 思えば、前世で病死してから医療のない世界に転生したことには意味があるのかもしれない。俺は神を信じていないが、もしいるのなら、俺にこの世界でなにをさせたいのだろう。


「……ジゼル?」

「あっ、すみませんお兄様」


危ない危ない。つい思考が脱線してしまった。

質問はえーと、なんだっけ。なにを目指している? だっけ。


「えっと、特になにも目指していません」

「……は?」


 現状、この世界に医学部とか医師免許の概念がない以上、治癒魔法を研究するのになにか資格が必要というわけでもないだろう。エイデンやスカラベ博士が所属する皇都のアカデミーには興味があるが、大学教員になりたいわけでもない。


「このまま、カーネリア家で研究を続けていければ満足です」

「……他家に嫁いだりせず、我が家で過ごしたいということか?」

「え、えぇ!! そうですね! お嫁に行きたくありません! ずっと家にいたいです!」


 ルシアンの返答に勢いよくうなずいておく。レナードに聞いた話では、この世界では男でも男の貴族と結婚することはあるらしい。第二夫人以降とのことだから、実質はお妾さんのような扱いだろう。


前世で結婚はおろか交際経験もない俺に、いきなり愛人の立場はかなりハードルが高い。怖い。穀潰しの俺を片付けるには都合がいいのかもしれないが、勘弁してほしい。


「そうか……そんなにも嫌か」

「は、はい。ずっとずっと家にいたいです!」

「ならばそうしろ。どこにも嫁がず、ずっとここで暮らすといい。父上にも俺から言っておく」

「や、やったぁ! じゃなくて、ありがとうございますお兄様!!」


俺が思わず素で喜ぶと、なぜかルシアンは満足げに笑った。しかし、俺の机の端に無造作に積まれていた手紙の束を見つけた瞬間、その表情が一変した。


「………っ!? これは……!?」


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