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出来の悪い弟、のはずだったのに……!?

 翌日、午前の執務を終わらせたルシアンは、馬車に乗り自宅へと向かった。いつもは皇城の執務室で寝泊まりしているので、実家の屋敷に戻るのは数ヶ月ぶりだ。


直属の上司にあたる第一皇子に、所用で自宅に戻ると伝えると、なぜか「俺も一緒に行こうか」などと言い出した。用事を済ませたらすぐに戻るからと断ると残念そうにしていたが……一体どんな心境の変化があったのか。


前々からどこか掴みどころのない人物だったが、最近はどこかの令嬢にご執心らしく、珍しく私費で宝飾品の贈り物などを購入しているという話も耳にしていた。


 屋敷に入ると、まず妙にいきいきした様子の使用人たちの様子が気になった。そろそろ昼食どきだが、ジゼルがまだ自室にこもったままだからどうしようかなどと相談している。全く困った人だと言いながらも、その顔には主人に仕える喜びと誇りが滲んでいた。


出迎えにきたレナードの顔も、自信満々に輝いていた。


「おかえりなさいませ、ルシアン様。ジゼル様はまだ自室にいらっしゃいます。お呼びしますか?」

「いや、いい。あれが何をしているのか、この目で確かめる」

「はい、それがよろしいでしょう」


制止するかと思いきや、レナードは嬉しそうに何度もうなずき、案内した。


弟の部屋を最後に訪れたのはいつだっただろうか。年に数回、屋敷に戻って顔を合わせるだけで、ジゼルと面と向かって話したことなどほとんどない。


 廊下の先にあるジゼルの自室の前で足を止める。以前はひっきりなしに行商人を呼びつけては贅沢品を買い漁ったり、素行の悪い貴族子弟を招いては夜通し騒ぎ立てていた。しかし、今は扉の向こうはやけに静かで、なんなら部外者の立ち入りを拒むような気配すら感じられた。


「ジゼル様、ルシアン様がいらっしゃいました」

「はーい」


あっけらかんとした返事とともに、あっけなく扉は開かれ、ルシアンは部屋の中の様子に目を見開いた。


床一面に広げられた膨大なメモの数々、積み上がった本の山。その奥の一角で、ジゼルはペンを片手にこちらを見ていた。まるでこちらが何者なのかを見定めるような、ゾッとするほど静かで大人びた瞳。ジゼルはルシアンと目があうと、にこりと上品な笑みを浮かべた。


「お久しぶりです、お兄様。本日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます」

「あ、あぁ……」


どこか他人行儀で、隙のない落ち着いた態度。

信じられない。

本当に、これがあのジゼルなのか……!?


ルシアン・カーネリアは目の前の光景が信じられなかった。ジゼルはこんな丁寧な挨拶などできない。使用人には傲慢に振る舞うくせに、ルシアンの前ではいつも萎縮して、視線も合わせられないほどだったのだ。


「久しぶりだな、ジゼル。息災だったか?」

「はい、お陰様で」

「最近は屋敷にこもってばかりいると聞く。先日も皇家に招かれたにも関わらず欠席したらしいな」

「あぁ、あの日は少しトラブルがありまして」


 咎めるようなルシアンの視線にも、ジゼルは動じる様子もなく、どこ吹く風といった態度で受け流した。それどころか、ちらりと時計を確認して、作業に戻りたそうな顔をしている。まるでルシアンが、ジゼルの邪魔をしに来たかのような態度だ。


「ジゼル、今は俺と話をする時間だ。顔をあげなさい」

「……失礼しました。お兄様は本日、俺が何をしているのか確認しに来たんですよね? こちらをどうぞ」

「なんだこれは……?」


ジゼルはしれっと立ち上がると、机の上に置かれていた紙束をルシアンに渡した。紙面には走り書きながら、項目ごとに整然と文字が並んでいる。


「俺が現在やっている治癒魔法の解析と応用化に関する研究の進捗です。現在、お父様に許可を得て使用している費用についての用途も確認したいと伺ったので、直近に購入した書籍の目録も添付しています」

「治癒魔法の……解析……!?」


困惑するルシアンに、ジゼルは淡々と答えた。


「はい。治癒魔法の術式の全容は秘匿されているので、屋敷に所蔵されていた文献で見つけた魔法式について、他分野の魔法の呪文から間接的に構造を推察し、検証しています。現在、止血、浄化、組織再生を個別に行う術式が完成しました」

「個別に……!? まさか、最近になって報告された応急手当て魔法の開発はお前なのか!?」

「え? あ、はい、そうです。2ヶ月前に皇都で発表しました。念のため、家名は使わず別名義で投稿しています」

「そんな……!」


 ジゼルが開発した応急手当て魔法は、皇宮では大きな話題となっていた。遠征中や国境警備の騎士団にとって、魔獣の襲撃による死傷者の救命率の低さは長年の課題だった。


治癒魔法士を帯同させる案も出たが、治癒魔法士を管理する教会が強く反対した。貴重な治癒魔法士を戦場に投入するわけにはいかない、より崇高な使命に従事させるべきだと。


 しかし応急手当て魔法は、騎士団の中でもある程度の魔法の素養があれば習得できる、簡易かつ実用的な驚くべき魔法だった。戦闘中や負傷者を運べない状況であっても、止血と消毒さえできれば生存率を大きく引き上げることができる。


実際、応急手当て魔法を試験的に導入した騎士団が、皇都近郊に出現した魔獣の群れの討伐に向かった際は、これまでで初めて死者を出すことなく帰還できたと、騎士団長が感極まった様子で声を詰まらせて報告していた。


言葉を失うルシアンに、ジゼルは気にする様子もなく続けた。


「それから、資料の3ページ以降からは別途進めている血液中の血球成分の測定や毒物などの不純物の分離法の確立に関する経過報告をまとめています」

「毒物の分離……!?」


立て板に水のごとく説明するジゼルは落ち着いていて、誰かからの受け売りをそのまま話している様子はない。それどころか、ルシアンがいくつか質問をしても動揺することなく、すらすらと答えていく。


渡された紙束にまとめられていた資料も理路整然としていて、ご丁寧にも索引と、購入した書籍については引用番号まで振られていた。


「以上です。なにか不明な点はありますか?」

「……理論はわかったが、魔法理論の検証はどうやったんだ。まさか使用人を傷つけて実験しているのか?」


 以前のジゼルならやりかねない。これがどんなに偉大な発明だったとしても、人の道を外れた行為をしていたのなら、許すことはできない。


しかし、ジゼルはルシアンの言葉に本気で驚いたように目を見開いた。


「へ!? そ、そんなことしませんよ!!」

「そ、そうか」

「動物実験も出来ないので、自分で試してました」


そう言って、ジゼルは袖をまくってみせた。今度は、ルシアンがぎょっとする番だった。


「ジゼル……ッ!!? お前、何をしてるんだ!!?」


ジゼルの腕には、うっすらと白い筋となった無数の傷跡が、幾重にも並んでいた。


「自分で傷をつけたのか!? 一体どうして……!!」



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