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ジゼルの価値

「それで? 愚弟がまた生き恥を晒すことをご所望なのか?」


 カーネリア家長男にして第一皇子補佐官、ルシアン・カーネリアは、冷えきった声音で言い放つと、執事長レナードを一瞥した。しかし、常人であれば震えあがって萎縮するほど鋭い視線を受けても、レナードは引かなかった。


「ジゼル様は、先日の誕生日にお倒れになって以来、別人のように穏やかになり……毎日机に向かっておられます。本日も独学で社会制度に関する本をお読みになり、使用人たちに国民の生活についてご質問されていらっしゃいました。一刻も早くジゼル様に指導することができる優秀な先生が必要です」

「どうせいつもの気まぐれだろう。すぐに飽きるか、癇癪を起こして追い出すのが関の山だ」

「ルシアン様……後生でございます。どうか、ジゼル様に最後の機会をお与えください」

「耄碌したな、レナード」


吐き捨てるように言い、ルシアンは書類へ視線を落とした。


「いい加減、弟の我儘に振り回されるのはやめろ」


 机上には、第一皇子が提案した新たな政策案が広げられている。市民向け救護院の建設と、応急手当て魔法の騎士団への導入案だ。財源の確保が難航しているが、悪いない案だ。いざとなれば、反対派の貴族は我が家の力で黙らせればいい。


「レナード。いつまでそこにいる。忙しいんだ。屋敷へ戻れ」

「ルシアン様、ですが……」

「しつこいぞ。却下だ。あれには機嫌取りに宝石でも与えておけ。それで忘れる」


それが、ルシアンの中の“ジゼル”という存在だった。

最後に見たのは、新調した靴が気に入らないと癇癪を起こし、使用人を鞭打ちにしていた姿だ。


頭が悪く、我儘で、どうしようもない。

血が繋がっているとは思えない。存在そのものが醜悪な出来損ないの弟。


父はすでに見限っているようだし、母は気にかけてはいるが、腫れ物に触るように距離を置いている。


レナードは改心したと言うが、信じるに値しない。実際、屋敷の帳簿を見れば一目瞭然だ。毎月、ジゼルによって多額の金が無意味に浪費されている。ただ、最近は宝飾品や服ではなく紙やインク、古書本などに変わってはいるが……。


幸い、ジゼルは黙ってさえいれば人形のように美しい容姿をしている。


この国では、第二夫人以降であれば男でも娶ることができる。成人したらすぐに、若く美しい男を好む好色家の高位貴族にでも嫁がせればいい。それで、多少なりとも家の役に立つ。


それが、ルシアンの結論だった。しかし、レナードは違うようだった。


「お言葉ですが、ルシアン様。歳はとりましたが、私は先代当主様の秘書でございました。人を見る目を誤ることはございません。この老骨の名にかけて、以前のジゼル様とはまったくの別人であると、保証いたします」

「……ほう」


 ルシアンはゆっくりと顔を上げた。レナードは今でこそ屋敷の統括を任される執事長だが、若い頃は先代当主の第一補佐官だった。カーネリア家の表の仕事も、“裏の仕事”も、そのすべてを手伝ってきた男だ。


そのレナードが、自身の名を賭けてまで弟の変化を訴えている。ルシアンはしばし黙し、やがてわずかに口元を歪めた。


「……わかった。いいだろう。俺が直接、弟の“変化”とやらを確かめてやる」

「ありがとうございます」


レナードは深く頭を下げた。


「決して後悔はさせません」



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