贈り物はお断りします
俺は先の潰れていない新品のペンを取り、カイルへの返事を書き始めた。
前回、カイルは貧困にあえぐ山村部や辺境領で、病気の子どもたちを救済する施策について意見を求めてきた。手紙に記されていた計画は、月に一度、治癒魔法士を派遣して巡回診療を行うというものだった。
俺は前世でも難民支援に関わったことはないし、専門でもない。
国際医療支援に従事している同期が、酒の席で愚痴っていた話を断片的に思い出せる程度の知識しかなかった。
非常に悩ましい相談だったが、病んでいる子どもを一時的に治療するだけでは焼け石に水だ。病気になる前――予防の段階にもアプローチするべきだと提案した。
具体的には、衛生教育と栄養改善が必要になる。だがこの世界の識字率や、下水管理などのインフラがどの程度整っているのか、俺は知らない。(そもそも屋敷から出たことがないし)
素人ゆえ、的外れな提案になる可能性はある、と前置きして意見を書き送った。
するとカイルにとっては新鮮な発想だったらしく、追加の質問と制度設計についての相談が書き込まれていた。
俺は便箋数枚に返答を書き連ね、「ナオ・アイゼン」と署名するとレナードに渡した。
「横で待ってなくてもいいのに。これで送っておいてくれ」
「……これだけですか?」
「え? なんで」
不満げな様子のレナードを見て、なにか不備があったか内容を確認するが、特に問題はない。
「前回いただいたネックレスのお礼など、お伝えしてはいかがでしょうか?」
「ネックレス……? ああ、あれか」
カイルからお礼にと送られてきた、特大の宝石がついた大ぶりのネックレス。博物館でしか見たことがないくらい豪華な代物だ。
だが俺には装飾品を身につける習慣がない。
邪魔だし、細かな細工のあるものは汚染されて不潔になりやすい。
だから箱の中身だけ確認して、しまっておくように頼んだ。
そもそも宝飾品って。
俺のこと女の子だと思っているのか?
……まぁ、今の俺が着けたら似合いそうではあるが。
しかしレナードは譲らなかった。
仁王立ちのまま俺の机の横を陣取り、大真面目な顔で言った。
「ジゼル様。『とても嬉しかった』とお書き下さい」
「わ、わかったよ」
文末に『貴殿からの過分な贈り物に感謝いたします』と書き足す。しかし、レナードはまだ納得いかないようだった。
「『着けるたびにカイル様のあたたかいお心を感じます』と書き足して下さい」
「えぇ~……」
それはもう、完全に事実と異なる報告だ。
「やだよ。あんなゴツくてデカいの着けたら肩こりしそうだし。前回の手紙でちゃんとお礼はしたぞ」
「『贈り物拝受しました。』の一行だけだったではありませんか!」
「十分だろう! 礼は尽くした!」
俺は机を叩いた。
「そもそも研究関連で贈り物なんか貰いたくない!!」
前世でも企業協賛を受けたことはある。だがそのたびに、利益相反がないか報告書を書き、倫理委員会に説明し、面倒な審査を通さなければならなかった。無駄な贈答品は賄賂を疑われるので、前世の俺はボールペン一本でも絶対に受け取らなかったのだ。
そう、研究者にとって一番怖いのは、不正疑惑だ!
次点で――コンタミネーション!(※諸説あり)




