隠キャぼっち小児科医、悪徳貴族の息子に転生したら皇子に求婚されました
「ようやく会えたね、ジゼル。困ったな、まだ15歳なのか。明日にでも結婚式をあげようと思っていたんだが……」
皇宮の広間で、そんなとんでもない台詞をさらりと言い放った男は、困ったように微笑んだ。
「な、なんのことでしょう陛下。誰と誰が結婚するんです?」
「誰って、俺と君の結婚式だよ。愛しいジゼル」
「はぁ!?」
そう言ってアストラ帝国の第一皇子カイル・アルヴェインは、当然のことのように俺の手を取ると、特大の宝石が嵌め込まれた指輪を指にはめてきた。
「ちょっ、なに勝手に……!!」
「結婚しよう、ジゼル。俺には君が必要だ。誰にも渡したくない。何度も伝えただろう?」
「何言ってるのか、意味が……」
掴まれた手を引こうと奮闘する俺に、カイルは柔らかく微笑みながら、逃がさないように指を絡めた。
「………ひぃっ、なに、なんで」
「怖がらないでくれ、ジゼル。ちゃんと手紙に書いたはずだ」
「て、手紙……?」
「君に触れることを許される日を、心から待ち望んでいる、と」
そのまま当然のように抱き寄せられ、周囲の貴族たちがどよめく中、カイルは俺を腕の中に閉じ込めたまま、大きな声で言い放った。
「これより、ジゼル・カーネリアを我が婚約者とする!」
大きな歓声と拍手が広間に響き渡る。カイルは満足げに微笑みながら、俺の耳元に顔を寄せると、甘く囁いた。
「君が十八歳の誕生日を迎えたら、すぐにでも結婚しよう」
ど、どうしてこうなったんだ……!?
俺はただ、引きこもって研究していただけなのに!!
俺の顔を優しく見つめるこの男。
銀色の髪は光を受けて淡く輝き、整いすぎた顔立ちはまるで彫像のようだ。そのくせ視線だけは異様に熱を帯びていて、かなり怖い。
この男がどうして俺に向かって熱烈なゼ⚪︎クシィのCMみたいなことを言い出しているのか説明するには、時間を少し戻さないといけない。
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十五歳の誕生日。
「この、出来損ないの低脳女が! よくも僕の服を汚したな!!」
「ジゼル様!! お許しくださいっ!!」
お気に入りの服に紅茶をこぼした侍女に、お仕置きとして冷たい水を頭からかけてやった瞬間――帝国でもっとも卑劣で強欲な悪辣貴族、カーネリア家の次男ジゼル・カーネリアは思い出した。
自分が――
ここではない別の世界、ニホンという国で、小児科医をしていたことを。
「きゃぁっ! ジゼル様が倒れたわ!」
「治癒魔法士を呼べ! 早く!!」
薄れていく意識の中で、俺は脳内にすさまじい量の記憶が奔流のように流れ込んでくるのを感じた。
俺の前世の名前は
相沢 直
日本の医学部を卒業後、研修を終えて小児科医となり、専門医と博士号を取得した俺は、大学病院の多忙を極める診療業務の合間を縫って、臨床研究に没頭していた。
小児科医になった理由はただひとつ。
患者を救ったときの寿命の伸びしろがいちばん大きいからだ。
別に子供が好きだとか、尊いだとか、そんな理由は全くない。
むしろ騒がしいのも泣かれるのも苦手だ。
それでもなぜか子供には好かれることが多かったが、親御さんからの受けはあまりよくなかった。
まぁ、ガリガリでひょろひょろ、陰気で不細工な俺が好かれるわけもないのだが。
私生活は壊滅的。友達は数えるほどしかいない。
だが幸いにも、俺には医者としての適性はあった。働くことは苦じゃないし、なにより俺は勉強そのものが好きだった。
当直明けからの十七連勤。患者の容態が悪ければ病院に泊まり込み、その合間に研究を進める。
その結果、不眠、血尿、慢性蕁麻疹、片頭痛、胃潰瘍――
いわゆる医者の不養生盛り合わせスペシャルセットを発症しながらも、全部薬でねじ伏せて仕事を続けていた。
その甲斐あって三十八歳のとき、小児の先天性疾患メドリア症候群の新しい治療法を見つけることができた。異常遺伝子の転写産物を阻害して発症を抑える分子標的製剤だ。
世界に三千人ほどしかいない超希少疾患だが、俺の目の前の患者がその病気だったのだから仕方ない。
自慢するわけじゃないが、日本ではちょっとしたニュースになったし、テレビの取材も受けた。
しかし、もともと愛想の良くない俺が、徹夜明けのボロボロの顔で出演したのがまずかったらしい。
さらにインタビューで、研究資金が乏しいことについて正直に話してしまったことで、世間の空気は一変した。
「キモい」
「強欲」
「目つきが犯罪者」
「まともな医者に見えない」
「子供のためと言って金を集めて、私腹を肥やすつもりだろ」
「研究費って言えば何でも許されると思ってるのか」
「税金泥棒」
「患者で売名するな」
ネットには、そんな言葉が雪崩のように溢れた。
挙げ句の果てには、同僚のイケメン(いい奴、優しい)の手柄を横取りしたのではないかなどという根も葉もない噂まで流れてしまい
あまりの騒ぎに大学病院の外来にも嫌がらせの電話が鳴り響き、俺は謹慎処分となった。外来業務を外された俺は、これ幸いとばかりに研究に没頭した。
新規に開発されたウイルスベクターを用いた遺伝子治療。
その先行論文を読み漁り、次の研究テーマになりそうな仮説を片端からメモしていく。
そしてパソコンに向かい、二十八杯目のコーヒーに口をつけた瞬間。後頭部をバットで殴られたような衝撃が走り、視界が暗転した。
急性くも膜下出血。享年三十八歳だった。
そして今。
俺は――帝国で最も評判の悪い悪辣貴族の息子になっていた。




