第2話・シュレーの魔力切れ
勇者イリオスは仲間を探していた。仲間とは、ともに平和を愛せるか、その一点の価値観のみであると、シュレーは何度もイリオスから聞かされた。
魔法使いとして大成しているものの、その能力の高さゆえ、強き者には戦わないというシュレーの生き方・哲学に、賛同する冒険者はいなかった。
シュレーはいつも思う。冒険者とはなんと、身勝手であるのかと。戦士たちは傷つけば、僧侶に回復してもらえる、その前提で戦う。
他人ありき、協力といえば聞こえはいいが、まさしく依存。魔法使いや僧侶たちも、戦士から護ってもらっているからだ。
そういう、持ちつ持たれつがイヤで、シュレーは魔法使いとしても若干18歳でマスターの称号を手に入れた。アカデミー始まって以来の天才にまで上り詰めた。
だが、いざ冒険となると、一人ではうまくいかないことが多い。
人は眠る。その無防備な時間を、膨大な魔力を使って身を護ることはできる。だが、思った以上に魔力消費は激しく、三日もすれば魔力切れを起こすのだ。
魔力切れを起こした魔法使いは、ただの人。シュレーもただの十八歳の女性にしかなりえない。
深夜のワーフンドの森。野営しているシュレーは魔力切れを起こしていた。装備している杖は敵を倒すと自動魔力回復がなされるが、いかんせん、シュレーの使う魔法は魔力消費量が多い。手のひらサイズの小さな火球を発動させようとしても、その能力の高さから、直径一メートルほどに仕上がる。それゆえコンパクトな初期魔法であっても、魔力消費量が多いというわけだ。
「ハァハァ」
しつこいなぁ、コボルトたち。一気に焼き払いたいけど、魔力が足りない。
シュレーは、わずかな魔力を身体から寄せ集めて、最期の一撃を喰らわせようと目論む。コボルトたちは隊列を組んで戦う、相手を追い込む時は扇型に、撤退する時はV字型に.相手にトドメを刺す時は、直線に並ぶのだ。次から次へと波状攻撃をかけていく。囲むよりも、相手のダメージを蓄積しやすい。
シュレーはその“直線隊列”を待っていた。直線攻撃に秀でた、「雷撃」は光の速さで敵を圧倒する。麻痺効果もあるため、万一討ち損なっても、逃げる分には問題ない。
コボルトたちが、シュレーの息遣いを感じ取り、大き目のコボルトが指示を出す。首領だ。統制の取れたコボルトたちは瞬時に一列になる。コボルトが動くと、血なまぐさい色のついた空気が森を包む。
集中力を切らさない。その機を待つシュレー。ピクッと杖が反応する。今だ! シュレーが「雷撃」を簡易詠唱し、繰り出そうとしたその時。最後尾にいる首領がなにやら片手でつかんだ“なにかを”掲げた。
子どもだ、人間の子どもだ。泣いている。つまり生きている。
「コレエサ。オマエ、マホウツカウ、エサシヌ」
胃酸が逆流し、喉を押し上げる。簡易詠唱とはいえ、詠唱順を間違うと、ペナルティを喰らう。しばらく魔法が仕えなくなるのだ。精霊はプライドが高い。敬意が足りないわけでもないのに。
こみ上げる胃酸に、シュレーは負けた。コボルトではないが、魔物に喰われた姉を思い出したからだ。自分を護るために、頭から喰い殺された姉。姉への無念と、私のせいでという自責の念、すべてがシュレーの原動力となり、最年少魔法マスターとなったのに、このざまだ、と。シュレーは、覚悟した。
森が動いた。木々の間を縫うように、飛ぶなにか。それは、目標に向かってひたすら推進力をあげているように見える。目標がなんなのか、シュレーにはわからなかった。
断末魔の叫びを聞いた。
首領が真っ二つになって裂けた。遠くからでもわかる。うろたえるコボルト隊は、隊列を乱し始める。流れる水のように、流麗な体捌きで踏み出した一歩一歩に急速・反転のリズムでコボルトたちを斬り割く。手にしている剣は、粗末な剣だがよく磨きこまれている。
「助けてなんて言ってない」
イリオスの差し出した手をシュレーは払った。
「言ってたよ、この子は」
イリオスはさっきまで首領に捕らえられていた子どもを座らせた。子どもは泣きながらも、ナロウと名乗り、年は5歳と言った。
イリオスとの出会いは、ナロウとの出会いでもある。ナロウはそこから、イリオスの手ほどきを受け、僧侶の道へと進んだ。イリオスももとは、勇者などではなく、僧侶だったそうだ。そもそも勇者なんてものは、名乗ったもの勝ちだと、イリオスが得意げに話しているのを覚えている。
平和を愛する、が口癖で、きみも平和を愛して欲しい、が口説き文句だ。私がイリオスに口説かれたことはないが、大切にされていたとは思う。ナロウは妹のように、私は同級生のように。
イリオスが誘拐されたというのには、どうにも合点がいかない。イリオスの行動・言動、すべてが、誰かのため、だからだ。
おそらく、サグ・ヴェーヌの村はずれ、イリオスの故郷にはもう彼はいない。だが、誘拐ではないと思う。いや、確信だ。
何かを仕組んでいるのではないかと。イリオスは、策士だ。イリオスの剣、東の魔女が所有していた、無名の剣。無名ゆえに、盗賊たちのターゲットにもならず、市場にも出ることがなかった。両刃の剣、2メーターほどの全長に対して、重量は軽い。だが、だれも触らせてはくれなかった。
ギリアムが試し斬りさせて欲しいとたのんだが、血相を変えて「やめろ」と怒鳴ったのを覚えている。
肌身離さず持っていたのは、東の魔女に惚れこんでいたからなのか。通常なにかを求めれば、「探索や探し物、討伐」などの用事と交換関係になる。
イリオスが東の魔女に、あの無名の剣・イリオスの剣を譲って欲しいと願い出た時。今思い出しても、腹が立つが、東の魔女は「私と寝て」と言った。
ギリアムが口をあけたまま、ナロウは顔を真っ赤にしたのを覚えている。シュレーは自分自身のイリオスへの感情に気づいた。それは感情という枠組みに収まらない、愛情だったのかもしれないと今更ながらに思う。
東の魔女と一晩過ごしたイリオスは、得意げに無名の剣を“イリオスの剣”と名付けた。自分の名を冠するのは、いずれ自分が死んだときに、この剣が再び平和の礎になるはずだ、という理由かららしい。
皮肉にも、今は誘拐犯からの“証”だということだが。
イリオスに聞いても教えてくれなかったが、あのイリオスの剣を手にすると、何かが起こるのだと思う。ギリアムがその理由をしっているはずだ。さっきも、ギリアムはアシュフォード王に「その剣を持っても、何も起こらないのか?」ということを聞いていた。
ギリアムはイリオスとの因縁がある。なんせ、ギリアムはイリオスの仇だったのだから。




