第1話・イリオスの剣
かつての仲間は今日の容疑者。魔法使いのシュレー、僧侶のナロウ、戦士のギリアムはアシュフォード王に緊急招集をかけられた。
三年ぶりだ。
「勇者イリオスが誘拐された」
アシュフォード王は玉座に深く腰掛けながら、かつての英雄たちをジロリと眺めた。奴隷を品定めするような、下賤な眼。シュレーはあふれ出る不快感を内に閉じ込めるのに必死だった。
「イリオスほどの者が、誘拐ですか?」
口火を切ったのは、普段寡黙なギリアムだった。
「“誰に”でございますか?」
ナロウは長い金髪を指でクルクルと遊ばせながら、退屈そうに尋ねた。
「そうではないでしょう、私たちが集められたということは、すなわち、この中に犯人がいるのでは? ということではありませんか?」
シュレーが結論を急ぐ。
玉座の間に通されたかつての英雄たち。勇者イリオスを中心とした4人パーティー。魔王討伐を果たし、アシュフォード王国ならびに近隣諸国にも安寧をもたらしたのは、国民たちの記憶にも新しい。4人は魔王討伐後、アシュフォード王より過分なる褒美を賜った。一生働く必要もないほどに。それゆえ、金銭目当てで誘拐されるということもあろう、というのがアシュフォード王の見立てだった。
「王のお考えならば、我々が勇者イリオスを誘拐することはありませんでしょう」シュレーは続けた。
「金子に困るものなど、おりませぬし」
「使い切れませんしね」とナロウ。ギリアムが傷だらけの腕を組んで、頷く。
「しかしだな、勇者イリオスほどのものを誘拐できるというのは、うぬらしかおらぬではないか」
アシュフォード王は譲らない。勇者とともに魔王討伐を果たした、シュレー、ナロウ、ギリアムは生ける伝説でもある。
「アシュフォード王、そもそも勇者イリオスが誘拐されたという話は、どこからお耳に? 身代金など犯人側からの要求でもあったのですか?」シュレーの問いが広い玉座の間で響く。右腕、左腕とも呼ばれる二人の大臣ですら、人払いされ、衛兵も扉の外に追い出されている。
「これじゃ」
アシュフォード王は、玉座の前に不自然に置いていた宝物箱を開けた。大人がすっぽり入るほどの大きさの宝物箱には、シュレーたちが見慣れた“品”が入っていた。
「イリオスの剣、ですか」
ギリアムが野太い声を発する。
イリオスの剣、勇者の名を冠したのは、無名の剣だったゆえ。十年前、魔王討伐に際し、東の魔女から借りた剣だ。両刃の剣、刀身は2メーターほどあるギリアムとほぼ同じ、東の魔女と寝る代わりに、イリオスが借りたのだ。ギリアムは、旅の間一度たりとも、イリオスがこの剣を触れさせてくれなかったのを思い出した。
「イリオスがこの剣を奪われたってこと?」
ナロウは苦々しそうな目でシュレーに正解を求めた。シュレーは素知らぬ顔をしている。
「魔法使いシュレー、ならびに僧侶ナロウよ、二人はイリオスへの特別な感情はないのか?」
アシュフォード王の要領の得ない問いかけに、二人は沈黙した。
「あるわけ、ないでしょうが!」
シュレーとナロウは、一斉にアシュフォード王に向かって言い放つ。
「王に向かって…」
ギリアムが言いかけた言葉を飲み込んだ。
「よいよい、金目当て、痴情のもつれ、ではないということだな」
シュレーが鼻を鳴らす。ナロウはあたりを観察する。ギリアムは玉座の背後に人の気配を感じ取った。その気配は、アシュフォード王に“わざと”悟られるようでもあった。
「来たか、どうであった?」
「シュレー様、ナロウ様、ギリアム様、御三方は無関係かと。故郷から今の居住地、仕事、知人、酒場の評判、すべて調べ上げましたが」
東方の忍だ。アシュフォード王が召し抱えている。忍?と尋ねたそうにしているナロウに、盗賊のようなものだ、とシュレーは耳打ちした。
アシュフォード王は、そのたるんだ身体をゆっくりと玉座から起こし、宝物箱からイリオスの剣を取り出した。
「勇者イリオスは、この剣を肌身離さず持っていたというが真か?」
三人はゆっくり頷いた。イリオスがこの剣に異常なまでの執着を持っていた、のを三人は銘々に思い出していた。
「確かに、自らの名を冠した、イリオスの剣をこんな形で肌身離すとは思えませんし」
ナロウの頬が硬くひきつるのを、シュレーは見逃さなかった。
「ナロウが一度借りたことなかったっけ?」
シュレーはナロウに問いかけた。
「ないわよ」
「ある」
「ない」
「二人、喧嘩をやめないか」
ギリアムが二人の間に割って入った。力の加減をしたものの、シュレーとナロウは押された拍子に後ろに尻もちをついた。
「イリオスの剣は、誰も触ったことはありませんよ。今、王が触っているのが不思議なくらいです」
アシュフォード王はイリオスの剣を軽々と持ち上げた。鞘には入ったままだ。
「しかし、イリオスの剣、どうして王のもとに?」
ギリアムがアシュフォード王に恐る恐る聞いた。
「宝物箱がな、城門前に置かれておったのだ。それを、忍びたちが開錠したところ、この剣が入っておったということだ」
「イリオスは、東の魔女にこの剣を返さなかったってことか」
シュレーのつぶやきにナロウがいち早く反応した。
「だって、あの剣は、ほら」
ナロウはギリアムにも目配せする。
「王よ、そのイリオスの剣ですが、手にしてもなんとも?」
ギリアムは王から距離を取りながら尋ねた。アシュフォード王は怪訝そうな眼で、ギリアムを見下ろした。
「なんとも? とは、どういうことだ」
「いえ」ギリアムは口ごもる。
ナロウが硬くなった頬を揉みしだく。自分でも緊張しているのがわかった。
「イリオスの剣が、宝物箱に入って、城門の前にあった。それで、勇者イリオスが誘拐されたというのは、どういう飛躍ですか?」
ナロウの問いかけに、アシュフォード王は
「東方の忍びじゃ。あのものたちは、誘拐も生業としておってな。まぁ、盗賊とでもいうのかの。奴らが言うには、誘拐の要求の前に、“証”なるものを、送りつけると」
勇者イリオスが誘拐され、肌身離さず持っていた『イリオスの剣』が宝物箱に入れられ、アシュフォード王国の城門前に置かれていたということだ。イリオスの剣は、確かに“証”としては十分すぎる。だが、これが万一誘拐と言うのなら、要求している相手はアシュフォード王となる。
魔王討伐はアシュフォード王の依頼ではない。イリオスが自らの使命に基づいて、行ったことだ。結果、アシュフォード王から褒美を賜っただけのこと。大きな大きなボランティアである。シュレーやナロウ、ギリアムが自らの命をかけて、イリオスの旅に同行したのは、イリオスのひたむきで、無垢で、一途な平和を愛する心に惹かれたのだ。平和を愛すると、言葉にすると凡庸で、マヌケだとナロウはいつも言うが、シュレーは平和を愛するという、イリオスの決まり文句が好きだった。
アシュフォード王は、誘拐犯の要求に応える義理がない。見栄っ張りのアシュフォード王のことだ、勇者イリオスほどのものを誘拐したということは、同じ技量を持つ者と考えるのは筋違いとも言えない。陰りが見えてきた国民人気を復活させたいという意図が空透けて見える。それゆえ、自分たちに無理やり嫌疑をかけているのだと、三人とも理解した。
イリオスの剣、今にもアシュフォード王は鞘から抜こうとしている。
シュレーは思い出していた。勇者イリオスとの出会いのことを。




